教科書の電子化に横たわる課題:小寺信良「ケータイの力学」

» 2011年03月22日 09時00分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 電子教科書は、すでに世界のトレンドとなりつつある。ウルグアイでは完全移行済み、米国も州によっては移行済み、フランスが今年完全移行、シンガポールが来年、韓国が2013年に完全移行する中で、日本は早くても2015年、遅ければ文科省の計画通り2020年から完全移行となる。

 確かに日本は導入に関しての立ち上がりが遅れてはいるが、しかしそこはスケジュール感だけで考えていいものでもない。まず教科書を電子化することのメリットが、他の国にはあるという事情を理解する必要がある。

 一般に欧米の教科書はハードカバーでものすごく頑丈にできているので、1冊1冊がものすごく重い。また教科書も国費負担ではなく私費負担の国も少なくない。新品を買うにしても高いし、それに重いのだ。

 映画『ハリーポッター』のシーンで、ハリーが中古の魔法の教科書を購入するシーンがあったのをご記憶だろうか。欧米では中古の教科書で学ばねばならない子供たちも、現実に数多く存在する。国によって教科書そのものの形が日本と違っているために、電子教科書が推進されているという側面もある。

 一方で日本の紙の教科書は、必修教科においては1年ごとに分冊されており、紙質も良く、丈夫で軽い。検定制度があるため容易に内容が更新できないというのはデメリットではあるものの、長期的に見ればこれで成果を上げてきた。

 つまりこれにより均一な教育が実施され、日本国民が誰でも読み書き計算、あるいは社会通念に関して能力差がない、水準の高い教育が行なわれてきたという背景もある。これによって格差が減り、犯罪発生率も低いという、勉強、学力という視点からだけでは目に見えてこないメリットもある。

学校に襲いかかるデジタルデバイド

 電子教科書の議論では、必ずその中身についての議論が必要という声が上がる。さらに紙の教科書ではなぜいけないのか、電子化すれば学力が上がるのか、といった声も聴かれる。

 しかし今、電子教科書を強力に推進しているのは、当の教科書会社であるということはあまり知られていない。教科書会社自身が、紙ではもはや限界があることを認めているのだ。

 例えばどうしても子供たちに見せたい資料写真が4枚あったとする。だが紙の教科書では紙面の関係で、せいぜい1枚か2枚しか掲載できない。だが電子教科書なら、1枚の写真のスペースに4枚の写真を織り込むことができる。写真をクリックするたびに、あるいは指で触れば4枚の写真が出るようにすればいいのだ。さらによく見たければ、自分で拡大することもできる。写真、図版が理解の助けになるという点に関しては、もはや議論の余地はないであろう。

 追加の写真なら資料集を別に出せばいいではないか、と言われる方もあるかもしれない。しかしそれは、インターネット社会が発達した最大の要因である、ハイパーリンクの可能性を過小評価している。関連するものに瞬時にアクセスできることは、間違いなく学習者の負担を減らす。

 不安材料としては、電子教科書を先生が使えないかもしれないという点だ。東京都教育委員会の「教員の年齢別構成」資料によれば、今現在教員としてのメイン層はほぼ50代以上。老練な教育者のノウハウを受け継ぐはずの30代のミドルリーダーがほとんど居ないままに、あわてて新卒で教員を補充しているというのが現状だ。PCを使えない年配の先生に、PC作法の教科書は使いこなせない。

 さらに50過ぎと20歳そこそこの教員の間で、上手く意思疎通ができないという問題がある。感性や社会通念、電子機器に対する知識など、同じ立場で仕事をするには、あまりにも世代が違いすぎるのだ。それが電子教科書の導入で、さらにその溝が深まる可能性も否定できない。

 今からでもガタガタと何かしら動かしていかないと、もう日本の未来が見えてこない。そんな焦りの中で、電子教科書導入の議論がある。しかし現段階のPCベースの電子教科書では、メイン層である50代以上の教員が使えない。そう考えると2020年一斉導入という線は、実は現実的な線かもしれない。なぜならば9年後にはこれらのベテラン教員が、定年を迎えるからである。

 日本の教育は、あと数年はドラスティックに動かそうにも動かせないデッドロック状態にあるのではないか。

小寺信良

映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は津田大介氏とともにさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社)(amazon.co.jpで購入)。


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