失われたデータを求めて――HDDサルベージ探訪(後編)「先生、助けて! ウチのHDDが息をしていないの」(1/2 ページ)

» 2011年02月28日 18時30分 公開
[後藤治,ITmedia]

失われたデータを求めて――HDDサルベージ探訪(前編)

データ復旧の最後の砦、HDDサルベージ企業

 「HDDは消耗品である」「バックアップは重要だ」――こういった言葉をどれだけ頭で理解しているつもりでも、その本当の意味は自分でHDDクラッシュを体験してみるまで分からない。以前、あるセキュリティソフトベンダーが行った調査によれば、HDDクラッシュで受ける精神的ダメージは、“失恋のそれよりも大きい”と回答した人のほうが多かったという。失恋しても思い出は残るし、新しい恋を探すこともできる。しかし、一度失われたデータは元に戻らない。

 だが、運悪くHDDがクラッシュし、復旧ソフトを使っても手の施しようがなく、バックアップさえない場合でも、あきらめるのはまだ早い。最後の手段として残されているのが、HDDサルベージ企業に依頼することだ。

 というわけで、1年に1度顔をあわすかあわさないかといった程度の親類からデータ復旧を命じられ、自分では手も足も出ずにHDDサルベージ専門企業の門を叩いたのが前回までのあらすじ。そこで筆者は、HDDにまつわる不思議な話を耳にする。聞けば持ち込んだHDDにはそもそも“壊れるべくして壊れる”固有の問題があるらしい。何やら面白そうな話が聞けそうだ(あわよくば復旧費用も値下げしてもらおう)などと考えた筆者は、正式に取材を申し込んでみた。

ユーザー視点に立った「成功報酬」であるということ

データ復旧事業部復旧技術チームの安藤佳晃氏。白衣が似合う

 今回筆者が訪れたのは、データ復旧.comを運営する日本データテクノロジーの銀座オフィスだ。同社によれば、日本国内でHDD復旧の専門ビジネスが始まったのは十数年前。一方、日本データテクノロジーの設立は約7年ほど前とかなり後発になる。しかし、同社は数年前から業界トップの座につき、その技術力の高さはもちろん、顧客視点に立ったサービスによってその地位を不動のものにしてきたという。顧客視点とは具体的に、初期診断が完全無料であること(電話でWebサイトを見たと告げるか登録フォームからからの申し込みが必要)、そして“成功報酬型”を貫いている点だ。

 「ほかの会社でも成功報酬をうたうところはありますが、私たちの場合は“成功”の定義がまったく異なります。例えば、壊れたHDDから一部のデータを復旧して、これをもって成功とするところがありますが、私たちはまずはじめにお客さまが取り出したいデータの内容を聞き、そのデータを取り出すことができてはじめて“成功”と見なします。不要なデータをいくら取り戻せたところで意味はないですから。また、あらかじめ復旧にかかる費用や期間をきちんと提示するというのもサービスの前提として行っています。どういうサービスなら自分でも受けたいと思うか、そう考えたときこれらの条件は必須だと考えました」(安藤氏)。

 また、HDDの持ち込みから復旧までを一括して銀座のオフィスで行っている点も特徴の1つ。「どこか別の場所に工場があり、そこへ発送して作業をするのではなく、診断から復旧作業までをここで行っています。特に法人さまからの依頼は、何より時間を重要視される方が多いです。その点、銀座は立地的にHDDを持ち込みやすく、少し待っていただければその場で診断結果をお返しすることもできます。もちろん、そのまますぐに復旧作業に入ることもできますし、最短コースなら当日中にデータを取り戻すことさえ可能です」(安藤氏)。

なぜか銀座で「エアフォースワンでも使われている」ゲートをくぐる

執務室の入口では、スタッフ、見学者問わず厳重なチェックが行われる

 そしてとりわけユニークなのが、実際に復旧現場を見学できることだ(事前の予約が必要、HDDを預けた顧客のみ)。同社の銀座オフィスは、顧客からの相談を受ける応接ルームのほか、電話対応や日々の業務を行う区画と、ファームウェア/ハードウェア障害を修正する作業区画が1つのフロアに収まっている。これが即日データ復旧という素早い対応を可能にしている。

 また、HDDの中身そのものという、大量の個人データを扱うだけに警備も厳重だ。カードキーで施錠されたドアはもちろん、何より驚かされるのが入口に設置された金属探知機。これは米国大統領専用機に搭乗する際のチェックでも採用例があるほど高精度なものだという。ゲートには警備員も常駐し、靴を脱がされて調べられる念の入りようだ。記憶媒体の持ち込みは一切禁じられており、スタッフであっても携帯電話などはロッカーに預けて入室する(ちなみに筆者は特別にカメラの持ち込みを許可してもらった)。

執務室内で電話による診断を行うオペレーター。ディスプレイの上に伸びたカラフルな玉は受けつけ内容や件数を示すらしい

 「大切な情報を扱うわけですから、どれだけ厳重にしても厳重にしすぎるということはありません。ただ、ちょっと困ってしまうのが、女性の見学者が来たときに、ワイヤー入りブラにも反応してしまうことなんですよね……」。それは、えーと、脱いでもらうしかないですよ、ええ。

 さらに、プラッタとヘッドの間は煙程度の粒子も入らないHDDを解体修理するとあって、作業区画には防じんルームも設置されていた。筆者も作業着に着替えてマスクを着用し、作業の一部始終を見学。中では達人たちがHDDを分解し、不具合の原因となっているチップを付け替えたり、ヘッドを交換したりと、恐ろしい勢いで修理を行っていた。

 PCに少しだけ詳しい筆者は、基板だけ交換して“ニコイチ”で直せるんじゃないの、などとチラッと思ったりもしたのだが、その手の話はかなり古いHDDに限定され、最近のモデルでデータを(確実に)復旧させたいなら、かなり無謀な方法らしい。落下や熱による物理的な破損でヘッドやモーター、基板全体を交換することもあれば、内部を制御するファームウェアの不具合によって、チップ単位で交換することもあるという。同一のロットから交換する、あるいは同じ工程で製造された別のHDDの一部だけを“移植”して使うこともあり、どのHDDがどの部品と適合するかをどれだけ知っているかも、業界内の技術力として差が出る部分になる。確かに設備や作業風景を見ていると、これは個人では絶対にまねできないと思わせるに十分だった。

筆者も着替えて防じんルームに潜入。中では白衣を着た作業員が外科手術のように作業を行っている。一時的な正常動作のために交換する部品として、約5000台のHDDストックが常備されている。手に入りづらいレアなモデルは海外のオークションなどから型番指定で入手するという

こちらは破損したRAID構成のHDDからデータをクローニングし、さらに不具合のある部分をセクタ単位でソフトウェア的に復旧している。このときは該当部分のデータを紙に書き出して計算し、手動で修正していた。セクタ数を見ると625142448と表示されている……気が遠くなる作業だ。「でも慣れてくると16進数の文字列をぱっと見て、どこが必要なデータなのか、どこがおかしいのか分かるようになるんですよ」(スタッフ)。すごすぎます

 ちなみに、筆者が社内を見て回っている間、作業場に近づくと各スタッフの方は(忙しいにも関わらず)立ち上がってビシッとあいさつを返してくれた。一般顧客が訪問する際にはこうして必ずきちんとあいさつを返すようにしているという。大切なデータを預かっているという意識が根底にあるのだろう。「見学したいというお客さまはかなりいらっしゃいますし、セキュリティなどに配慮するコストを考えても、必要なことだと考えています。自分の預けたデータがどのように扱われているのかを知りたいと思うのは当然です。特にHDDの復旧は一般の方にはなじみのないニッチな業種ですので、少しでも不安を払拭する努力をするべきでしょう。実際にここで見学していただいて『ここならまかせてもいい』と依頼されるお客さまも多いですよ」とのことだ。

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