マーケティング・シンカ論

フィリップ・コトラーが認めた鬼才 元ネスレ日本社長の高岡浩三に聞く「サラリーマンが内部からイノベーションを起こす鉄則」幾多のビジネスモデルを構築(2/3 ページ)

» 2022年01月27日 05時00分 公開
[田中圭太郎ITmedia]

「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」の着想は?

 高岡氏がネスレ日本で手掛けたイノベーションのひとつが、主力商品のコーヒー「ネスカフェ」を1杯から淹(い)れられるコーヒーマシン「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」だ。日本で開発され、2009年4月に発売された。しかし、当時はスイスにあるネスレ本社も含めて、インスタントコーヒーの売り上げ低迷に悩んでいたという。

 「当時ネスカフェの売り上げは、25年くらい右肩下がりが続いていました。レギュラーコーヒーが主流になって、インスタントコーヒーはもう駄目だというのが、スイス本社も含めた社内の総意でした。でも、日本ではシェアは落ちていませんでしたので、理由は別のところにあると思っていました。

 そこで発見したのが、日本では全世帯の3分の2が、1人か2人で暮らすようになった新しい現実です。昔は3世代で暮らしていましたが、子どもが結婚すると親と同居しなくなりました。家族で過ごしていても、子どもはスマホで動画を見ますので、テレビの前で一家団欒(だんらん)を楽しむことは減り、それぞれの部屋で過ごしています。

 そうすると、1杯のコーヒーを淹れるためだけに、お湯を沸かすことはなくなりますよね。また、レギュラーコーヒーも家庭での消費が減りました。ドリップ式のコーヒーメーカーでは4杯分や5杯分をまとめて作りますが、1人分だとおいしく作ることができません。そのため、他の飲料にとって代わられている面もありました」

 そこで高岡氏が考えたのが、1杯ずつコーヒーを淹れることを諦めていた顧客の課題を解決すること。それが「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」の開発だった。

 「考えた解決策は、インスタントコーヒーでも、レギュラーコーヒーでも、ボタンを押すだけで1杯ずつ淹れることです。そこで開発したのが、1杯分のコーヒーの粉が入ったカプセルと、専用のコーヒーマシンでした。特にインスタントコーヒーのマシンは爆発的に売れました」

テストして実証してから上司と交渉する

  「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」は当初、日本の市場のために開発した。しかし、グローバルで展開する大企業で、日本だけで自社のブランドを冠した新たな商品やコーヒーマシンを開発するには高いハードルがあるように見える。その問いに対して高岡氏は次のように答えた。

  「ものすごく難しかったですよ。新しい現実を見て、顧客の問題を発見して考えたソリューションですが、そんなことを本社に説明しても了承してもらえません。どこの企業でも大きな失敗を恐れます。大きな失敗はキャリアにも傷がつきますし、会社にも迷惑がかかります。

 そこで、まずは自分の権限の中でテストをしました。どんなに小さな規模でもいいのでテストをして、自分の仮説が正しいのかどうかを実証してから上司と交渉すれば、話を前に進めることができます。これはサラリーマンが内部からイノベーションを起こす時の鉄則です」

 高岡氏は、まず数十台のコーヒーマシンをテストで作り、大型ショッピングセンターで販売した。その際に用意したのは、3種類の価格。それぞれの価格で販売して、売れ行きを比べた。

 「値段は7000円、9000円、1万2000円の3種類を考えました。すると、7000円のマシンは、1万2000円のマシンに比べて10倍売れました。おそらく顧客は、そこまで高いお金を出してまでインスタントコーヒーは飲まないと考えたのでしょう。それなら7000円で売ろうと決めました。

 ただ、7000円という価格はマシンのほぼ原価ですので、そのままでは赤字になります。そこでテレビCMを減らすことを本社と交渉しました。ネスカフェのCMを流しても売上が伸びるわけではなく、CMの高額な料金に比べればマシンの赤字はたいしたことはありません。それで大沢たかおさんを起用したCMを発売当初だけ流したところ、爆発的に売れ、今では販売台数は800万台を超えています。

 マシンを原価で売って、コーヒーで儲(もう)けるビジネスモデルですから、マシンの安さに家電メーカーは追随できません。結果的にはマシンのシェアでは他社に圧倒的な差をつけてトップに立ちました。顧客の諦めに気付けたから、イノベーションを起こすことができました」

ネスカフェ アンバサダーの舞台裏

 さらに、家庭向けだったマシンを、オフィスで使ってもらうための方策も考えた。「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」を利用すれば、おいしいコーヒー1杯あたり30円くらいで飲める。ただ、オフィスに置いたマシンやコーヒーの豆を、誰が管理するのかが課題だった。そこで考えたのが、「ネスカフェ アンバサダー」のプログラムだった。

 「職場やコミュニティーでマシンを利用してコーヒーを楽しんでもらう際に、協力してもらう代表の方がネスカフェ アンバサダーです。アンバサダーがクレジットカードでサブスク契約をして、コーヒー豆を用意します。アンバサダーのカードから料金が引き落とされる前に、コーヒーを飲んだ人からお金を集める仕組みを考えました。

 もちろん、不安はありました。給料を払うわけでもないのに、アンバサダーになってくれる人がいるのかどうかが分かりませんでした。そこで、北海道でテストをしました。北海道なら首都圏よりも安い料金でCMを流すことができます。ネスカフェアンバサダープログラムを告知したところ、1週間で1500人もの応募があったのです。

 アンバサダーからは、周りの方から感謝されたという声が寄せられました。顧客の欲求にはいくつかの段階があり、新興国であれば身の安全や衣食住への欲求が強く、先進国になると承認欲求が出てきます。最後に出てくる欲求が自己実現です。ネスカフェ アンバサダーは世界で初めての自己実現を捉えたマーケティングだと、フィリップ・コトラー教授に認められました」

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.