企業がiPhoneを導入する決め手は何か――。前編では、どちらかと言えばiPhone自体が持っている機能のメリットに触れたが、一方でWebサービスや独自アプリなどをからめたソリューションとしての展開も、今後の拡大が期待されている。その背景としてはまず、SaaS型アプリケーションとして業務用システムを提供しているベンダーが、続々とiPhone対応を進めていることが挙げられる。
例えば、CRM大手のsalesforce.comは、iPhoneからSalesforce CRMにアクセスして顧客情報の閲覧や商談の記録などを行えるアプリ「Salesforce Mobile」を提供している。また、Web型グループウェアなどでも、iPhoneのSafariに最適化した画面デザインを用意するものが登場している。
これらは従来の携帯電話でもアクセス可能だったが、iPhoneの大画面とタッチ操作が使い勝手を大きく向上させ、それによって従業員がより積極的にシステムを使うようになることが期待できる。
また、GoogleのGmailや、Exchange Serverのホスティングサービスを企業のメールシステムとして使う例も増えている。このような、メールのシステムが企業の外部に出ている環境なら、システムに何ら変更を加えることなくiPhoneと会社のメールアカウントを連携させることが可能だ。SaaSやクラウドコンピューティングといったIT業界の潮流が、iPhoneを導入しやすい環境を作り上げていると言える。
そして、iPhoneの持つ表現力や独自アプリを利用することによって、これまでの携帯電話では難しかった新しい使い方への可能性も広がっている。
一例としては、Eラーニングやプレゼンテーションのコンテンツとして高画質の動画を使うといった利用法が考えられる。店舗のアルバイトスタッフに仕事のフローを教えたり、営業担当者が客先で商品を説明したりするときのツールとしてiPhoneを活用するわけだ。前編で触れた青山学院大学も、iPhoneを連絡や出欠管理などの「授業支援」に使うだけでなく、「授業そのもの」を収録した動画の配信を視野に入れている。大容量のストレージを備えており、PDFなどの文書ファイルも快適に見られることから、訪問先で機器の保守などを行うスタッフのサービスマニュアルを電子化するといった使い方も可能だ。
iPhoneからの遠隔会議への参加も、新しい使い方のひとつとして挙げられる。電話回線を使った遠隔会議自体は特に珍しいものではないが、iPhoneなら音声に加えてプレゼンテーション資料なども伝送できるし、アプリの作り込みによっては決済等のアクションを伝達することも可能だろう。著名な製品では、シスコシステムズのWeb会議ソリューション「WebEx」がiPhone用のクライアントソフトを用意している。
なお、iPhoneのアプリというとApp Store経由での配布が一般的だが、開発者登録(iPhoneデベロッパプログラム)の種類としては通常の「スタンダードプログラム」以外に、社内向けの配布に特化した「エンタープライズプログラム」が用意されている。後者のプログラムを選択すれば、App Storeには公開しない独自アプリを社内だけに配布することができる。
携帯電話の販売元であるソフトバンクモバイル側から見ても、iPhoneはこれまでの携帯電話とはまったく異なる商品だという。これまで法人向け携帯電話のほとんどは単純な通話目的で導入されており、電話帳などの基本機能が使いやすければそのほかの仕様が細かく問われることはなかった。そのため、結局のところ顧客企業から求められるのは価格であり、往々にしてどれだけ安く提供できるかが導入の決め手になってしまうこともあったという。しかし、「iPhoneの場合はそもそもそういう議論にならない」(ソフトバンクモバイル 法人事業推進本部 杉田弘明氏)。
「『本当に使い物になるの?』『キーないけど大丈夫?』と言っていた方も、試していただくと、『こんなに便利なんだね』となり、使い勝手の良さをお客様自身の腹に落としていただたいた上で『導入してみようか』と言っていただける。だから、最終的な導入決定の場面では、営業担当者が先方を口説き落とす必要はもうないんです」(杉田氏)
そして導入後も、便利なアプリや周辺機器がないかといった問い合わせを受けることが多いという。生産性をさらに高めていこうという意識が、ユーザーの側で高いことがうかがえる。
また、法人プロダクトサービス統括部の中野晴義氏は、「iPhoneの導入で『従業員のモチベーションが上がる』という声を聞いたことがある」と話す。携帯電話をもう1台仕事用に持たされるのは、従業員にとってはあまりうれしくないことかもしれないが、iPhoneなら世の中で話題になっている機器を手にする喜びもあり、従来の携帯との2台持ちになってもそれぞれ違う使い方ができるなど、「会社に持たされた」というネガティブなイメージを感じさせないのがその理由のようだ。
モバイル端末を業務で活用するという提案は長らく繰り返されてきたが、これまではPDAの延長線上にとどまる使い方や、ハンディターミナルのような専用業務端末としての利用が中心で、インターネットとの連携による生産性向上という視点での導入はまだ端緒についたばかりだ。特に日本では従来の携帯電話でも実現できることが比較的多いため、スマートフォン導入のメリットがわかりにくかったという面もある。
しかし、iPhoneが持つ優れた使い勝手によって、モバイル端末の導入で業務がこれだけ変わるというインパクトが伝わるようになった。また、ユーザーがすすんで使いたくなる業務システムを実現できるという意味では、iPhoneがパーソナルユーザーに提供している「楽しさ」が、そのまま法人導入においても武器になっていると言える。
前述の通り、iPhone自体が持つ管理機能やセキュリティ機能の強化に加え、SaaSやクラウドコンピューティングの浸透によって、企業の中にiPhoneが入り込むための環境は整いつつある。今後導入企業が広がり、「iPhoneは仕事でも役に立つ」という実績が積み重なれば、エンタープライズ市場におけるiPhoneの存在感が一気に増す可能性もある。
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