日本通信が“290円で作ったCM”を流したワケ 290円プランの訴求で収益が出るのか? 福田社長に聞くMVNOに聞く(1/2 ページ)

» 2024年09月25日 14時23分 公開
[石野純也ITmedia]

 大手キャリアがテレビCMなどのマスメディアで広いユーザーに訴求するのに対し、MVNOは一般的にコストを抑え、ネット広告に限定したり、口コミに頼ったりするケースが多い。そもそもユーザーの規模感が違うことに加え、低料金でサービスを提供するMVNOのビジネスモデルと大規模な広告宣伝展開が必ずしもマッチしていないからだ。MVNOでも、大手になるとCMを放映するケースがあるが、その機会は限られている。

 このような状況の中、老舗MVNOの日本通信がテレビCMを放映したことが、大きな反響を呼んだ。しかもCMで訴求していたのは、月額290円の「シンプル290」。この料金プランの獲得が増えても、広告費に見合った収益が出ないのではと疑問を覚えた向きもあるはずだ。日本通信は、これまで口コミに頼ってユーザーを拡大してきた。なぜ今、テレビCMなのか。同社の代表取締役社長の福田尚久氏に聞いた。

日本通信が展開しているテレビCM「これ以上、引けない。290円」篇。紙代・鉛筆代・ガムテープ代を合わせた290円で制作したという。カメラは社員のiPhoneを使用しており、福田社長が紙をめくっている

「290円」は普通の感覚からすると1桁違う キャリアのCMにも対抗できる

―― テレビCMも290円で作ったということで話題になりましたが、CMの枠まで含めて290円というわけではないですよね。

福田氏 あれは制作費なので、放映料は入ってないです(笑)。紙やガムテープなど、そういった類のもののコストが290円ということです。コストにうるさい前田という人間がいるのですが、目の前に待機して厳密に計算しながら290円に収めました。

 枠には2億6000〜7000万円前後使っていますが、それでもキャリアの何十分の1以下です。どこかで記憶に残り、スマホの料金が高いと思ったときに思い出してもらえればさかのぼれる、そういう記憶に残ることができればいいなと思いました。

日本通信 日本通信の福田尚久社長

―― ガムテープは使った分だけのような計算はしてないのでしょうか。

福田氏 確かにガムテープは1本買って余りましたが、そこまでセコい計算はしてません(笑)。

―― MVNOがテレビCMをするのは非常に珍しいと思います。失礼ながら、いわゆる大手キャリアではない日本通信がCMをしたのは、なぜなのでしょうか。

福田氏 2月に結んだドコモとの(音声接続の)合意が大きいですね。今、2年後に向けて準備をしているところですが、これで成長していける環境ができました。今の規模を少しずつ伸ばしていくのであれば、口コミベースでどうにかなりますし、ここ最近は比較的順調に伸びています。とは言いながらも、2年後やそこから先を考えると、それだけでは厳しい。知名度がまったくないですからね(笑)。業界関係者は知っていますが、認知度を上げていかなければ将来がないと思いました。

 その辺をしっかり、ある程度の期間で上げようとすると、何だかんだ言いつつもテレビのパワーはすごい。知名度はテレビで撮って、そこから先はデジタルです。無名の会社なので、登場感を出すにはテレビを使わなければいけないと考えました。

 課題もありました。キャリア各社、特にモバイルキャリアは、みなさん、とんでもない広告宣伝費を使っています。その巨大なタンカーがひしめき合うところに、ささの葉でこぎ出したところで見向きもされません。そこをどうしようかということを考えました。

 各社のボリュームがとんでもない中で、かき消されないようにするにはどうしようというところからスタートしています。悪ふざけではないですが、ちょっとばかっぽさを出して取りあえず知名度を確立する手法は昔からありましたが、うちはストレートに内容をきちんと伝えることがいいと考えました。290円という料金は、普通の感覚からすると1桁違う。アピールできるところがあるので、ここをきちんと出すことにしました。

プレゼンは手書き、カメラはiPhoneを使用 15秒になかなか収まらずに苦労も

―― 制作費が290円というアイデアはどこから生まれたのでしょうか。

福田氏 タレントを起用することも考えました。コストを抑える必要があったのでタレントをやっている知人ですが(笑)。でも、それも何かが違う。これは、僕自身がAppleにいてスティーブ・ジョブズから受けた影響ですが、変化の多い時代に生き続けられる会社は、コストリーダーシップを持った会社です。Appleであれば、iPhoneをずっと安く作っている。安く作って提供できるのは、コストリーダーシップがあるからです。通信の世界だと、日本通信はそういう会社と思っていて、オペレーションの仕方もどこまで安くできるかをやってきました。

 昨年(2023年)からは、マイナンバーカードの署名検証で本人確認をして、eSIMを発行するということをやっています。それまでは免許証の写真を送ってもらって人間かどうかを確認していましたが、そういうところにすごくコストがかかる。早くからeSIMに対応していたのも、eSIMなら出荷しなくていいし、SIMカードを作る必要もないからです。

 コストリーダーシップを持つということは、僕自身のポリシーでもありますが、会社としても基本線にしています。それを追求しようとなったときに、「じゃあ、290円でCMを作ろう」となりました。会議でそれを言ったら、誰かが「できないだろう」と言いましたが、その瞬間に「よし、それでやろう」と決定しました。

日本通信
日本通信 日本通信の社員が手書きで作ったというプレゼンテーション用紙

 カメラはiPhoneでいけますし、ストレートにメッセージを伝えていけば15秒の枠で十分です。Apple時代のとき、僕のプレゼンは全て手書きでした。タイプアウトしてきれいなものばかりな会社だったので、あえて手書きで作るということをずいぶんやってきました。それをやろうとして、僕の手書きにしたのですが、最初はダメ出しされてしまい(笑)。「僕には読めますが、世の中の人は読めない」と言われてしまいました。

 その日に社員を集めてオーディションをやり、声と文字を書く人を決めました。声優に頼んだら290円に収まるわけがないので、ナレーションをやってもらう人や紙に文字を書く人を社員から募集したところ、応募が90人を超えました。社員数を考えると、結構な比率ですよね。その中に、結構いい声の人間がいました。手書きも普段は見ないので新鮮でしたね。企画を考えてから、ちょうど1週間でそこまで進みました。

日本通信 この台にiPhoneを取り付け、プレゼンテーション用紙を下に置いて撮影した

―― 広告代理店は制作にかかわってないんですね。

福田氏 ないですね。スティーブとテレビCMをやったときのことを思い出しました。スティーブがAppleに戻ってきて最初にやったのは、クリエイティブを戻すことでした。あの時のAppleにはお金がなかった。当時議論したのは、今日決めなくてもいいものは、いかに頭に残っているかが勝負になるということです。有名な「1984」のテレビCMもオンエアしたのは1回だけ。スーパーボールに合わせました。1回しか流されていませんが、伝説のようにメッセージとして残っています。

 当時のAppleが一生懸命やっていたのは、アウトドア(屋外広告)です。人間の脳は、記憶と場所をつかさどっているところが同じで、歩き回ることが重要になります。最近では科学的に証明されてきましたが、屋外で巨大なものを見たことは記憶に残りやすい。ですから、徹底的に屋外広告をやりました。やはりうちも、ある程度記憶に残るものをやりたい。ただ、記憶に残っただけで何のことか分からないと困ってしまうので、290円ということが残るようにしました。

 あとこれは、日本通信という漢字の社名があったからできたことですね。アルファベットで、聞いたことないような会社名だったら成立しなかったと思います。

―― 名前は規模感以上の重厚さがありますからね。日本を代表する通信事業者のような(笑)。

福田氏 NTTも東日本、西日本ですからね(笑)。b-mobileから日本通信SIMにして社名を全面に出そうとしたのも、それが理由です。いろいろな広告を見ていても、社名が残らない。ベタな社名はそういうときに悪くないなと思いました。サービスブランドとしても使っているので、これでいけるとなりました。

 そこからは制作です。教科書的な字では面白くないので、その人が書いたことがリアルに出る感じにしました。声もうまかったですね。普通に話をしているときにはそんなにいいとは思っていなかったのですが(笑)、テレビで流してみたら「いいじゃん」となりました。最後は紙をめくるところですが、2枚めくってしまったり、下がズレてしまったりで、なかなか大変でした。

―― あれは本当に15秒に収めたんですか。

福田氏 うまくいったと思っても1秒足りない、逆に1秒オーバーしてしまったということが何度もあり、苦労しました。最後はガムテープがあったので、それを手につけて紙がくっつきやすくするような工夫もしました(笑)。

―― 編集でチャチャっと縮めてしまう、みたいなことはしなかったんですね。

福田氏 編集でやろうと思ったら、何でもできてしまいますからね。あるいはCGでという手もあったのかもしれませんが、リアルなものとはちょっと違うという思いがありました。音も後から入れたわけではないんです。ここがiPhoneのすごいところで、「サッ、サッ」という音もちゃんと聞こえました。文字の色がちょっと薄いと思い、鉛筆を4Bにしたかったのですが、既に買われてしまっていて予算オーバーでした(笑)。そういうところも含めて、リアルにできたと思います。

―― ここも編集でコントラストをガッと上げたりすれば……(笑)。

福田氏 そうしたくなりますが、ここはあえて素で勝負しようと思いました。料金を紹介したかったのではなく、日本通信はこういう会社っですと伝えるには、ベタにやった方がよかったと思います。

―― iPhoneで撮ることに難しさのようなものはありましたか。

福田氏 撮影用の台を作りましたが、この上に実際に置いてみたら傾いてしまう(笑)。斜めになると、紙が真四角に写らないんです。僕のはiPhone 15 Pro Maxなので、これではダメだということで小さい方に変えました。

 あと、台に光が反射して、黄色くなってしまうんです。ここには黒く塗った紙をつけました。黒い紙を買うと、290円をオーバーしてしまうので(笑)。

日本通信 iPhone 15 Pro Maxは安定しないため、より小さいiPhoneを撮影に使用したという
日本通信 黒く塗った紙を下部に貼り付けることで反射を防止した
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