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» 2015年07月27日 06時00分 UPDATE

Meet Recruit:「グローバルなプロダクトで成長を目指す」バルト三国のスタートアップシーンは今

ロシアの西隣、バルト海沿いに位置するバルト三国でも、世界的なスタートアップブームの波を受けて、世界を目指すスタートアップが生まれ始めている。今回は、三国のスタートアップシーンの動きを紹介したい。

[文・写真:佐藤ゆき,Meet Recruit]
Meet Ricruit
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 ロシアの西隣、バルト海沿いに位置するバルト三国。エストニア130万、ラトビア200万、リトアニア295万と、三国はいずれも小国だ。冷戦終了後にソ連から独立し欧州の一部となってからは優秀な人材はロンドンなど、より経済活動が盛んな場所へと流れる傾向にあった。そんなバルト三国でも、世界的なスタートアップブームの波を受けて、世界を目指すスタートアップが生まれ始めている。今回は、三国のスタートアップシーンの動きを紹介したい。

エストニア:バルト三国のスタートアップシーンを牽引

 まず、バルト三国の中でも特に国際的にスタートアップシーンが注目を集めているのはエストニアだ。注目されている点として大きいのは政府が積極的にスタートアップシーンのサポートに関わっている点。たとえば、財団法人Enterprise Estoniaは、エストニアの起業家の成長を促進することを目的とした公的なサポートシステムだ。同団体はシリコンバレーにもオフィスを開設し、シリコンバレーのテックコミュニティと自国のコミュニティ、また両国の大学同士をつなぐ橋渡しの役割を担う。

 エストニア政府は元々、電子政府への取り組みで国内外から注目を集めてきた。数分で自宅から投票ができるオンライン投票システムや、日本でも注目された電子市民制度の「e-residency」も、電子政府政策の一環だ。積極的に市民の生活にデジタルを取り入れることによって国民の生産性を高めたほか、海外に向けて「住みやすい、起業しやすい場所」というイメージを強く押し出している。

コワーキングスペース「Garage48」、ハッカソンには首相も参加

photo エストニアのスタートアップコミュニティの中心「Garage48」

 一方で、草の根スタートアップコミュニティにおける中心的な存在は「Garage48」だ。2010年にエストニアの起業家によって立ち上げられ、起業精神とローカルな経済の促進を目的に運営されている非営利組織である。タリンの中心地にある「Hub」は同組織が運営するコワーキングスペースで、現在は55名のメンバーと13のスタートアップが拠点を置いている。コワーキングスペース事業の他に、「Garage48」はハッカソンイベントの運営にも力を入れている。団体名の「48」というのは、ハッカソンを開催する際の制限時間である48時間からとっているそうだ。

 エストニア出身のクールなスタートアップや起業家のことを地元の人は「エストニアマフィア」と呼ぶそうなのだが、Garage48の入口近くの壁には、そんなエストニアマフィアの名前が誇らしげに飾られていた。

photo 「Garage48」の壁に誇らしげに飾られる「Estonian Mafia」リスト

 「Garage48」が企画するハッカソンイベントには、首相や大統領が来ることもあるのだという。このように、エストニアでは政府と市民の距離が驚くほどに近い。先述の電子市民制度の「e-Residency」の政策も、まだローンチから1年も経っていないのに着々と準備が進んでいるのは、政府が小さいゆえの速さ、柔軟さが理由なのではないかと思う。トップダウンによるスタートアップ推進政策というと、現場との乖離が懸念されることもよくあるが、エストニアを見る限りでは両者の連携はかなり密にとれているように思われる。

「TransferWise」など、目立つ元スカイプ社員の活躍

 エストニアを代表するスタートアップの一つである「TransferWise」は、2011年にローンチしたP2P(Peer to Peer:サーバなどを介さず多数の端末同士で通信を行う通信方式)国際送金サービスだ。P2Pモデルの採用により、仲介業者を入れず安価な手数料の送金を可能にする。会社はロンドン登記であるものの、二人のCo-Founder(共同創設者)はエストニア出身だ。今年1月のシリーズC(ビジネス発展を目指したレイターステージ)の資金調達ラウンドにはAndreessen Horowitzや実業家のRichard Branson氏が参加し、注目を集めた。

 「TransferWise」のTaavet Hinrikus氏は、2003年にエストニアでローンチされ今やマイクロソフトの一部となったスカイプの初期メンバーの一人。スカイプの国際的な成功は「TransferWise」のように後につづくスタートアップの成功を促進する大きな要因になっている。スタートアップに参加する人材を輩出している他、スカイプが築く国際的なネットワークは、エストニアのスタートアップがグローバルに事業を展開する上でも強力なサポートとなる。

 最近国内外で注目されているスタートアップ「Deekit」もスカイプの元社員が立ち上げたスタートアップの一つ。遠隔のチームメンバー同士が簡単に一つのホワイトボード上で共同作業できるようなコラボレーションアプリを開発する。

グローバルを目指すのは「当たり前」

 「Deekit」もそうであるが、エストニアのスタートアップはローンチ当初からグローバルな展開を目指していることがほとんどだ。人口130万人という小国ゆえに、国内市場だけ見ていてはスケールするのに限界がある。そのため欧州市場を狙う際には、まずロンドンに拠点を置くことも多い。その他、首都タリンからフェリーで2時間程度で行ける隣国フィンランドのヘルシンキやラトビア、リトアニアといった近隣諸国とのつながりも強い。5月に開催された、エストニアで最も大きなテックカンファレンスである「Latitude59」には、ラトビア、リトアニア、フィンランドからの参加者が数多く参加していた。もちろん、こうしたカンファレンスやイベントで使われる言語は英語だ。

photo 5月にタリンで開催されたテックカンファレンス「Latitude59」

 ちなみに、エストニア人は英語が上手な人が多い。Garage48でコミュニケーションを担当する女性Jane Muts氏にその理由を尋ねたところ「小さな国だから、外の人がエストニア語を習得することを期待するよりも、自分たちが英語を学ぶべきだとみんな考えているわ」と話してくれた。世界に目を向けるのが当然という姿勢は、市民の精神に深く根付いているようだ。

リトアニア:低いコストと政府のサポートで注目度上昇中

 次に、エストニア以外のバルト三国にも目を向けてみよう。まず、ここ最近欧州の起業家や投資家に注目されているのがリトアニアだ。起業家にとってのリトアニアの魅力として、インターネットのインフラが整っていること、西欧・北欧に比べると物価が安いこと、また優秀なIT人材が低いコストで集めやすい点などが挙げられる。

 リトアニアのスタートアップシーンを分析するGeektimeの記事によれば、こうした背景によって現地のスタートアップシーンはここ数年盛り上がっており、毎年100を超えるスタートアップイベントが開催されているとのこと。また「Practica Capital」やビジネスエンジェルのファンドである「Mes Invest」「BaltCap」「LitCapital」といった現地のファンドも立ち上がっており、それらのファンドによる2015年の投資額は100億を超えると予測されている。

 また、エコシステムの大きな役割を担っているのが、リトアニアで最大のアクセラレータ「StartupHighway」。リトアニアの首都ヴィリニュスを拠点に13週間のプログラムを運営している。参加スタートアップには、1万4000ユードのシード金(7.5%の株と引き換えに)を提供する。

 公的な支援機関である「Enterprise Lithuania」は、スタートアップコミュニティを運営する 「Startup Lithuania」と連携して、選出したスタートアップをテルアビブやベルリン、ロンドンといった欧州の他のスタートアップハブに招待する資金調達ツアー Startup Lithuania Roadshow を企画。リトアニアもエストニア同様に、政府と現場が連携してスタートアップのサポートを進めている。

エコシステムが立ち上がりつつあるラトビア

 最後に、リトアニア同様にスタートアップのエコシステムが立ち上がりつつあるラトビアの状況にも触れておこう。ラトビアも首都リガを中心に、グローバルなスタートアップブームを受けて、そのコミュニティが盛り上がりつつある。初期のコミュニティの成長に寄与した組織の一つがコワーキングスペースや関連イベントを運営する「Techhub Riga」だ。昨年2月に134万ユーロを調達した、インフォグラフィック作成プラットフォームを開発する「Infogram」も、「Techhub Riga」が誕生して間もない頃にそこに拠点を置いていたチームの一つ。「Infogram」のような国外でも注目を集めるスタートアップが国内のコミュニティを牽引し、着実にそのコミュニティの裾野が広がりつつある。

photo リガの旧市街地に位置する「Techhub Riga」の新オフィス

 「Techhub Riga」は、そのコミュニティの成長を受けて、旧市街のより大きなスペースへと移動。リノベーションされたばかりの洗練されたオフィススペースにスタートアップが集っている。国外のゲストを呼んでイベントを開催することも多いと、オーガナイザーのIneseが話してくれた。「Techhub Riga」の他には、「Mill」というコワーキングスペースにもスタートアップが集まる。ウェブデザインツールを開発する「Froont」もここを拠点に置くスタートアップの一つだ。こうした草の根のコミュニティの盛り上がりに加えて、今年3月には政府が支援するスタートアップ調査団体「Labs of Latvia」も立ち上げられ、政府による支援も厚くなりつつある。

 三国とも、ロンドンやヘルシンキ、ベルリンといった欧州の他のスタートアップハブ都市に比べれば、そのスタートアップコミュニティは規模がまだ小さいものの、コミュニティにあふれる熱気は他の大都市に負けていない。なによりも、積極的に他国の起業家や投資家とつながっていく柔軟性、グローバルなマーケットを目指すことを当たり前とする姿勢に大きなポテンシャルを感じる。世界の市場でも認められるプロダクトを生み出し自国の経済を成長させることは、冷戦終結後に人口が流出していったこの地域の将来にとっても死活問題だ。そんな切迫感にも突き動かされながら、バルト三国のスタートアップシーンは成長しているのかもしれない。

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