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» 2019年12月25日 15時00分 公開

ティム・クックCEOが思わずうなる、アップルブラックを生み出したこだわり (1/5)

Appleのサプライヤーと聞くと、どのようなイメージを思い浮かべるだろうか。その実態を、日本のインキメーカー「セイコーアドバンス」に聞いた。

[林信行,ITmedia]

 「おお!これが!」

 Appleのティム・クックCEOは、カッと目を見開いた後に満面の笑みを浮かべた。そして右手をポケットへと伸ばすと、自分のiPhone 11 Proを取り出してその背面を指差した。

セイコーアドバンス ミッドナイトグリーンのインキを眺めるティム・クックCEO

クックCEOをうならせた工業用インキ

 彼がのぞき込んでいたのは、緑色の液体が入った釜だ。実はこの液体、2019年発売のiPhone 11 Pro、同11 Pro Maxから採用された新しいカラーバリエーション、「ミッドナイトグリーン」を描き出すのに使われているインキだ。

 「グリーン」というと、世界中の多くの人が、環境意識を象徴する色だと思っているかもしれない。

 しかし、皮肉なことに緑色のインキの多くは実は環境に悪い。

 通常、緑色は臭素を使って作り出すが、これは処理を間違えるとダイオキシン発生につながるハロゲン化物だ。

 以前は鉛で黄色を作り、青色を混ぜていたが鉛も環境に悪い。

 環境に良い、極めて限られた原材料だけで緑や黄色のインキをつくるのは非常に難易度が高く、それだけに緑や黄色のスマートフォンは少なかった。

 そんな中、Appleの経営陣の中でもとりわけ環境意識の高いクックCEOを満足させる形で緑色を生み出したのが、埼玉県蓮田市に工場を持つ創業70周年のスクリーンインキ製造会社、セイコーアドバンスだった。

セイコーアドバンス セイコーアドバンスの埼玉工場にて

 同社のインキはiPhone 5からで、液晶画面を囲む黒枠部分用に黒インキの提供を始めていたが、2017年に運命の転機を迎えた。

 iPhone 8とiPhone Xの開発だ。

 Appleは両モデルで非接触充電を実現するために、背面パネルの素材をそれまでのアルミからガラスに変更した。それにあわせて本体に色を添える塗料が必要だった。ここで白羽の矢が立ったのがセイコーアドバンスで、両モデルのインキを全て引き受けることになった。

 その結果、会社の売り上げは大きく跳ね上がった。

 最新のiPhone 11 ProおよびiPhone 11 Pro Maxシリーズでも、全カラーバリエーションの塗料を任され、先の新色ミッドナイトグリーンを誕生させた。

 実はiPhone以外にもAppleと多少の取引経験はあったというセイコーアドバンス。だが、バッテリーケース用の塗料を提供していたその頃の取引額は、数十万円から多くて数百万円程度だった。

 これに対して、iPhone 5以後は取引額が一気に数十倍に増えた。

 そんな背景もあり、クックCEOが訪れた12月10日。セイコーアドバンスは朝8時前から重役が勢ぞろいして、一列に並んでお迎えの準備をしていた。

セイコーアドバンス ティム・クックCEOを出迎えるセイコーアドバンスの皆さん

インキ業界最上質の黒、それがアップルブラック

 当日朝8時を少し過ぎた頃、セイコーアドバンスの正門に黒塗りのハイヤーが到着し、Appleのティム・クックCEOが降り立った。

 クックCEOは重役たち1人1人に笑みを振りまきながら握手を交わすと、足早に1時間の工場見学をスタートさせた。

 実はこの時、Appleの方で通訳を用意していたが、セイコーアドバンスでAppleとの窓口を務めていた加邊幸慶(かべゆきのり)部長は、最初から最後までクックCEOの元に寄り添い、自ら英語で説明を行った。

 クックCEOは、まず本社2階にあるショールームに通された。

 この日のために特別に並べられたショーケースには、過去のiPhoneの塗装サンプルが並べられていた。

 クック氏は、それを真剣に見つめながら、鋭い質問を繰り返す。その1つ1つに加邊部長が丁寧に答える。

セイコーアドバンス クックCEOの質問を受ける加邊幸慶部長

 2人は、他社の事例を紹介した展示台に足を進める。

 加邊部長が、黒いカーナビのフロントパネルをクックCEOに手渡した。

 「今、この色はアップルブラックと呼ばれていて、他の市場、企業やデザイナーが黒色のベンチマークとして引用するケースが増えているんですよ」

 クック氏は「アップルブラック?」と繰り返した後、ほほを少し緩めた。

 アップルブラックは、もちろんApple公式の呼び名ではない。クックCEOも聞くのはこの時が初めてだ。

 しかし、今、インキの業界では「黒と言えばセイコーアドバンスのアップルブラック」と誰もが認める優れた黒インキのスタンダードとなっている。

 そして、このアップルブラックこそが、セイコーアドバンスとAppleとの深い縁を結んだ色でもある。

 元々は8〜9年前、Appleの開発に関わる部門から世界のインキ会社に対して会社や製品の紹介を行ってほしいという声がけがあり、Appleの本社に赴くことになった。加邊部長が自社のインキの特徴を述べると、Appleから「それじゃあ、こういうインキを作ってみろ」という宿題をもらったのでそれをやってみたところ、試行錯誤を繰り返しながら約5年をかけて誕生したのが、iPhone 5以降の液晶を取り囲む枠で使われることになった。

 アップルブラックの誕生だ。

セイコーアドバンス 2012年に発売された「iPhone 5」。アップルブラックの始まりはここからだった
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