無料アプリが漫画家を生む? スマホで変化するモバイル電子書籍市場佐野正弘のスマホビジネス文化論

» 2013年08月12日 10時00分 公開
[佐野正弘,ITmedia]

 フィーチャーフォンを中心に発展してきた日本の電子書籍市場だが、スマートフォン時代に入り大きな変化がみられるようになった。App Storeなどのアプリマーケットを主体とした、スマートフォン特有の電子書籍事情について解説しよう。

“ケータイ”からの継続が進まなかった電子書籍

 Amazonの「Kindle」や楽天の「Kobo」など、専用端末が相次いで登場し注目を集めている電子書籍市場。だがこれまでの日本では、電子書籍の市場をけん引してきたのはフィーチャーフォン向けの電子書籍であった。

 携帯キャリアやメーカー、コンテンツプロバイダーらが構成しているモバイル・コンテンツ・フォーラムの資料によると、携帯電話向けの電子書籍市場は2004年に3億円程度だったが、2010年にはその規模が516億に達するなど、急速な成長を遂げている。これはフィーチャーフォンが日本の電子書籍市場のけん引役となっていたことの裏付けといえるだろう。

photo フィーチャーフォン向けの電子書籍市場規模推移(モバイル・コンテンツ・フォーラム発表資料を基に作成)
※初出時のグラフに数値の間違いがございました。おわびして訂正いたします

 そのフィーチャーフォンの電子書籍市場は、いくつか特徴的な傾向を示す分野でもあった。1つは読者層の中心が若い女性であるということ。そしてもう1つは、人気のジャンルがボーイズラブ(BL)やティーンズラブ(TL)など、やや性的な要素を含むコミック分野が圧倒的な人気を誇っていた点だ。

 その理由はいくつか考えられるが、フィーチャーフォンのコンテンツ自体が女性に高い支持を得ていたこと、そして携帯電話がパーソナルなデバイスであるがゆえに秘匿性が高いことだろう。この2つが影響し、女性が店頭で購入しにくいジャンルの書籍に人気が集まったと言われている。

photo dメニューの「コミック/書籍」カテゴリ。コンテンツ数は増えているが、dメニュー自体の求心力が低下していることもあり、iモードからの移行が順調に進んだ訳ではない

 その後、端末市場は急速にスマホへシフトし、従来人気だったコンテンツにも影響を及ぼしている。モバイル・コンテンツ・フォーラムが公開している資料によると、2010年までは上昇傾向にあったフィーチャーフォン向けの電子書籍市場は、2011年には489億と縮小に向かっていることが分かる。

 もちろん、いくつかのフィーチャーフォン向けコミックサービスは、スマートフォン向けにもサービスを提供するようになった。だが環境の違いによる技術的な問題や、当初はキャリア各社がフィーチャーフォン向けコンテンツのスマホ移行に消極的だった影響などもあり、ユーザーの移行が順調に進んだわけではなかった。それゆえスマホの電子書籍市場は、フィーチャーフォンのそれとは大きく異なる環境になっている。

スマホならではの独自性が見えるApp Store

 電子書籍市場の性質がスマホとフィーチャーフォンで異なるのは、ユーザー層の違いが大きいだろう。先に触れた通り、フィーチャーフォンの電子書籍サービスは若年層、特に女性のユーザーが多くを占めていた。だがスマホのコンテンツではそうしたユーザーに加え、男性のビジネスマン層などにも広がっている。

 ユーザー層が広がったことから、スマホ向けの総合電子書籍マーケットの動向を見ると、人気書籍の傾向は通常の書店に近く、話題の小説やコミックなどが上位を占める傾向にある。例えば、App Storeの売上ランキングで上位に位置するなどスマホユーザーに人気の「LINEマンガ」アプリ内ランキングを見ると、「ONE PIECE」「トリコ」など最近人気の漫画作品が多くランクインするなど、普遍的な内容となっているのが理解できる。

photo iPhone用の電子書籍配信サービス「iBooks Store」も、日本語書籍の提供が開始されたのは今年3月と比較的最近

 だが一方で、App Storeで電子書籍関連のアプリ動向を調べてみると、スマホならではの独自性が色濃く出ていることも分かる。iPhone/iPad向けの電子書籍といえば現在はiBook Storeが利用の中心と思われるかもしれない。だがiBook Storeで日本語の書籍が販売されるようになったのは3月からであり、それ以前はアプリマーケットであるApp Storeで、電子書籍関連のアプリをダウンロードして読むスタイルが主流だった。

 実際、新聞や雑誌などを配信する「Newsstand」などは、アプリを電子書籍に活用しようという傾向が如実に現れたものといえる。またiPhone向けの総合電子書籍ストアの多くも、App Store上でアプリが配信されており、アプリ内課金の仕組みを用いて電子書籍を販売していることが多い。

 それゆえApp Storeの電子書籍アプリマーケットは、現在も活況を呈しており、スマホにおける電子書籍の主戦場の1つにもなっているのだ。

有料アプリでは低価格の自己啓発本が人気

 App Storeで人気の電子書籍は、ほかの電子書籍ストアとは様相が大きく異なっている。中でも特徴的なのが「ブック」カテゴリにおける有料アプリの傾向だ。有料アプリのランキングを示す「トップ有料」を確認してみると、上位は自己啓発関連のビジネス書が多くを占めており、このジャンルの人気が非常に高いことが分かる。

photophoto App Storeの「ブック」カテゴリにおける、トップ有料ランキングより。ランキング上位の多くを自己啓発本が占めている(写真=左)。Google Playの「書籍&文献」カテゴリにおける、人気(有料)ランキングより。カテゴリ分類の違いもあってか、比較的堅めのアプリが上位を占める傾向にある

 価格も非常に特徴的で、上位を占める書籍の大半が85〜100円とApp Storeで最も低い価格を付けて販売されている。こうした“薄利多売”のスタイルが、自己啓発本を低価格で購入したいというビジネスマンの心をつかんでいるといえそうだ。

 この自己啓発書籍の人気は、App Store全体の有料アプリのランキングに影響を及ぼすことも少なくない。実際、このカテゴリで上位に入った書籍が、App Store全体のトップ有料で上位を占めるケースが多く確認されている。

 さらにもう1つ特徴的なのが、安価な自己啓発本が人気なのは、App Storeだけ――ということだ。Google Playで同様のカテゴリとなる「書籍&文献」の有料アプリランキングを見ると、カテゴリの分類手法の違いもあってか図鑑や辞書など堅めのアプリが上位を占めており、大きな違いが出ている。

無料アプリからデビューする漫画家も

 一方で、同じくApp Storeの「ブック」カテゴリの無料アプリランキングを確認すると、その様子は有料と比べて大きく異なる。Kindleなどの電子書籍ストアアプリと、Newsstandで配信されている雑誌を除くと、目立つのは“泣ける話”“怖い話”など2ちゃんねるに投稿されたストーリーをまとめたもの、そしてコミックが中心だ。

 無料アプリで人気を獲得するコミックには、2つのケースが挙げられる。1つは一般的なコミック作品をアプリ内課金で購入して楽しむもの。このケースに当てはまるのは、「ミナミの帝王」「金田一少年の事件簿」など比較的対象年齢が高い、あるいは作品自体が古めのものが多い。可処分所得が高いビジネスマンの“まとめ買い”ニーズを満たすことで、人気と売上を獲得していると考えられる。

 そしてもう1つのケースは、主にアマチュア・セミプロの漫画家が、自身の漫画作品をアプリとして公開しているもの。pixivなど画像共有サイトに掲載されている自身の作品を、アプリとしてまとめて公開するケースも多い。Webサイトですでに公開されているものをアプリ化するのには、Webサイトではリーチできない層に作品を見てもらい、注目や関心を高めたいからだろう。

 こうしたアプリが人気を博し、メジャーデビューするケースが出ている点は興味深い。例えば、森山一保氏がスマートフォンアプリとして公開したギャグ漫画「こども刑事めめたん」は、45万ダウンロードを記録する人気となり、2012年に単行本が発行されている。また、∞JACOBIAN氏の漫画作品をアプリにまとめた「ラッキーボーイ」は、340万ダウンロードを記録したことで、講談社の「マガジンSPECIAL」にリメイク作品が連載されるに至った。

photophoto スマートフォン向けの無料漫画アプリとして高い人気を博した「ラッキーボーイ」は、リメイクされて漫画雑誌での連載がなされている。(C) 2011 ∞JACOBIAN&KAZUYA KAMIOKA

 スマホアプリの人気を利用して作品の注目度を高めようという取り組みはほかにも見られる。その代表例が「E★エブリスタ」だ。同サイト上で執筆された人気小説作品をコミックにし、スマホの無料アプリとして公開する取り組みを、Google Playを中心に実施。すでに「偽コイ同盟。」が80万ダウンロードを記録するなど、大きな成果を収めている。

 独自性の強さが目立っていたフィーチャーフォンの電子書籍市場と比べると、スマホのそれは一般的な書店の傾向に近づいているのは確かだ。だがデバイスの特性やユーザー層の違いなどから、やはりスマホならではのコンテンツも多く見られるようになってきた。それだけに今後も、スマートフォンという環境ならではの面白い電子書籍が生まれ、人気や注目を高めていくことを期待したい。

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