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» 2013年07月02日 11時39分 公開

WWDC 2013所感(後編):新しいアップルと、デザインが持つ本当の意味 (2/5)

[林信行,ITmedia]

柔軟な発想を引き出すミニマルなデザイン

 新Mac Proは、こうした理由で本体の小型化が決まったのだろうと筆者は読んでいる。そのうえで、CPUやGPUをできるだけ近く配置すれば、相互の情報の伝達が速くなるだけでなく、より少ないファンで双方を冷却できる(高性能PC内の機構上、最も大事なのは冷却機構だ)。

 おそらくアップル社内では、さまざまな議論や試行錯誤を経て、CPUが載った基板と、CPUよりやや大きいGPUを1つ載せた基板2枚、これらを物理的に最も距離が近くなるように三角柱のヒートシンクの各面に載せ、それを空気の対流(小さな上昇気流)で冷やすというデザイン的結論に達したではないかと筆者は思う。これは2000年の「Power Mac G4 Cube」でも採用されていたデザインだが、G4 Cubeが静音設計のためにファンレス仕様だった一方、新Mac Proでは、空気がデバイスの中央を効率よく流れるように、上面に1つだけ大きなファンを取り付け、これをゆっくりと回すことで風切り音を小さくしている。

※記事初出時、「上から1つのファンで冷やす」としていた部分を訂正、補足しました

 

 この時点で、Mac Proは三角柱型の外観になっても構わなかったはずだが、おそらく後述する会社の新しいブランディングなどの考えもあり、結局は円柱形に落ち着いたのではないかと筆者は考えている。

 さて、本体が小型になると、ケーブルの重みに引っ張られて本体が動いてしまうこともある。そこで本体はメタルフレームにした。しかも、コンシューマー向け製品のiMacと比べても十分小さいサイズながら、最高峰のマシンという威厳を見せる必要もある。そこで(冷却のしやすさも考慮して)黒いアナダイズドアルミの外装、という結論に達したのではないか。

 デザインというのは、「意表をつくものではない」。このように理詰めで考えつつ、本来の目的からそれない範囲で、製品を最大限、美しく見せるべく試行錯誤を重ねて行なわれる行為こそがデザインだと思う。

 いま筆者がやっているように、新発表のMac Proを実際に見て、そこからデザインを読み解くことは、いくつかのよくデザインされた製品を見た経験があれば、ある程度はできることだ。しかし、仮にまったく何もない状態、「これからのハイエンドPCはどうあるべきか?」という質問からスタートして最終的な形に落とし込むまでというのは、実はとてつもなく大変な作業だ。そのとき市場に出ている最高性能のハードウェア部品を寄せ集めて基板に並べ、それに見てくれのいいガワを被せるのとはワケが違う。

 だが、ここまでやったからこそ、多くの人々を引きつける製品に仕上がる。残念ながら、世の中のほとんどのメーカーは、1つの製品を作るのに、ここまでの議論も、エネルギーもかけてはいない。ウソだと思うなら、展示会などで、いろいろなメーカーのデザイナーにぶっちゃけの本音トークを聞いてみてほしい。多くの企業ではインハウスのデザイナーたちが、デザインが持つ本当に大事な価値を理解せず、ただ製品の外観のことだと思っている経営者に悩まされ、よい仕事をできずにいることが分かるだろう。

 そういう経営者たちがやろうとしているのは、顧客を表面的な見てくれでダマし、お金を取ろうとしていることにほかならない。本来よい製品というのは、そのコンセプトの段階から、よく練って価値を込めていかなければならないはずであり、それをすることこそが、まさにデザイナーたちの仕事のはずなのだ。

 さて、インターネットでは、そんなMac Proの考え抜かれた工業デザインの結果が、ゴミ箱や弁当箱、すき焼きの鍋などさまざまなモノに例えられて、冗談にされてしまっている。だが、これこそが極限までのミニマリズムで突き詰めたデザインの強みだと筆者は思う。

 筆者の講演を聞いたことがある人なら、iPadの最大の強みは「枠いっぱいまで広がった画面に、ボタンが1個」というシンプルな形状、これが老若男女や国境の垣根を越えてあらゆる人に新しい活用のインスピレーションを与える、と語っているのを聞いたことがあるかもしれない。

 上から見ると円で、側面から見ると長方形――この子どもでも簡単に描けてしまうようなシンプルな形は、人々にさまざまな想像力を働かせ、新しい活用を生み出すだろう。別に鍋としての活用を生み出すと言っているわけではない。例えば、ノートPCが食い込めなかったナマコ漁の漁船や美容院、手術室でiPadが使われているように、これまでPCが食い込めなかった新しい領域に、新しいMac Proは広がっていくかもしれないということだ。

 これを読んで「オマエは何を言っているんだ?」と思う人もいるだろう。ここでちょっとゲームをしてみよう。デルでも、NECでも、ソニーのVAIOでもいい。デスクトップPCでもノートPCでもいいから、1台、アップル以外のメーカーのPCを思い出してみてほしい。あなたは正確にその形状を思い描くことができるだろうか。それができたら、次のステップでは、そのPCが事務所のMicrosoft Officeマシン(あるいは、あなたの日常業務のアプリケーションの専用機)以外で使われている姿を想像できるだろうか? さきほどのMac Proのゴミ箱や鍋のように、PC以外の何かに例えることができるだろうか?

 丸や四角といった極めて基本的な形だけで構成されたデザインには、驚くほど柔軟な発想を引き出すパワーが潜んでいる。

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