新春対談/北俊一氏×クロサカタツヤ氏(後編):解約金1000円の謎、楽天モバイルやMVNOの行方は?(3/3 ページ)

» 2020年01月21日 11時11分 公開
[房野麻子ITmedia]
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MVNOの競争環境はどうなるのか

―― MVNOは今後、どうなっていくのでしょうか。100万契約以上あるMVNOは今回、規制の対象になってしまって、一部大手の事業者にはサービス変更を余儀なくされたところもありました。大手キャリアの料金が安くなったことで、MVNOにとって向かい風になるという話もあります。MVNOの競争環境はどう変わっていくと思われますか?

クロサカ氏 私はモバイル研究会の正式なメンバーではなく、消費者保護ルールの方で合同会合があるときに出ているだけなので、あえてその立場で申し上げると、料金政策、消費者行政だけでMVNOの将来を規定することは、ちょっと不足しているかなと思います。つまり接続料の話ですね、このへんが重要で、モバイル研究会の方では将来原価方式の議論があったように、事業全体として見たときの公正性を重んじながら、MVNOが交渉力を確保できるような環境を作る必要があると思います。ある意味、政策主導で出来上がっている市場ですから、政策としてMVNOをどのように位置付けていくのかが、全体的に議論されていくべきだろうと思っています。

 一方、消費者目線で考えると、もちろんMVNOとMNOは別のものだということは、今、MVNOを選択している方は分かっていらっしゃると思うんですが、逆に分かっている人しか使えないから、これくらいしか契約は伸びていないということでもある。つまり、昼間の1時間は使わなくていいという合理的な判断ができるような人たちしか使えない。あるいはSIMの差し替えといっても、世の中の90%くらいの人は怖い、分からない、うっとうしいという話なわけですね。それが実態で、MVNOがもっと成長していくためには、ユーザーリテラシーの底上げも必要だし、ユーザーに見切らせるような環境を改善していくような取り組みが必要だと思います。

 全てのMVNOが規制の対象になっているわけではない。それなりの数、契約を持っている事業者がMNOと同じ地平に立って、厳しい競争環境の中で磨かれていくことが、これからは必要だと思っています。

北氏 フランスの場合、OrangeとSFR、Bouygues Telecom(ブイグテレコム)の3つのMNOによる協調的寡占状態が長らく続いていて、フランスの規制当局ARCEP(アルセップ)が、MVNOを育てようということでやってきたのですが、なかなか増えませんでした。そこで、もともと固定回線のプロバイダーでシェアが3割くらいあったFreeをMNOとして引き込んだ。Free Mobileはまさに“アンキャリア”戦略で、価格破壊を起こそうとした。Free Mobileが新規参入すると宣言して、まだスタートもしていないうちから、既存3キャリアはサブブランドを作って対抗したのです。

 その後、フランスの携帯電話業界がどうなったかというと、フランス国民の携帯電話料金が大きく下がりました。Bouygues Telecomが4位に落ちて、Free Mobileが3位に上がりました。結果的にMVNOのシェアは下がりましたが、サブブランドを含む、日本でいう「格安スマホ」の市場が拡大しました。大成功ですね。楽天の三木谷さんは、このFree mobileを目指そうとしていたのでしょう。

 ただ、日本の場合はちょっと違います。大手3キャリアが寡占状態というのは変わりませんし、当局がMVNOを育てようとして、やっとシェア10%に達したというところまでは同じです。違うのは、ソフトバンクにはサブブランドとしてのY!mobileがあり、KDDIにはMVNOとしてのUQ mobileがいます。そして、MVNOに楽天モバイルがいるわけです。非常にいびつで、MVNOからY!mobileを含むところが格安スマホといわれている世界。しかも、Y!mobileはMVNOに食い込みかねない料金設定です。

 要は、Y!mobileとUQ mobileのポジションが明確ではないんです。UQ mobileはMVNOですから、当然、MVNOの料金水準なのですが、なぜかつながりやすい。何かあるのではないか。“ミルク補給”いう下品な言葉を私が使って他の構成員の方に怒られましたけど(笑)。また、ソフトバンクとY!mobileは使っている周波数が完全に同じで、当初Y!mobileは単独のショップでしたが、今はソフトバンクと統合されているので販売チャネルもほぼ同じです。それなのに料金が安い。「一物二価」なんですよ。

 ただ、今の総務省のガイドラインだと、ソフトバンクとY!mobileは特定のデータ量に対応した料金が異なっていたとしても、定額制と段階制という異なるプランなのでセーフ、ということになっているのです。これはおかしいと思いますよ。この一物二価を解消すべきだと思いますし、UQ mobileに対しては、他のMVNOが疑義を申し立てています。ここを解消した上で、楽天さんがMNOに入ってくると、フランスと同じような状態になり、楽天MVNOはMNOにマイグレーションします。となると、MVNOのシェアは下がりますが、結果的に格安スマホ市場は拡大するでしょう。

総務省ガイドライン
総務省ガイドライン 電気通信事業法第27条の3等の運用に関するガイドライン(※PDF)」では、通信料金と端末代金の完全分離について、特定条件下で「有利にすること」を禁止している。その一例として、「1つの事業者が、複数のブランドで通信サービスを提供する場合、同じデータ容量でブランドごとに異なる料金にすること」を挙げている(つまりソフトバンクとY!mobileが該当する可能性あり)。ただし、同じデータ容量でも定額制と段階制など仕組みが異なれば、「有利とする」に該当しないと定めている。この例でいうと、Y!mobileの定額制プランで提供している小容量〜中容量のデータ容量は、ソフトバンクだと段階制(ミニモンスター)に該当するので「問題なし」となる(21〜22ページの<具体例>を参照)

 ここまでは単にスマホの世界の戦いだけを見ていますが、私はそのような世界ではMVNOのシェアは上がらないと思います。ただ、Y!mobileやUQ mobileを“正しいサブブランド”に変えるとか、楽天さんが世界初の完全仮想化ネットワークを引っ提げてFreeのようなディスラプクター(創造的破壊者)として料金競争を起こし、それによって安い料金プランが選べる世界になれば、私は政策的にはOKだと思います。狭義のMVNOの数が減ったから政策が失敗だということは、ARCEPは全く言及していないんです。とにかく料金がしっかりと下がり、公正な競争が行われているということしか言っていません。

 私は、MVNOさんには申し訳ないと思いますが、ソラコムさんをはじめ、クロサカさんがおっしゃったようなIoTやM2Mなどの新しい付加価値を出すところでしかMVNOの生きる道はないと思っています。そういう世界を含めれば、まだまだMVNOの可能性はあります。スマホ向けSIMでMVNOのシェアを増やすことにこだわる必要はないと思います。

クロサカ氏 私も基本的に北さんの意見に賛成です。今のMVNO市場に、イコールフッティングに対する疑義があるわけですね。政策的にすべきことは、まずはそこだと思います。そこは政策でデザインできる話です。その上でサービス競争だと思うんです。スマホのSIMとしてユーザーに受け入れてもらいたいんだとしたら、MNOとMVNOの差は、本来はないわけですから、その差を小さくしていくための工夫、努力は必要だと思います。そこで大きいMNOが有利だということは現実としてはあります。ただそれは、昔から有利だったわけじゃなくて、MNOも市場を作ってきた経験があるから、そこのポジションがあるわけです。

 MVNOは何もせずに甘やかされ、フリーライドでいけばいいというわけではないと思います。体力的に難しいのなら、マーケティングの問題として、違う世界で勝負していくのがビジネスだと思うんです。消費者とちゃんと向かい合って頑張るという方法もあれば、IoTのような新しいアプローチでより使い勝手のいい通信サービスとしてMVNOを位置付けていく方法もある。

 あるいは北さんのおっしゃったような、競争政策で競争を盛り上げていくというアプローチをとるところもある。ということで、言ってしまえば、今、MVNOは曲がり角に立っていると思います。ここで経営判断を間違えないようにすることが、事業者目線では重要だろうと思います。

5G時代のモバイル業界を展望する

―― 2020年は5Gというキーワードが出てきます。5G時代に向けたモバイル業界の発展の展望に関する総括的なコメントをいただきたいと思います。

北氏 まずは楽天さんがしっかり立ち上がることをお祈りしつつ、楽天さんだけに頼ってもいけません。法律を改正してよかったといわれるように、しっかりと市場と向き合いながら、またおかしなことがあればスピード感をもって、モグラたたきじゃないですけど、しっかりたたいていく覚悟を持って、少なくとも2年かけて端末と回線をユーザーがそれぞれ自由に選べる世界を作っていきたいと思っています。

 今日は話に出ませんでしたが、中古端末や修理・再生も2020年の検討の大きな軸になっています。気候変動だ、SDGs(持続可能な開発目標)だといわれている時代において、端末はできるだけ長く使い、使い終わったら捨てずにリサイクルして、壊れたらちゃんとリファーブして、最後は部品としてリサイクルする。私はこれを4Rと呼んでいますが、リデュース(reduce)、リユース(reuse)、リファーブ(refurb)、リサイクル(recycle)という4つのRをしっかり回せるような仕組みを作っていきたいと思います。

 4Rを構成するパーツはかなりできてきていて、いよいよ組み上がってくるのですが、最大のパーツがまだ抜けていまして、そこを2020年に埋めたいと思っています。新品同様のリファービッシュ端末が選択肢として選べる世界ができてほしいです。

 それと並行して5Gが始まります。東京五輪もあるので盛り上がると思いますよ。5Gを使ったパブリックビューイングはもちろん、VRゴーグルを着けて多視点の観戦もできます。5Gのスポーツ×エンタメ用途は盛り上がるでしょう。2020年、5Gのスタートと東京五輪開催と重なってくれてよかったなと思います。5G端末はスタジアムなどで貸し出されるのではないでしょうか。そこで多くの人が5Gの世界を体験して、価値を感じた人が、価値に対する対価をしっかりと支払って購入してほしいと思います。

 5G端末が安いから買う、ではなくて、「5G端末は高いよね。でも4G端末では体験できない、こういう価値があるから、自分は高くても買う」というのが正しい世界です。そういう世界にしようというのが、そもそもの法改正の趣旨です。これが5G開始でいよいよ試される。5G端末が高くて買えないと文句を言う人がたくさんいたら、それは、まだ5Gの価値がないということですよ。2020年もいろんなことが起こる、目が離せない、激しい1年になりそうですね。

クロサカ氏 この1年半の議論を通じて、通信事業者さんの意識が少しずつ変わってきた感じがします。特に後半、この半年くらいの間ですが、実際に法改正が行われる前後から、以前であれば北さんが報告されていたような、「あの事業者さんのあの広告はおかしいですよ」というような、他社に対してけん制や指摘をするようになってきたと感じます。ちゃんとしよう、その上で他もちゃんと指摘しよう、事業者として業界をよくしていこうという意識が出てきた事業者さんと、まだそこまで追い付いていない事業者さんがいらっしゃるのかなと思います。

 事業者が自らの意志で競争しているのは、消費者の目から見てもいいことだと私は思っています。ですから、このムード、モメンタムをより高めていっていただくために、政策の議論もより活発に行われていくべきです。それは理念とか政策論的な話だけではなくて、エビデンスベースにできるだけ基づいていることが必要だと思います。引き続き私もなんらか関わると思うので、その一助になりたいと思っています。

 もう1つ、2020年は5Gが始まる年。いろんなものを事業者さんに求め過ぎるかもしれないですけど、やっぱり5Gはかなり大きく変わるんですね。アーキテクチャも、通信ビジネスの事業構造も変わっていくと思うんです。先日、NECさんがクラウド上で動く5Gコアを発表されて、実は縁あってデモを見てきたんですが、ちゃんと動いているんですよ。本当にクラウドと、その上のソフトウェアと、ちょっと並べた簡単な機械だけ。交換器などがなく、コアネットワークが動いているのを見ると、どんどんソフトウェアベースになってきているなと感じます。

 これは通信業界にとっての本当のデジタルトランスフォーメーション(DX)でしょう。DXという言葉は軽く聞こえますが、最終的にはレガシーなものをぶった切っていく激しい世界なんです。テイクオーバーして「昔のものはご退場ください」としていく営みなので、そういう営みを事業者として続けつつ、世の中に対してサービスが提供されないと意味がないですから、できるだけ積極的に早いタイミングで5Gをより広めていってほしい。スマホの世界だけじゃなく、その外側にも広めていくための努力を、ぜひ事業者のみなさんにはお願いしたいです。

 それをちょっとでもためらったり停滞したりすると、ユーザー側、エンドユーザーも企業も「イノベーションを止めているのはお前たちだ」と言いかねないと思うんです。5G時代に、イノベーションを止めない存在、むしろ加速する存在にどういう風になれるのかということが重要になる。5GはB2B2Xの世界になっていくと思いますので、どんどん加速するようなお手伝いができるといいなと思います。

北俊一氏プロフィール

ITナビゲーター2020年版

野村総合研究所 パートナー(テレコム・メディア担当)

 1990年早稲田大学大学院理工学研究科修了、同年NRI入社。一貫して、ICT関連分野における調査・コンサルティング業務に従事。現在、総務省情報通信審議会専門委員。近著「ITナビゲーター2020年版」。


クロサカタツヤ氏プロフィール

5Gでビジネスはどう変わるのか

株式会社 企(くわだて) 代表取締役
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授

 1999年慶應義塾大学大学院修士課程修了後、三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティング、国内外の事業開発や政策調査に従事。 2008年に株式会社 企を設立。同社代表取締役として経営戦略や事業開発などのコンサルティング、官公庁プロジェクトの支援等を実施。総務省や経済産業省、国土交通省などの政府委員を務める他、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授を兼務。 近著「5Gでビジネスはどう変わるのか」。


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