地震、火災、津波――災害に見舞われたHDDは復旧できる?失われたデータを求めて(番外編)(1/2 ページ)

» 2011年04月06日 10時25分 公開
[後藤治(取材協力:iPR 奥川浩彦),ITmedia]

自然災害によるHDD故障

 さまざまなメディアがデジタル化されユーザーの生活を便利にする一方で、HDDの大容量化にともない、故障時に失われるデータ量も悲劇的なまでに増大している。先日掲載したHDD復旧に関する記事(失われたデータを求めて――HDDサルベージ探訪 前編後編)を見た読者の中には、データ消失のリスクを再認識し、耐障害性の高いRAIDの導入を検討したり、別のHDDにバックアップを始めた人もいるのではないだろうか。

 ただし、上記はいずれも“平時”の対策であり、場合によってはまったく役に立たないこともある。その最たる例が自然災害だ。地震によるHDDの落下、火災、そして津波――精密機器のHDDにとってはどれも致命的なダメージになりうる。また、自然災害に備えるディザスタリカバリとして、クラウドサービスの利用や、リモートレプリケーションに対応した2台のNASをそれぞれ別の拠点に設置して運用する(インターネット経由でデータのミラーを行う)方法も考えられるが、こちらはコスト面でややハードルが高い。企業ならまだしも、個人で導入するのは難しいだろう。

東北地方太平洋沖地震が起きた直後の某ライター宅。高層マンションに住んでいたため揺れが大きく、仕事場ではさまざまなものが倒壊した。2台のNASがラックから落ち、6台のHDDが故障している

 東日本大震災以降、前回紹介したHDDデータサルベージ企業の日本データテクノロジーには、データ復旧の問い合わせが相次いでいるという。特に多い地域は、宮城、福島、茨城で、物件によっては持ち主不在のまま「今後復旧の必要性が出てくるかもしれないのでとりあえず預かって欲しい」と関係者から送られてくるものもあり、被害の大きさや現地の混乱した状況が見て取れる。また、被災地からの電話がつながりにくい状況のため、同社では社内の回線を増強するとともに、初期診断費用はすべて無料に変更してメールによる受付も開始した(通常時は電話で「ホームページを見た」と告げるか、メールフォームでの問い合わせが必要)。

 自然災害を受けたHDDはどのように壊れるのか。また復旧は可能なのか。日本データテクノロジーのデータ復旧事業部で物理障害を担当する岩谷謙太氏と、論理障害担当の西原世栄氏に話を聞いた。

落下による衝撃で故障したHDDは復旧できる可能性が高い

物理障害のエキスパートである岩谷謙太氏

 地震でHDDが故障する際、最も多いのが落下の衝撃によってHDD内部のパーツが破損するケースだ。アームやその先端にあるヘッド、また流体軸受けを採用するHDDでは回転軸の回りにキズができてモーターそのものがロックしてしまう場合もある。

「この手の物理障害は、HDDを分解せずに行う初期診断時に、どこが故障したのかをほぼ把握できます。HDDはメーカーや型番によって動作音に一定の傾向があるのですが、弊社のエンジニアがまず集中的にトレーニングするのはこの部分で、正常なものと異常なものの違いを“音”で記憶しています。例えば、ヘッドが弱っているとシークでエラーを吐いて戻るときのカシャカシャとした音がしますし、モーターが劣化したときには特有の高音が発生します。もちろん、色々なツールを使って総合的に判断を行いますが、優秀な技術者ほど感覚的な部分を大事にしています。ちょっと言葉では説明しづらいのですが……ぐぐぐっと音がして内部で何が起きてるのか目に浮かぶような感じです」(岩谷氏)。

落下の衝撃でHDD内部のヘッドやモーターが破損する。HDDの動作音を聞けば、中を開けなくても故障した箇所が分かるという。「聴診」という言葉がぴったりの光景だ

 こうした診断から復旧の見込みが立てば、前回取り上げたように正式な依頼を受けて、部品や基板を交換する復旧作業に入る。データ復旧という単語からはややアナログな印象を受けるが、日本データテクノロジーでは定期的に、利き酒ならぬ“聞きHDD”のブラインドテストを実施しており、音を聞けばメーカーはもちろん、特定の型番やある年代のバージョンまで聞き分けられるという。逆にこれらをきちんと習得しないと、技術者として次のステップに進めないというから驚きだ。

「もっとも、通常は落下した時点でHDDが停止し、回転していない状態で衝撃を受けるので、このケースの復旧は比較的容易です。プラッタにキズが入らない限り、90%以上はデータを取り戻せます」(岩谷氏)。

火災と津波――泥まみれのHDDでも「そのまま送って欲しい」

震災以降、被災地からの依頼が急増しているという。取材時にも作業場には泥まみれのPCが並んでいた。持ち主の無事を祈らずにいられない

 東日本大震災以降、依頼が急増しているのが津波によって浸水したHDDだという。一般的な浸水であれば、基板を交換することで復旧できることがほとんどだが、HDDそのものが変形している場合は、内部に水や不純物が入っているため、復旧作業に取りかかる前にプラッタ面を洗浄する必要がある。

「こちらもプラッタさえ無傷ならデータを取り戻せる可能性は高いです。ただ、ここで重要なのは、ユーザーが洗ったり手を加えないということです。特に不純物の多い水道水で洗うのはやめてください。また、一部では蒸留水での洗浄を推奨しているところもありますが、プラッタ面は特殊な塗装になっており、乾燥後の状態を悪くして復旧に支障が出ることがあります。弊社ではクリーンルーム内で分解し、PCB(基板)とプラッタはそれぞれ別の“特殊な溶液”につけて超音波洗浄機で洗っています。詳しいことは企業秘密なので言えませんが、そのままの状態で送るようにしてください。それともう1点。海水による浸水では腐食が進みやすいので、時間が経ってしまうと『中を開けたら手遅れだった』ということもあります。できるだけ早く送っていただければと思います」(岩谷氏)。

津波にさらわれたHDDは内部に海水や泥が浸水しているケースが多い。HDDの分解が必要な作業はクリーンルーム内で行われ、特殊な溶液と超音波洗浄機を使って基板やプラッタを洗浄してから、不具合のある部分を交換して復旧を行うという。洗浄風景は企業秘密のため撮影は許可されなかった

 一方、火災を受けたHDDは、被害の状態によって復旧の可否がほぼ二分されるという。例えば、PCやHDDの外側がこげているくらいであれば通常の復旧率でデータを取り戻すことは可能だが、大規模な火災に見舞われたものは、熱によってプラッタが変形したり、変色してしまっているケースが多い。こうした場合は「復旧がかなり難しい」(岩谷氏)とのことだ。もっとも、だからといって諦めてしまうのではなく、まずはデータ復旧のプロに相談して、きちんとした診断を受けたほうがいいだろう。

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