4人目の男感動のイルカ(2/2 ページ)

» 2009年11月25日 18時30分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]
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 長い沈黙のあと、ぬるくなったビールをひと口飲んで、ようやく浩は口を開いた。

 「もう、会社もつぶれそうなのか?」

 「いや、あのしぶとい経営陣のことです。なんとか乗り切ると思いますけど、そのまえに社員がダメになると思います。でも、代わりなんていくらでもいますから」

 「もう少しだけ我慢できるか?」

 「もう少しって?」

 「来年1月に引っ越し屋を旗揚げするんだ。お前も来ないか?」

 「いいんですか?」

 「3人で始めるんだ。1人は広告宣伝のプロだと自称しているけど、オレはそれほど信用してない。たぶん優秀な営業マンが必要だと思っている。お前、それやらないか?」

 始を誘ってから半年が経った。浩は、始を誘ったことを後悔していた。彼に悪いことをしたと思ったのだった。

 宮本と山崎と自分の3人で話をしたときから、なんとなく予感はしていたのだが、熱に浮かされていたので、無理にその予感を追い払っていた。

 何が広告宣伝のプロだ。宮本は、能力がなくてA社をクビになる前にやめただけの男だった。口先だけの男だったのである。

 宮本の作ったチラシは、広告宣伝のシロウトである浩が見ても、何がいいたいのかよく分らないものだった。最初は、自分がシロウトだからよく分からないだけと解釈していたが、実際に問い合わせがないので、宮本こそシロウトだと分かったのである。

 確かに頭はいい。出身大学も自称の通りだろう。ただ、頭でっかちなのである。経営がうまくいかないときに、人がやるべきことは1つ。いろいろと試してみて、そのフィードバックで次の打ち手を見出すことだ。

 宮本は難解な「コンサル用語」を駆使するだけで、実際に動こうとしない。たぶん、自分は頭で、ほかの連中は手足だと思っているのだろう。軌道に乗っている事業ならそれでもいいのかもしれない。しかし、起業したての事業でそれは許されない。一丸となって行動すべきなのだ。

 山崎も思った通り、不平不満だけの男だった。ちょっとしたことで、すぐへそを曲げて働かなくなる。それを対話がないからだとか、待遇が悪いからだとか、人のせいにばかりしている。

 言っている理屈は間違っていない。しかし、その理屈を通すには、まずは自分が変わらなければいけないということに気づいていない。

 浩は、こういう連中に文句を言っても始まらないことは、すでに身にしみて分かっていた。だから、ほとんどの仕事は浩と始で取ってきた。宮本と山崎はほとんど働かないので、バイトも2人で手配した。

 バイト連中の中には、きちっと行動している浩と始を慕う者も出てきた。そうなると宮本と山崎はますます孤立する。

 浩は、宮本と山崎の孤立を決していいこととは思っていなかったが、どうするすべもなかった。

 何でも屋だけれど、実態は引っ越し屋という構想が甘かった。表立って営業するのが難しく、いくら浩と始の営業力が高くても限界があった。浩は、法人化して、認可も取るべきだと考え始めていた。とにかく稼働率を高めないと赤字は膨らむばかりだ。

 そう考え始めたころ、宮本と山崎が会社に来なくなった。1週間経ってようやく、浩は2人が借金だけ自分に背負わせて行方をくらましたことを確信した。来月、浩の第一子が生まれるというときだった。

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著者紹介 森川滋之(もりかわ・しげゆき)

 ITブレークスルー代表取締役。1987年から2004年まで、大手システムインテグレーターにてSE、SEマネージャーを経験。20以上のプロジェクトのプロジェクトリーダー、マネージャーを歴任。最後の1年半は営業企画部でマーケティングや社内SFAの導入を経験。2004年転職し、PMツールの専門会社で営業を経験。2005年独立し、複数のユーザー企業でのITコンサルタントを歴任する。

 奇跡の無名人シリーズ「震えるひざを押さえつけ」「大口兄弟の伝説」の主人公のモデルである吉見範一氏と知り合ってからは、「多くの会社に虐げられている営業マンを救いたい」という彼のミッションに共鳴し、彼のセミナーのプロデュースも手がけるようになる。

 現在は、セミナーと執筆を主な仕事とし、すべてのビジネスパーソンが肩肘張らずに生きていける精神的に幸福な世の中の実現に貢献することを目指している。


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