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» 2010年04月07日 09時00分 UPDATE

ケータイカメラ進化論:ケータイカメラの誕生

今や携帯電話に必須となったカメラ機能。当初は“撮るため”だけに使われていたが、最近ではセンサーや各種の認識用途など活用の幅が広がっている。この連載ではケータイカメラの進化の過程をたどりながら、新たな活用の可能性を探る。

[平賀督基(モルフォ),ITmedia]

この連載について

 「ケータイカメラ進化論」と題したこの連載では、携帯電話向け画像処理技術の開発で知られるモルフォで代表取締役社長を務める平賀督基氏が、ケータイカメラの進化の過程を解説しながら、今後の新たな活用の可能性を探ります。


 今、日本で新しく発売される携帯電話は必ずと言っていいほど、カメラ機能が付いています。最近では1000万画素を超えるカメラを備えた携帯電話も多く発売され、デジタルカメラに負けず劣らずの性能を持つようになりました。実際、普段から携帯電話で料理の一皿や友達、自分、ペットなどを写す人は多く、携帯電話のカメラで撮影する姿は普通に見られる光景です。

 それほどまでに現在の私たちに普及したケータイカメラですが、どのような歴史を辿り、今後どのように発展していくのでしょうか? 被写体を写すことに留まらず、今後さまざまな用途に使われていくケータイカメラの未来まで、進化の過程を振り返りながら、話をしていきます。

世界初のケータイカメラ

 世界初のケータイカメラは日本で誕生しました。第1号は1999年9月に発売された、京セラ製のDDIポケット端末(現・ウィルコム)の「VP-210」です。しかし、テレビ電話用に開発されたため、カメラのレンズが内側にあり自分しか撮ることができず、市場に受け入れられませんでした。

Photo 京セラ製のDDIポケット端末(現・ウィルコム)「VP-210」。端末の右上に大きなカメラが付いている

 一方で、同時期に三菱電機製端末の「ラポッシェ」(ツーカー向け)というケータイ専用カメラが発売されました。これは、「THZ43キアロ」(三菱電機製)の端末につなげて使用するものです。これもケーブルでつなぐ外付けのカメラであったこと、モノクロ液晶のため写真がキレイに表示できなかったこと、メール添付ができなかったこと、たとえ強引にメールで連結させて送っても、受け手が「キアロ」でないと表示できないこと、などの理由で普及しませんでした。

sa_m03.jpgPhoto 三菱電機製の「ラポッシェ」。三菱電機製端末「THZ43キアロ」にケーブルで接続して使う仕様だった

 しかし、2000年11月に登場したJ-フォン(現・ソフトバンクモバイル)のシャープ製端末「J-SH04」は爆発的にヒットし、ケータイカメラ普及のきっかけを作った象徴的な端末となりました。

 この製品のコンセプトは当時の女子高生が三種の神器として常に携帯していた、携帯電話、ヘッドフォンステレオ、使い捨てカメラを合わせれば便利なのではないか? という発想から生まれました。ヘッドフォンステレオとカメラの両方を組み込むことはできなかったため、J-フォンは自身のコアコンピタンスである“メールのJ-フォン”をさらに進化させるために、そしてライバル会社のNTTドコモとauが音楽機能を選択していたこともあり、カメラを搭載することを選択したのです。

 J-SH04は普通のカメラとして使えるよう携帯の背面にカメラのレンズが付き、自分撮りもできるようにレンズの横に小さな凸面鏡が配置されました。さらに、J-Skyに対応した機種同士では撮影した写真をメールに添付して送り、楽しむことができました。これが、「写メール」の誕生です(今年で写メール10周年!)。利用シーンを想定した開発が大きなヒットの要因でした。ちなみに、シャープと協力してJ-SH04の開発を主導したのが当時、J-フォンに在籍していたモルフォ常務取締役の髙尾です。

sa_m10.jpgPhoto ケータイカメラ普及のきっかけとなったシャープ製の「J-SH04」。裏面にカメラを装備し、カメラの脇には自分撮りに役立つミラーがついていた

sa_m09.jpgPhoto 2000年10月に登場したJ-SH04。カメラの画素数は11万画素だった

 また余談ですが、J-SH04にはケータイカメラが普及するために欠かせなかった機能も付いていました。それはシャッター音です。携帯電話のシャッター音は当時盗撮が社会問題となることを懸念して、以降、盗撮防止のために必ず鳴るように設定されています。

 その後、カラー液晶を搭載した機種が出始めていたことも手伝って、J-SH04は市場に受け入れられました。そして、2001年の夏季キャンペーンで写真をメール添付できるサービスを「写メール」という名称で展開したところ、大ヒットしました。当時、NTTドコモ、auに次いで業界第3位だったJ-フォンでしたが、2002年3月にはauのシェアを抜くほど「写メール」機能が付いた携帯電話は売れたのです。また、そのヒットは2003年に携帯電話の国内出荷台数が5000万台を超える原動力にもなりました。

 このように、ケータイカメラは当初予測していた以上に進化を遂げて普及し、現在日本で発売される携帯電話のほぼ100%、グローバルで見ても約70%にカメラが搭載されています。 今後も、ガラパゴスと言われる日本の携帯電話の中で世界に影響を与え続けていく技術なのです。

写メール誕生の背景

 撮ったその場で写真を送れる「写メール」の“生みの親”として知られるのが、当時J-フォンに在籍していた現モルフォ常務取締役の髙尾慶二氏だ。誕生のきっかけとなったのは、同氏が家族と出かけた箱根旅行で見かけた光景。それは芦ノ湖のロープウェイに乗っていた中年女性が、一生懸命、携帯電話でメールを打っている姿だった。

 なぜ、彼女はあんなに必死にメールを打っていたのか――。J-フォンの製品開発会議で、どんな機能を携帯電話に組み込むべきかを考えているとき、ふとこの記憶がよみがえったという。「彼女はきっと、自分が観て感動した景色を誰かに伝えたかったのではないだろうか?」

 その瞬間、「もし携帯電話で写真を撮って、それをメールで送ることができたら、新しいコミュニケーションのツールになるのではないか」とひらめき、そこから写メールサービスとケータイカメラの開発が始まったのだった。

 髙尾氏は写メール開発時の思いを「開発者である前に、生活者である自分が最も欲しいと思う機能を具現化した」と振り返る。そのアイデアが世の中に受け入れられ、ケータイ文化を変えてしまったことには、今でも深い感慨を覚えるそうだ。


モルフォ 平賀督基 プロフィール

 株式会社モルフォ、代表取締役社長。1974年東京都生まれ。1997年に東京大学理学部情報科学科を卒業。2002年、東京大学大学院理学系研究科情報科学専攻(博士課程) 修了。博士(理学)。

 2004年5月、画像処理技術の研究開発や製品開発を行う株式会社モルフォを設立。2006年6月に静止画手ブレ補正ソフトウェアがNEC製携帯電話端末に搭載されたのを皮切りに発表する製品が次々とカメラ付き携帯電話に搭載され、現在では全11製品が携帯電話端末やサービスに採用されている。2008年に「Dream Gate Award」を、2009年に「Entrepreneur Of The Year Japan」の「Challenging Spirit」部門大賞を受賞。


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