平栗CEOと加邊部長の話を聞きながら、筆者は7年前に行ったあるインタビューを思い出していた。
スティーブ・ジョブズ氏のビジネス上の師匠でもあり、書籍「ジョブズ・ウェイ」を執筆したジェイ・エリオット氏のインタビューだ。
彼は1970年代、まだApple IIという製品を作っていた時代に、サプライヤーとの関係を「アウトソース」の関係ではなく、親しい身内への「インソース」というスタイルにした、と語っていた(参考記事:「何よりも大事なことは情熱」――ジョブズ氏の師が語る“スティーブの素顔”)。
今回、セイコーアドバンスを取材して、その精神は今のクックCEOの時代になっても引き継がれていることを強く実感した。
実際、インタビューでクックCEO自身もこのように語っていた。
「我々は、パートナー企業と密接に働ける環境を整えた上で共同作業を進めるようにしています。両社の優秀な人たちを一緒に混ぜておくと、彼らは自分がどちらの会社に帰属しているかなんていうことも忘れて、ひたすら素晴らしいものを生み出すべくまい進するものなのです」
何百というサンプルでの試行錯誤から、今回のiPhone 11 Proシリーズのまとまりある4色にたどりついた両社のチームによる成果は、まさにそんな好例と言えよう。
それでは、セイコーアドバンスはいかにしてインソースを任され、わざわざ忙しいスケジュールの中、クックCEOが訪れるようなAppleの身内企業になり得たのか。
それはクックCEOを驚かせた「高品質に対する情熱」ではないかと筆者は思った。
セイコーアドバンスでは、この1年間に数百トン近いインキを出荷しているが、どこのメーカーからも1度もNGをもらったことも、クレームをもらったこともないと思う。
「レベルをあと2段階、3段階落としても十分に品質試験をパスできる意気込みで品質を保っている」
これまで度々、Appleにインキのサンプルを提供してきたが、他の企業が10種類のサンプルを出すと、そのうち2〜3種類に対してAppleから作り直しの指示が出ている中、セイコーアドバンスは10種類のサンプルを出したら必ず10種類とも一発合格する品質を保ってきたという。
いや、これは何も製品の品質の話だけではない。研究開発でも、営業でも最後の最後の詰めとなる部分で少しでも秀でられるように努めていれば、Appleに提出するサンプルを収めるパッケージ1つまで、徹底してこだわって用意しているという。
クック氏が言う「細やかなところまで気付く繊細さ」とは、まさにこういうことだろう。
学生時代、スポーツをやっていた加邊部長は「0.1mmの差でも勝ちは勝ち」と教えられ、以来、常にできることはすべてやり尽くして、他より秀でることを目指してきたと語る。
アップルにインキを供給するライバルメーカーは、日本以外の外国にも多々存在する。
ライバルに利するからと、これまではその存在を公にしてこなかったが、セイコーアドバンスでは、他社を引き離す品質を実現すべく4億円以上を投じて、インキメーカーとしては珍しいクリーンルーム工場を作った。
他社の人間はもちろん、土足で入ることも厳禁の秘密のエリアだ。
だが、今回クックCEOが同社を訪問することが決まり、初めてそのクリーンルームを我々メディアにも公開した。
クリーンルームには、これまで一緒に親しく仕事をしてきたAppleのチームですら踏み入れたことがなく、クックCEOが冒頭のミッドナイトグリーンの窯に向かって踏み入れた一歩が、初めて社員以外が足を踏み入れた一歩となった。
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