コロナウイルスの流行から世界情勢の不安定化、製品供給網の混乱や物流費の高騰、そして続く円安と業界を取り巻く環境は刻一刻と変化している。そのような中で、IT企業はどのようなかじ取りをしていくのだろうか。各社の責任者に話を聞いた。連載第10回は、弥生だ。
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会計ソフトウェアの開発、販売を行う弥生が、新たな一歩を踏み出した。
その基本方針は、弥生が果たす役割を、これまでの「会計ソフトの民主化」だけに留まらず、「会計の民主化」にも広げるというものだ。
それを象徴する戦略的製品が「弥生Next」となる。2023年4月に、弥生の社長に就任した前山貴弘氏は、「これまでの会計ソフトは、本来の役割を提供できていなかったのではないか」と自問自答し、「これからの弥生が目指すのは、経営の意思決定を支援するパートナーになることだ」と宣言している。
今、弥生は何を考えているのか、そして弥生はどう変化するのか。インタビューの前編では、前山社長が社長就任以降、何に注力して弥生をどう変化させようとしているのかを、経営の観点から聞いた。
―― 2023年4月に社長に就任してから8カ月が経過しました。この間、どのようなことに力を注いできましたか。
前山 振り返ってみると、あっという間の8カ月間でした。毎日が飛ぶように過ぎていった感じですが(笑)、ワクワクが連続する毎日でしたね。弥生は可能性を持った会社ですから、私が先頭に立ち、スピード感を持って経営にあたることが、成長を加速するためには大切なことだと思っています。
この間、最も重視してきたのは、社内のマインドセットを変えることでした。会計ソフト市場における弥生のシェアは、クラウドサービス領域では52.8%と過半数を占めていますし、デスクトップソフト領域では64.9%と、実に3社に2社が弥生を使っています。弥生のユーザー数は310万以上に達し、会計事務所ネットワークである弥生PAPの会員数は1万2000以上となっています。
弥生は36年間に渡って多くのユーザーに使っていただき、多くの会計事務所からも支持されている製品です。しかし、多くの積み重ねがある分、思い切ったことができにくい環境が生まれたり、昨年はこうだったから今年はこうしようといったりというような発想に留まったりといったことが起きていました。
安定して会計業務を行ってもらうことや、以前と違う処理をしないように継続性を重視することに細心の注意を払ってきたことが、多くのお客さまに長年に渡って使い続けていただいた要因の1つであることは認識していますが、それを優先しすぎた部分があったのではないかと……。
社会全体の変化やテクノロジーの進化がどんどん速くなり、その変化を分かっていながらも、自分たちの製品作りとは別に捉えていたところがあったともいえます。それは私自身も同じで、知らないうちに固定化した概念や、マインドが根づいていたのかもしれません。
新たな経営チームに刷新したタイミングは、いいきっかけになりますから、ここで経営陣も社員もマインドセットを変え、もっとスピード感をもって取り組むこと、失敗することを大歓迎にして、失敗からどんどん学んで共有し、それを成果としてユーザーや会計事務所にしっかりと価値を提供していくことに取り組みました。
今までの延長線上で明日を考えるのではなく、私たちも変わっていかなくてはならないというマインドへとチェンジしようというわけです。
―― ここでは、社員に向けてどのような言い方をしたのですか?
前山 社員には「挑戦」「スピード」「生産性の爆上げ」という3つの言葉を示しました。これはしばらく言い続けようと思っています。
「挑戦」という観点でいえば、弥生にはもともと挑戦するDNAがあったのにも関わらず、気がついてみると、その姿勢はどこに行ってしまったのかという反省があります。弥生も創業当時はスタートアップ企業であり、大手企業が挑戦しないことに挑んできたわけです。
しかし先にも触れたように、私たちの製品はお客さまの業務を止めてはいけない製品ですから、継続性や安定性を最優先し、そこから得られた信頼性が強みです。そのため、新たなことをやる場合には石橋を何度も何度も叩いて慎重に検討しても、結果として「これは、もう少し後にしよう」ということが多かったといえます。
一方で、全てのお客さまが今の状態を維持することを望んでいるのかというと、そうではありません。もっと新しいことに挑戦してほしいと思うユーザーも多いのではないかと思っています。弥生の社員自らが、もっと「挑戦」する意識を持たないと、弥生は変わりません。
2つめの「スピード」は、正式には「スピード、スピード、スピード」と3回言うのですが(笑)、私自身、これまでの弥生のスピード感ではいけないという危機感があります。
弥生からは新しいものがなかなか出てこないという声や、スピードが遅いといった評価があったのも事実です。法令などには迅速に対応していますが、やはり安定性や確実性が優先され、スピードはその次という意識が社内にも定着していました。
かつてはそれでよかったかもしれませんが、今はスピードが大きな価値となります。変化が激しく、明日何が起きるか分からないという中で、計画を立てることに時間をかけても正しい結果が出るとは限りません。製品として出した時には時代が変わっているということも起きるでしょう。
ですから、100%確実であることを確かめてから動き出して、スピードが遅くなるという状況は何としても避けたいと思っています。ただし、スピードは挑戦することや、失敗を大歓迎することと組み合わせないと実現しません。失敗の数だけ自分たちは成長し、それによってお客さまや会計事務所の方々が発展するのであれば、決めたことにはどんどん挑戦し、どんどん失敗し、どんどんスピードを上げていきます。
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