携帯ショップが不適正販売に手を染めてしまうのはなぜか。その背景には、販売代理店業界の独特なビジネス構造がある。
携帯ショップの収益源の多くは、営業委託元のキャリアが販売実績に応じて支払うインセンティブ(販売奨励金)で成り立っている。インセンティブの対象となるのは携帯電話の販売や通信契約だけでなく、光回線や各種のコンテンツサービスの販売成績など、その時々でキャリアが重視する項目で設定される。この収益モデルは、携帯電話の販売や契約手続きそのもので販売が成り立たなくても、キャリアが重視する評価項目を達成すれば運営が継続できる仕組みとなっている。
この構造は、不適正販売の温床ともなってきた。例えば2011年〜2014年にMNPでの販売競争が加熱していた時期には、他社からの乗り換えたユーザーに1台に対して、スマホ1台当たり数万円の“キャッシュバック”を付けて販売する状況も見られた。これは、目先の販売指標を重視する一部の代理店による“数字作り”の結果だと、齊藤氏は指摘する。
MNP獲得競争の過熱の末、2015年以降、キャリアは適正販売が行われるように、評価指標を見直しを進める。その際に導入されたのが、「LTV(顧客生涯価値)」を重視する評価指標だ。キャリアはLTV連動インセンティブの導入によって、継続利用をするユーザーの規模に応じて手数料を支払うようになった。
ただし、この指標も“攻略”されるまでに時間はかからなかった。「継続期間終了までキャッシュバックで縛る(継続を条件としてキャッシュバックを提供する)」あるいは、「利用したように見せかけるため、契約後から数カ月後に再来店して、店頭でスマホを使っていることを確認してキャッシュバックを支払う」といった手法で数字作りを行う代理店が現れた。
過剰なキャッシュバックのような、不適正販売の横行への対策として、総務省は代理店業界に厳しい規制を課した。それが2019年の「値引き上限2万円」の制限だ。この規制により、販売現場の加熱は一度落ち着いたものの、2021年には端末単体販売での値引きという“抜け穴”を活用する値引き販売が復活する状況となっている。
そして2022年には、総務省が販売代理店に対する規制をさらに強化し、キャリアは不採算店舗の整理を進めることになる。この状況を齊藤氏は「自走化期に入った」と定義する。
キャリアの方針変更により、携帯ショップがキャリアのインセンティブ依存のビジネスから徐々に脱却し、より自律した経営が求められる環境となった。営業面では独自の商材を扱えるようになり、経費面では適正人員への定員削減が可能となっているという。
この変化により、代理店業界で一般化してきた販売手法は通用しづらくなっている。独自商材を販売するためには、価値提案を行って、納得した上で販売する必要ある。キャッシュバックや解約前提の販売を続けてきた代理店のスタッフにとって、この“当たり前の価値提案”が難しいという。
齊藤氏は「大事なのは、業界に根付いた意識を変えること。“数字はお金で買う”という慣習をやめることだ」と強調する。
斎藤氏が経営するSAITO式では、スタッフの意識醸成や職場環境の醸成を重要視した独自の営業理論を構築し、販売代理店へのコンサルティングを行っている。SAITO式が指南したドコモ北陸CSでは、北陸支社管内での各種評価指標が最下位から1位に改善するなど、実際に成果を上げているという。
齊藤氏は「環境が変わると、意識が変わる。販売に取り組む意識を改善すれば、“転売ヤー”や“自己回線回し”に頼らずに数字を獲得できるようになる」と、意識改革の重要性を示した。
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