周知の通り、Mobile World Congress(MWC)はモバイルIT業界の「将来」について議論し、ビジネスの種を見つけるために、各国のリーディングカンパニーが一堂に会する。その中で、日本の通信会社として唯一出展をしているのがNTTドコモだ。同社は以前からMWCに積極的に出展して日本の技術やサービスをアピールするほか、通信技術その他の標準化会議でもリーダーシップを発揮。日本市場のプレゼンスと国益の拡大の両面で、ドコモは積極的な活動をしている。
スマートフォンの普及拡大期が終わりを迎える中で、ドコモはMWCの地で何を見たのか。NTTドコモ副社長の吉澤和弘氏に話を聞いていく。
――(聞き手:神尾寿) MWCは毎年さまざまなトピックスがありますが、ドコモが今回、注目をしたものは何でしょうか。
吉澤和弘氏(以下、吉澤氏) われわれ自身もブース展示をしていますが、5Gを中心とした次世代方式のネットワークインフラの進化に、皆さんがどう向きあおうとしているかに注目しました。その中で一番のポイントして考えられるのはIoT (Internet of Things:モノのインターネット)です。LTEインフラにIoTが組み合わさることで、今度は人々の生活やビジネス、産業の環境を変えていく。みんなが生活を便利な方向にしたいと動いているとあらためて感じました。
―― MWCの場合、ブース展示だけでなくGSMA(携帯通信事業者で構成される業界最大の団体。MWCの主催団体でもある)の会合もあると思いますが、そちらの議論では5G関連がかなり増えているようですね。
吉澤氏 私自身は実はGSMAの会合に出ていないのですが、5Gの話やSIM関係、特にIoTが絡むeSIM関係の話は当然あります。これらの分野が2016年の注目なのは、間違いないですね。
―― 今回キャリアからベンダー、メーカーも含めて5G関連の展示が多いと感じました。そこでドコモの5Gに関する現在の取り組みや、今後の商用化に向けてどういったポジションで行くのか教えてください。例えば3Gのときは「世界初」をかなりこだわってやっていましたし、LTEのときは「トップグループ」という形でやっていました。5Gに対するドコモのスタンスと、全体のスタンスをお願いします。
吉澤氏 難しい質問ですね。われわれは13のベンダーと共同実験をしており、それだけ多くのところと取り組んでいるキャリアはなかなかないと思っています。先日もKT・SKTとVerizon、そしてドコモと共同でアライアンスしました。
他のキャリアにも声をかけていますが、いろいろなキャリアやベンダーが自分たちの立場で主張し出したら話はまとまりません。ドコモがリーダーシップグループに入って、どこにベクトルを持っていけばいいのか、その標準化を主導していきたいと思っています。
―― リーダーシップのつばぜり合いが多いなと思ったのが、MWCでのIntelのプレスカンファレンスです。インテルは5Gや3GPPでもリーダーシップをとりたいとアピールしていて、これまで通信技術の分野でリーダーシップを取ってきたQualcommと覇権争いが起こりそうです。
吉澤氏 そういう意味では、IntelもQualcommも(われわれ)同じ共同実験に入っています。Intelの場合は、最近半導体以外でもずいぶんIoTを意識したことをやっていますよね。今回もIntelとは話をしましたが、歩調はかなり合っていると感じます。
―― LTEのとき以上に、5Gを推進するホットな動きがあると感じていますか。
吉澤氏 そうですね。メーカーだけ、プラットフォーム事業者だけではなく、みんなが5Gで自分たちの役割を果たし、さらに役割を超えてやろうという動きだと思いますね。
―― IoTも2016年はとても展示が多く、さまざまな切り口があると感じました。その中でも車の自動運転に関する展示は、2015年以上にかなり増えた印象です。2020年までに世界的なトピックスになると思うのですが、ドコモは通信サービスの提供以外で、自動運転分野に取り組む予定はありますか。
吉澤氏 ドコモが単独でやることはないと思いますが、デンソーさんは車の通信に強い自動車電話もやっていますし、トヨタさんとの関連もあります。そういった技術と自動運転に向けて、ドコモの5G通信は欠かせないことだと感じます。通信品質や非常に低遅延なネットワークは、今後絶対に提供していくべきところです。
―― 世界的なトレンドとしては、これまでの車々間通信をLTEテクノロジーで代替しようという動きがあります。ITS(高度道路交通システム)の世界では、日本ではいまだにDSRC(5.8GHz帯のISMバンドを用いた狭域通信)を使うという考えがありますが、グローバルではLTEベースの車々間通信が注目されています。ドコモとしては、この車車間通信分野について、どのように見ていますか。
吉澤氏 われわれはLTEを介して車々間通信に寄与できると思います。5Gに関しては特にそうです。
―― 車車間通信は、これまで自動車業界独自の無線通信サービスと考えられていましたが、今後はドコモとして取り組んでいく、と?
吉澤氏 LTEベース、5Gベースのサービスは提供していきたいと思っています。今後はネットワークのエッジでも処理をしていくことが必要ですので、5Gでは使えるのではないでしょうか。
―― デンソーさんとのアライアンスの絡みで、今後研究室のある横須賀などで実験する計画はあるのでしょうか。
吉澤氏 今回のデンソーとの提携はR&Dが主導していますので、横須賀でやる、デンソーさんでやるという可能性はあると考えていただいて結構です。
―― 自動車は分かりやすい例でしたが、それ以外でも今後注目していくIoT分野はありますか。
吉澤氏 特にドコモの場合はヘルスケアですね。農業関係、教育関係も広げていきたいと思っています。
―― ヘルスケアとIoTは医療の領域に入ろうとしていますよね。その一方、医療まではいかない健康維持、美容といったカジュアル領域があります。日本では線引が難しいですし、医療になると医師会や保険制度の兼ね合いが出てきます。ドコモとしてはどちらに注目していますか。
吉澤氏 どちらかというと医療に入らない「健康維持」や「健康増進」の方です。健康寿命を伸ばしていくことくらいですね。医療の方はなかなか難しいです。
―― ドコモの規模とポテンシャルがあれば、例えば医師会と組んで保険制度も組み入れ、サービスを提供することができそうですが、ハードルはやはり高いのでしょうか。
吉澤氏 高いですね。ただ、われわれもウェアラブルの皮膚アセトン測定装置を開発したり、東北大学と組んでゲノム解析の共同研究などをやったりしています。そこに患者さんや対象者のデータをIoTで集めることは考えられます。
―― 生体情報計測機能付きの機能素材「hitoe」や、バスの運転手のモニタリングなど、IoT技術への需要は日々高まっています。本質的に医療ではないところで、日の目を見る可能性があります。
吉澤氏 あとはリハビリですね。今とある病院と「hitoe」を使って進めています。とはいえ、もっと簡単に着用できないかとか、リハビリの効果などもしっかりモニターできるようにならないかと検討しています。
―― IoT関係では2つのトピックスがあります。1つはSKテレコムがNB-IoT向けのインフラを2017年に出すと明言し、技術的にも策定段階というところです。もう1つはQualcommが、既存のLTEベースでLow Power IoTの開発を進めています。ドコモとしてはどちらが主流になると考えていますか?
吉澤氏 検討というか、両方勉強はしていますが……そうですね、どちらにしても技術的に対応しようと思えば当然できますが、それでいかに収入になるのかというところですね。
―― 今まで提供できなかったビジネスにはなると思います。10年バッテリーが持つと、流通やモニタリング系でかなりニーズはあるのではないでしょうか。
吉澤氏 10年モニタリングするとなると、月額課金は絶対にありえないので、最初に年間分をいただくというビジネスモデルになりそうですね。毎月もらっていたら大変ですから。
―― パナソニックのFF式ファンヒータ事件が1つの事例になっていますが、人の生死に関わるものは、一度トラブルが起きると数十億から数百億円規模の莫大な回収コストが掛かります。そこで何かトラブルが起きて回収する必要が出てきたときに、場所をIoTデバイスで検知する。トレーサビリティに対応したIoTデバイスにはニーズがあります。
こうったものは月額料金は取りづらいですが、ひとたびトラブルが発生してトレーサビリティ機能を使いたいという時には、1回の検索で1台あたり1万円といった高額な料金ですら受容される可能性が高い。どこにあるか分からないものを、延々と広告費をかけて探し続けるよりも圧倒的に低コストで確実ですから。
吉澤氏 第二法人営業部長時代に私が一番言っていたのは、洗濯機でもガス湯沸し器でもいいので全部デバイスを付けておく。普段は何もしなくていいけども、問題が発生したときに、デバイスから声を出せるというシステムです。6年前に言いましたが、技術がだいぶ追い付き、実現できる材料がそろってきましたね。
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