新しいアップルと、デザインが持つ本当の意味WWDC 2013所感(後編)(4/5 ページ)

» 2013年07月02日 11時39分 公開
[林信行,ITmedia]

アプリケーションとクラウドのサービスも再びデザイン

iWork for iCloud

 アップルはまったく新しいハードのデザインをゼロから起こし、OSの内側からの変化と、外側からの変化を同時に行なう一方で、アプリケーション製品とクラウドサービスの再デザインにも取り組んだ。iWork for iCloudのことだ。

 すでに3億人以上が利用しているiCloudは、アップルが長年にわたって膨大な額を投資してきたプロジェクトであり、今後のアップルにとって最も重要なサービスの1つだ。このiCloudユーザー向けの無料サービスとして、iWork for iCloudが提供されることになった。

 iWorkといえば、プレゼンの名手であるスティーブ・ジョブズ氏が自ら生み出したプレゼンテーションソフトで、今やクリエイターたちの間で定番となりつつあるKeynoteや、誰でも簡単に素晴らしい見た目の書類がつくれるPages、そして表計算ソフトのNumbersからなるアップルのビジネススイートだ。

 Mac用以外に、iPhone、iPadといったiOS用もあり、書類をiCloud上に保存すれば、自宅のMacで作った書類の編集をカフェでiPadから行なったり、満員電車の中でiPhoneを使って確認したりと、シチュエーションにあわせてデバイスを切り替えても、シームレスに作業の続きができるという強みがあった。

 ただし、これまでPCとしてはMacしか対応しておらず、せっかくKeynoteやPages、Numbersで書類を作っても、共同作業している人の中にWindowsユーザーがいると、その人のために1度、書類をPowerPoint/Word/Excel形式で書き出す必要があった。

 これがMacだけでなく、Windows上でもWebブラウザを使って、iWorkのあの優れた使い勝手と表現力を利用できるようになる。WWDC 2013で行われた発表の中でも、これはかなり戦略的かつ画期的な発表ではないかと思う。

Keynote for iCloud

 もちろん、アップルもiWorkをWebブラウザだけからしか利用できないアプリにするつもりはなく、今後も大容量のムービーを張り付けたり、多彩なフォントを利用できるように、Mac AppStoreからダウンロードしてインストールするアプリケーション版iWorkの提供も続けるはずだ(とはいえ、WWDC 2013の基調講演で披露されたデモを見た感じでは、Webブラウザから扱うiWork for iCloudも、iWorkのかなりの機能を、かなりの快適さで再現しているようだった)。

 iWorkは元々、Keynote、Pages、Numbersが各1700円で販売され、それまでのオフィススイート製品の常識を根底から覆す安価な価格設定にも関わらず、驚くような操作性と機能を提供していた。

 今回、それとほぼ同等の機能が、Webブラウザを通してほとんど無料で利用できるようになれば、これはほかの生産性アプリケーションへの影響も無視できない可能性がある。

 アップルはこのように、Mac AppStoreのアプリケーション+Webサービスで、実用系アプリケーションの世界もリデザインしようとしているが、さらにエンターテイメントの世界も再デザインしようとしている。

 iTunes Radio。アップルが10年前に始めたiTunes Storeのサービスは、今や5億7500万のクレジットカードを登録した利用者がおり(うち3億1500万はiPhoneやiPad、iPodなどのモバイル機器のユーザー)、2013年の2月までに250億曲を販売した世界最大の音楽販売事業だ。

 最近、米国ではPandoraやSpotifyといった音楽をストリーミング放送で聞き放題にするサービスが勢いがある、という報道があり、Pandoraの利用者は2億人に達したというリポートもある。しかし、その一方で、実際にこれらのサービスのうち、どれが1番、ミュージシャンに対して利益を生み出しているのか。インディーズ・ミュージックのエージェンシー、Merlinが行なった調査では、音楽売り上げの60%ほどはiTunes Storeによるもので、ユーザーからの月額課金を実際に音楽が再生されたアーティスト間で分配するSpotifyの売り上げもまだ比較にならないレベル。広告を聞かせて音楽が聞き放題になるラジオのPandoraは、さらにミュージシャンへの貢献が低いという結果になっている。

 そういう意味では、iTunesの独走は続いており、アップルとしても特にビジネスとして、新しいサービスを始める必要はないはずだが、アップルは改めてiTunes Radioというインターネットラジオサービスを始めた。

 おそらく、これはiTunesのチャートにランクインする人気ミュージシャンばかりに利用が偏らないように、より音楽の趣味に合う音楽を発見してもらおう、という狙いがあってのことだろう。

 iTunes Radioは、今、聴いている音楽や特定のミュージシャンなどを指定すると、そこからそのテイストにあった音楽を推測し再生してくれる。まさに新しい音楽を発見するためのサービスとしてデザインされている。

 利用者の趣向を探って、そこから音楽を提案するという点では、先行するインターネットラジオのPandoraに似ているが、アップルのサービスでは、これまでにCDから取り込んだり、iTunes Storeから取り込んだ曲も、お勧めする曲を判断する材料になっている点や、すでに6億人近くいる利用者基盤がある、という点で、Pandoraよりもかなり有利な土俵で同じサービスを提供することになる。しかも、ラジオで聞いて気に入った曲は、そのままiTunes Storeで購入する、という音楽の発見から購入までの、一連の流れうまくデザインされている。

 まさに音楽販売の王者が、いきなり手加減なしに王手をかけてきたようなサービスと言えるかもしれない。

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