岸田文雄内閣が10月4日に発足し、「経済安全保障」を担当する閣僚ポストが新設された。米中対立など国際秩序の変化への対応を目的としている。
「日本企業は製造業や地方の中小企業であっても、自分たちの行動が経済安全保障に影響を与えるかもしれないと頭に入れておいた方がいい」
そう警鐘をならすのは、経済ジャーナリストの井上久男氏だ。6月に上梓した『中国の「見えない侵略」! サイバースパイが日本を破壊する 経済安全保障で企業・国民を守れ』(ビジネス社)で、日本企業にはまだまだ浸透しきれていない経済安全保障の重要性を説いている。
井上氏が日本企業の経営者に対し、特に注意しなければならないと訴えるのは、中国との関係だ。前編では井上氏に、米中対立の現状や、中国による非軍事領域での軍事活動について聞いた。後編では日本の経営者に求められる経済安全保障への対応を聞く。
米中の対立は新型コロナウイルスの感染が拡大して以降、一層激しさを増している。経済をめぐる対立に加え、香港や台湾、南シナ海をめぐる問題も深刻だ。だが、中国が手を伸ばしているのはそれだけではない。さまざまな国に「武器を使わない戦争」や、「見えない侵略」を仕掛け、問題が顕在化しているのだ。井上氏はその一例として中国による「債務の罠(わな)」を挙げる。
「債務の罠は中国が発展途上国に対して仕掛けている手法です。分かりやすい例がスリランカです。中国はスリランカのインフラ建設のために、返済を前提とした経済援助をしていました。ところが、スリランカが返済できなくなったため、ハンバントタ港に17年から99年間の租借権がつけられました。スリランカはインド洋に浮かぶ島国で、中国にとっては地政学的に重要な国です。地理的な要衝になる国や資源国は、今後も債務の罠を仕掛けられていくのではないでしょうか」
本書では、中国マネーによって政治家が買収され、港湾が奪われたオーストラリアの例が紹介されている。問題は、こうした国々が親中から反中に転じたときの中国の対応だ。
「オーストラリアのモリソン首相が親中から反中に切り替えると、中国はそれまで大量に輸入していたオーストラリアのワインや牛肉などの輸入を止めました。経済的なツールを使って相手国の主要産業を痛めつけるエコノミック・ステイトクラフトの手法です。
中国はこれまでも、民主化運動をしていた劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞すると、賞の授与主体であるノルウェーからのサーモンの輸入を禁止したほか、台湾との関係が悪化すると台湾からパイナップルの輸入も止めています。14億人もの人口を抱える市場力の魅力に駆られて主要産業が中国への輸出に過度に依存していると、政治的な関係が悪化した場合に打撃を受けることになります。
これは人ごとではありません。日本もコロナ前は中国人観光客がかなり訪れていました。それ自体は悪いことではありませんが、依存しすぎると梯子(はしご)を外されたときに観光産業は大打撃を受けます。中国一国に依存するのでなく、米国、オーストラリア、インドなど、複数の国から観光客を呼び込むことが大事です。このように経済安全保障が身近な問題だと知ってもらうことも本書の目的の一つです」
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