「スマートフォンユーザーのデータ利用量は携帯ユーザーの10倍から20倍。今の帯域では、2012年後半くらいにオーバーフローする」――。こう話すのは、ワイヤレスジャパン 2011の基調講演に立ったKDDI 代表取締役社長の田中孝司氏だ。
高い端末性能を備え、PC向けサイトの閲覧や表現力豊かなアプリを利用できるスマートフォンは、データARPU(利用者1人あたりの月間データ収入)を押し上げ、通信キャリアに大きな利益をもたらしている。通信キャリアがスマートフォンを強力に推進するのは、このためだ。
しかし、スマートフォンの急速な普及には負の側面もある。急激なデータ利用の増加にネットワークインフラが追いつかず、ネットワークがつながりにくくなる可能性があるのだ。冒頭の田中氏の発言は、それを示唆したもの。従来型のモバイルネットワークのみに頼っていると、2012年には破綻をきたすと田中氏はみている。
この課題には通信キャリア各社が取り組んでおり、ワイヤレスジャパンの基調講演でも、その具体策が明かされた。
NTTドコモの2010年のデータトラフィックは、2009年に比べて1.7倍増加。2011年は2010年に比べて2倍になる見込みだと、NTTドコモ 代表取締役社長の山田隆持氏は説明する。トラフィック対策は大きく3つの方法を推進するとし、その1つとして挙げるのがXi(LTE)サービスの拡大だ。
LTEは3G(W-CDMA)に比べてキャパシティが大きく、周波数の利用効率が約3倍に向上するため、ドコモはそれを急増するトラフィックの緩和に役立てる考え。2011年度末までに全国の県庁所在地級の都市をエリア化し、2012年度末には全国の主要都市に展開。以降順次、エリアを拡大する計画だ。
対応端末は、6月以降にモバイルWi-Fiルーター2機種を提供し、秋にはタブレット端末を投入。冬モデルでスマートフォンをリリースする。
2つ目は、さらに周波数の利用効率が向上する4G規格「LTE-Advanced」の展開だ。すでに3GPPでスペックが固まっており、ドコモはそれに準じたシステムの開発に着手。2015年の開発完了を目指すとし、ワイヤレスジャパンのブースでもデモンストレーションを披露した。
3つ目は、ドコモとルネサスエレクトロニクスが開発した小型マルチバンド電力増幅器の活用だ。
携帯電話は現状、対応する周波数帯の数だけ増幅器を搭載しているが、マルチバンド電力増幅器を使えば、増幅器が1台で済む。例えば日本固有の周波数帯への対応に二の足を踏む海外の端末メーカーでも、この増幅器を使うことで対応しやすくなる。日本固有の周波数に対応する端末が増えれば、使う周波数に偏りがなくなり、トラフィックを分散させることが可能になるというわけだ。
KDDI 代表取締役社長の田中孝司氏は、スマートフォンの急速な普及がトラフィックの増加を加速させ、「2012年の後半からネットワークがオーバーフローする。今の周波数帯では3分の1も吸収できない」と危機感を示すとともに、トラフィック対策の重要性を強調した。
固定網とモバイル網を持つKDDIは、「マルチネットワーク」を重要なトラフィック緩和策と位置付けている。同氏の言うマルチネットワークとは、ユーザーが場所や用途に応じた最適なネットワークを、意識せずに利用できるネットワーク環境を指す。“モバイル端末だからいつも3Gを使う”というのではなく、家ならCATVやFTTH、出先なら3GやWiMAX、Wi-Fiといったネットワークに自動で接続できるようにすることで、トラフィックを分散させようという取り組みだ。
この取り組みについて田中氏は「急増するトラフィックを収容可能にするとともに、快適な通信環境を提供できる。10倍にトラフィックが増えても、今と変わらないようにもっていきたい」と意気込む。「マルチネットワークを企業のコアな差別化要素として、競争力の源泉にしたい」(田中氏)というように、多様なネットワークを持つKDDIならではの戦略といえるだろう。
なお、周波数の利用効率を高めるLTEについては、2012年12月の導入を予定しており、メインに新800MHz帯の10MHz幅、補完バンドとして1.5GHz帯の10MHz幅を利用する計画。EV-DOネットワークについても、トラフィックが高い基地局のデータを周辺局にオフロードする「EV-DO Advanced」を2012年4月以降に導入するなど、「最後の最後まで効率化させる努力をしている」(KDDI 技術開発本部 標準化推進室長の古賀正章氏)という。
ソフトバンクモバイルは、電波が伝わりやすい700MHz/900MHzの獲得を目指すとともに、子会社が持つ2.5GHz帯を利用したサービスや、Wi-Fiへのデータオフロードで急増するトラフィックに対応する考えだ。
2.5GHz帯は、かつてウィルコムの次世代高速通信規格「XGP」向けに割り当てられた周波数帯。現在、この周波数帯は、ソフトバンクが出資するWireless City Planningが継承している。ソフトバンクモバイルで代表取締役副社長を務める松本徹三氏は、この2.5GHz帯の用途について、“XGPの技術をベースにLTEの機器を使ったサービス”を展開するとした。
XGPには、ネットワークのキャパシティを増やすのに有効な小セル化を図りながら、小セル化によって起こるセル間の問題を解消するチューニング技術があると松本氏。この技術を使いながら、モジュレーションはLTEと同じものを利用するサービスを展開すると説明した。「LTEに近いものは、XGPで実現できる。まったく一緒ではないだけで、能力的にはLTEと変わらない」(松本氏)。同種の技術は中国や米国のキャリアが採用する予定もあるといい、機器調達面でのコストメリットも期待できるとした。
「これだけやっても足りない」と話す同氏が主軸の対策として挙げるのは、Wi-Fiへのオフロードだ。同社は、Wi-Fi対応のスマートフォンや携帯電話で利用できる「ソフトバンクWi-Fiスポット」を展開しており、有線+Wi-Fiとモバイルを両輪としたネットワークを作っていく方針だ。「8割くらいを有線+Wi-Fiでカバーし、2割位をモバイルでまかなうのが正しい姿だと思う。安く、快適なネットワークを組み合わせることで、ユーザーがネットワークを意識しないでサービスが受けられるようにしたい」(松本氏)
このように各キャリアは急増するトラフィックへの対応策を打ち出しているが、これだけで間に合うものではなく、新たな周波数の割り当てに注目が集まっている。特に、電波が伝わりやすい700/900MHz帯は各社が狙っており、その争奪戦は熾烈なものになることが必至だ。各社の独自のトラフィック対策と合わせて、今年が山場になるといわれる周波数割り当ての動向にも注目したい。
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