携帯電話向けインターネットビジネスをけん引し、市場の拡大に大きな役割を果たしてきたiモードが、サービス開始から10年という節目の年を迎えた。おりしも日本の携帯電話業界は転換期のまっただ中にあり、携帯関連のビジネスを手がけるプレーヤーの間には、ビジネスモデルや戦略を見直す機運が高まっている。
携帯ビジネスが次のフェーズへと向かう中、ドコモはiモードをどのような形で発展させ、プラットフォームとしての優位性を保とうとしているのか。NTTドコモの執行役員でコンシューマサービス部長を務める阿佐美弘恭氏に聞いた。
ITmedia(聞き手:神尾寿) 今年はiモード開始から10年目となり、業界全体も大きな節目を迎えています。iモードは2000年代のモバイルコンテンツ産業を作り、拡大させたわけですが、その立ち位置から2009年のiモード戦略や今後のビジョン、日本市場におけるiモードエコシステムは今後についてお伺いしたいと思います。
阿佐美弘恭氏(以下、敬称略) 過去10年を振り返ると、1999年にiモードがスタートして以来、お客様の数が一気に増え、(iモード、おサイフケータイの生みの親といわれる)夏野剛氏に頑張っていただいた時代が、まさに成長期でした。今は携帯市場が成熟しており、こうした環境下でiモードをどう展開するかを考えるのが私のミッションになります。
成熟期を理解する上で重要なことの1つは、量的拡大から質的充実へのシフトが起きているということです。今まではサービスをいかに増やしていくかに注力していましたが、これからはいかにお客様にリーチしていくか、いかに使っていただくのかが重要になります。当然、量の拡大も大事ですが、やはり質への転換が必要だと考えています。
今までは(コンテンツの)数を増やすことによってお客様が増え、収益も増えてきたわけですが、今度は契約数の向上からARPUの向上という方向へシフトしなければならないわけです。
またARPUという観点では、2009年から導入しているパケ・ホーダイ ダブルは上限額が設定された2段階制なので、(上限額までは)従量制の部分があります。そうすると結局は使っていただかないといけない。ここが、一律料金を設定していた旧パケ・ホーダイと異なる部分です。同じ定額制とはいえ、弊社からしてみれば(パケ・ホーダイダブルは)上限額までARPUをあげなくてはならない。すなわち、利用の底上げはiモードにとって重要なミッションになっているわけです。
ITmedia ドコモのパケ・ホーダイ ダブルは、auのダブル定額に比べると(利用者の)平均支払額が低いですね。上限到達率が低いのは、なぜでしょう。
阿佐美 iモードの利用が多いお客様は、すでにパケ・ホーダイに加入しています。(パケ・ホーダイ新規申し込み受付終了後も)料金体系はそのまま引き継がれているので、パケ・ホーダイ ダブルの加入者は、本当の意味での高頻度利用者ではありません。利用率が中程度、もしくは低い方々が加入していらっしゃるので、(パケ・ホーダイ ダブルの)平均支払額がやや低いという現状になってしまっています。
ITmedia auのダブル定額に比べて、中低利用者の比率が高いということは、今後のiモードに期待されている「ARPU底上げ」効果も大きいわけですね。
阿佐美 ええ。これまで携帯電話キャリアの競争は、新規契約の獲得が中心でしたが、ここでは変動するボリュームというものが限られてしまいます。10年前は確かにそこで戦っていたのかもしれませんが、やはり今いる約4800万人のiモードユーザーの方々に、いかに使っていただくかを考えなければならない。これは本来あるべきお客様の方向にしっかり向いたのではないかと思っています。
ITmedia 今のお話を伺っていて感慨深いというか、時代が変わったと感じました。2002〜2003年頃のiモードビジネスは、2〜3割の高頻度利用者が全体収益の8割程度を占める、いわゆる「二・八の法則」があった。しかし、今のお話ではむしろ2〜3割の人はすでに満足しているので、今まであまり使っていなかった人にどうやってiモードの魅力を伝えるのか――という方向へベクトルが変わってきている、ということですね。
阿佐美 その通りです。(リテラシーの高い)高頻度利用者は自ら使い方を開拓し、iモードを使いこなしています。さらに、そうした方々はパケ・ホーダイに加入しているので、これ以上のARPUの拡大は難しい。ですから、(ダブル)ARPUの向上といった話では、今までiモードをあまりお使いになっていただけなかった、中高年や女性層が重要になってきているのです。
ITmedia (すべてのユーザー層をターゲットにした)普遍的な情報インフラ化というのが今のiモードの取り組みである――ということですね。実際にユーザー層の広がりがあると思うのですが、それによってコンテンツの需要傾向が変わったり、広がったということはあるのでしょうか。
阿佐美 ベースはそれほど大きく変わっていませんが、ここ1〜2年で生活情報やメール・コミュニティ系、動画などのボリュームが増えてきています。パケットを多く使っていただく動画についてはドコモとして注力しており、5月1日にスタートした「BeeTV」も、登録ユーザー数だけで約50万を突破しました。
ITmedia (BeeTVは)当初目標では150万を目指すというお話でしたが、その数字なら、他のサービスと比べてもかなり好スタートを切ったといえそうですね。
阿佐美 この反響には提供している我々が驚いているほどで、これはエイベックスがかなり力を入れて取り組んでいるおかげでしょう。
「エイベックスだから若い人向け」と思われがちですが、我々としては少し広がり感のあるコンテンツ作りを目指しており、人気俳優を登用したモバイル専用のドラマも作っています。その結果、20代から30代の視聴者層を取り込むことができました。女性の利用者も6割くらいに達しており、ちょっと“お硬い”イメージがあるドコモとしては、女性に支持していただけたのがうれしいところです。
ITmedia これはニコニコ動画やYouTubeにも共通しますが、映像系のネットサービスは女性層や若年層と相性がいいようです。ビジネスの観点でも、ライトでカジュアルなユーザー層を取り込むことは重要です。
阿佐美 BeeTVのチャレンジは“モバイルに特化した、モバイルからスタートするコンテンツ”であるということです。映画やテレビから持ってきた二次コンテンツではなく、BeeTVからスタートする一次コンテンツなので、作り込みも“モバイルならでは”の工夫を凝らしています。日本語のドラマなのに字幕があるんですよ(笑)。(お客様が)いつもイヤフォンをお持ちになっているとはかぎらないですから、見たいときに音を消しても見られるように、わざわざ日本語のドラマに字幕あり、字幕なしの2つを作っています。
ITmedia 最初の構成の段階から携帯電話向けに作っているわけですね。
阿佐美 その点は(コンテンツを)作っていただく方にかなりご苦労していただいています。番組の時間配分やシナリオまで踏み込んで、“ケータイで視る”ことを前提にしているのです。
ITmedia モバイルでの映像への取り組みというのは昔からあり、“一次コンテンツのビジネスプラットフォームになるかどうか”という議論が交わされてきましたが、BeeTVに関してはかなり手応えがあると。
阿佐美 2〜3カ月で答えが出るわけではないのですが、今の反応からは、かなり手応えを感じています。
テレビで放映したドラマを“そのまま持ってきました”というのでは、やはりライフスタイルやケータイの使い方に合わないところがいろいろと出てくるわけです。“そんなに長時間は観ていられない”とか、“そんなに音声のボリュームを上げられない”といった、細かい違和感の積み重ねが距離感を生んでしまうのではないかと思うのです。BeeTVは携帯電話を意識して作った一次コンテンツなので、お客様との距離感が近いコンテンツにできたのではないかと思います。
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