この記事は、PHP研究所が発行する書籍「モバイル・コンピューティング」(著者:小林雅一)の第1章を、出版社の許可を得て転載したものです。
インテル同様、広大なモバイル・コンピューティング市場を前に、たじろいでいるのがマイクロソフトだ。両者はかつて「ウィンテル連合」と呼ばれ、パソコン産業の両輪である「チップ」と「基本ソフト(OS:Operating System)」の市場をほとんど独占した。ここで「ウィンテル(Wintel)」とは、マイクロソフト製OSの「ウィンドウズ(Windows)」と「インテル(Intel)」の2つの名称を組み合わせた、一種のニックネームである。両者の緊密な連携の下、パソコン産業の成長期から今日に至るまで、巷で販売されるパソコンの大多数には、ウィンドウズとインテル製チップが搭載されてきた。その圧倒的な市場占有力から、ウィンテルはIT業界において様々な批判や反感の対象となるほどだった。
しかし、ここに来て、チップ同様、OS市場にも地殻変動が起きつつある。新たなモバイル・コンピューティング市場では、マイクロソフトの影が薄くなっているのだ。たとえばスマートフォン用OSでは、第1位の「Symbian」から第3位の「iPhone OS」までの合計で、市場全体の80%近くのシェアを占める。これに対しマイクロソフトの「Windows Mobile」のシェアは第4位の10%程度に過ぎず、しかも後発のグーグル「Android」に追い上げられている。
スマートフォン市場でマイクロソフトOSが出遅れた最大の理由は、そのデザインにある。Windows MobileのUI(ユーザー・インタフェース)は、元々パソコン向けに開発されたWindowsを携帯端末向けに焼き直した感がある。つまり、キーボード、マウス、そしてパソコン用の大型ディスプレイを想定して開発されたGUI(グラフィカル・ユーザー・インタフェース)を、それらの周辺装置を持たないスマートフォンへと強引に移植したので、使いにくいのだ。
こうした批判を浴びたマイクロソフトは、「過去のソフトウェア資産を継承できるのは、Windows搭載製品のみ」と消費者に訴える。しかし、モバイル製品では、ソフト資産の継承はセールス・ポイントにならない。たとえばスマートフォン上で、マイクロソフトの「Excel」や「Word」を駆使するケースは想像しがたいからだ。むしろ、そうしたデスクトップ・コンピューティングとは異なる、全く新しい種類の情報処理が実行されるようになるだろう。
つまり「デスクトップ(パソコン)」から「モバイル」へとコンピューティング・スタイルが断絶的な変化を遂げる過程で、過去からの継承性は意味を持たなくなる。インテルと同じくマイクロソフトも、過去の遺産にしがみつくよりは、これからのモバイル市場の成長に合わせて、自らを改革していく必要性に迫られているのだ。次の第2章では、そうしたモバイル向けの新しいコンピューティングを、「ユーザー・インタフェース(UI)」の観点から詳しく見ていこう(第一章 完)。
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