「スマホのバッテリー交換義務化」がユーザーにデメリットをもたらす理由(1/3 ページ)

» 2023年08月20日 10時00分 公開
[はやぽんITmedia]

 EU(欧州連合)は、スマートフォンなどに対する新たな規制として、「バッテリーを簡単に交換できる設計とすること」を可決した。これにより2027年までに同地域向けに出荷されるスマートフォンにはバッテリー交換が容易に行えることが義務化される。今回はその影響を解説したい。

バッテリー交換 欧州では、スマートフォンのバッテリーをユーザーが交換可能にすることを義務化する。日本ではバッテリーを交換できる機種は少ない。写真は2019年発売の「TORQUE G04」

スマートフォンのバッテリー交換が簡単でない理由

 そもそもなぜユーザーが簡単にバッテリーを交換できないスマートフォンが大半なのか。近年のスマートフォンにおいてバッテリー交換ができなくなっている背景には「技術的な進歩」「安全性や品質の確保」「不適切な修理の防止」がある。これに対して「バッテリー性能を上げても、交換不能にする必要はなかったのでは?」と考える人もいるだろう。このあたりについても説明しよう。

 技術的な進歩から見ていくと、スマートフォンの性能向上に伴ってバッテリー容量の増加は急務となっていた。その一方で、バッテリー容量を増加させると電池パックも大型化し、当時のトレンドであった「薄型化」を達成することは難しかった。

 そのため、メーカーとしては樹脂製の保護部を排除してバッテリーそのものを薄型化し、その分の容積を電池容量に割り当てることで大容量化を行った。近年の5000mAhを超える容量のバッテリーをあのサイズに抑え込むには、この方法が最も効率的だったのだ。

 これらの方法によってバッテリーの大容量化が行われた結果、近年の高性能なスマートフォンが生まれたのだ。それと引き換えにバッテリー交換はできなくなったものの、利便性の低下分は急速充電技術の進化で対応した。防水性能についても、バッテリーの接続端子や各種電源系統でのショートを防ぐ意味もあり、利便性を高める方向で採用が進んでいる。

 安全上の懸念は「非正規のバッテリー」が使用される恐れがあることだ。一般的にメーカー純正バッテリーは各種検証の他、近年では急速充電しても劣化しにくいといった最新技術が投入されている。破損対策も行われているため高コストになっている。

 特にバッテリーに強い衝撃がかかることで、内部構造が破損しショートしてしまう「内部短絡」への対策は強固に行われている。この対策として、バッテリーのセパレータ素材を工夫し、剛性を高めている。また、万一発熱しても「熱暴走による発火」という最悪の事態を回避するための対策も施されている。近年のスマホのバッテリーが強力な粘着テープなどで固定される背景も、落下などの衝撃による内部短絡を防ぐためだ。

 こうした対策が行われて純正品が高価になると、付け入るように安価な非正規品も多く出回ってくる。粗悪品は論外として、非正規品は安価ゆえに正規品のような「パーツレベルの事故対策」が行われていないことが多い。また、近年では独自の急速充電を備える機種も増えており、このような機種で非正規品を利用した場合は過充電や異常発熱の原因にもなる。

 「不適切な修理」もメーカーとしては悩ましい問題となっている。iPhoneなどの世界的にシェアの大きいスマートフォンでは誤った手順による修理や「DIY修理」と評される十分な知識を持たない素人の修理によって、製品の品質や安全性が著しく阻害される側面もある。近年ではYouTubeなどの動画サイトでも修理手順動画がアップロードされていること、ネット通販で各種パーツを購入できることから、以前に比べて修理する方法を知る術が増えている。

バッテリー交換 iPhoneでは最新OSにて非正規のパーツが使用されている場合に警告が出るようになった
バッテリー交換 バッテリーや画面の交換はその中でも特にニーズが多いのか、Amazonなどを見ても正規品ではないパーツが販売されている

 問題は修理後の話だ。特に防水性能は品質面でも担保することが難しく、プロの専門業者に修理依頼しても一度本体を開封する関係で「新品のような防水性能は保証できない」としている例もある。修理のプロがこのような見解を示している以上、素人の修理が品質を担保できるとは思えない。そして、これらの不適切な修理をされた商品が中古などで出回ることも考えられる。購入者がこの情報を知らなければ、思わぬところで事故の原因にもなってしまうのだ。

バッテリー交換 修理業者の同意書の中には、元通りの防水性能は保証できないという文言もある

 このような観点から、管理外で品質の劣るバッテリーが利用される可能性、知識を持たない素人が介入することをメーカーは排除したいのだ。発火事故などによる製品やブランドのイメージ低下を考えると、メーカー側のメリットはない。このため、品質確保や安全性の向上を目的として、スマートフォンのバッテリー交換はできなくなっているのだ。

 欧州の規制によって「バッテリー交換できる仕様」となることから、バッテリーについては上記のような品質面の問題をクリアできる可能性がある。バッテリー交換については不適切な修理はなくなる可能性があるものの、非正規品のバッテリーによる事故などの懸念は避けられない。

バッテリー交換可能にすると、スマホのイノベーションが阻害される?

 スマートフォンのバッテリー交換について、ここからはメーカーの立場で「イノベーションの阻害」について解説する。

「バッテリー交換不能にしたことは、メーカーに技術力がないからでは?」という声も多く聞くが、これはイノベーションから真っ向に背反するものになる。

 現在のスマートフォンに用いられるバッテリーは、樹脂製の保護部を廃したものになる。薄型に加工されていることもあり、人の力で簡単に曲がり、机から落としたり、鋭利なもので傷をつけたりすると、ショートしてしまう恐れもある。乾電池とは比にならないくらい危ないものなのだ。

 それなら、従来のように樹脂製の保護カバーで覆った「バッテリーパック」を採用すれば解決するが、今度は端末の設計に大きな制約が生まれてくる。例えば本体の薄型化や軽量化にも限界が生まれ、防水設計はもちろん、本体の冷却設計などにも不利になる。

 仮にも物理的に裏ぶたを開けられる設計とすれば、ガラス素材を使った高級感のある外観設計もできなくなり、側面からスライドさせる形態としても防水設計などには制約が生まれる。充電用のコイルの配置などから、ワイヤレス充電などの対応も難しくなる。

 例えばAppleは、ドイツのメディアに対し、今回の規制について「EUの規制は修理しやすくなるものの、防水性や品質の担保が難しくなり、製品寿命を延ばす意味では相反する」と回答している

 加えて、本体容積に制約の大きい「折りたたみスマートフォン」は、近年の薄型化、大容量化したバッテリー製造技術があってこそ開発できた商品だ。これですら交換義務化となれば、利便性を損なうことにつながる。

 EUのこの規制は「イノベーションを阻害する」ことになり、昨今市場を賑わせるハイエンドスマートフォンや折りたたみのスマートフォンを製造することは困難になると考える。これらの選択肢を事実上排除してしまうことが「利用者のため」とは到底思えないのだ。

 規制が本格化すれば、EUでは魅力的な端末を展開することが非常に難しくなる。仮にも現在と同様の性能と利便性に加え、バッテリー交換を求めるとなれば、重量と本体の厚み増加は避けられない。各種保護装置の追加を含めたEU向けカスタマイズによって、端末価格の高騰も考えられる。

 現時点でバッテリー交換が可能なスマートフォンは一部の環境に配慮した商品、日本だと「TORQUE」のような業務用途も想定されるタフネス端末、あとは100ドル未満のかなり廉価な端末が中心となる。市場見てもかなりニッチな製品であることは変わりない。

バッテリー交換 EU圏でも法人用途も想定されるタフネス端末など、一部ではバッテリー交換が行える機種も販売されている。画像はサムスンの「Galaxy X Cover 6」のエンタープライズエディションだ
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