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» 2011年09月21日 15時00分 UPDATE

防災・防犯ラボ:全力ダッシュで津波から逃げ切れるのか? 南三陸町の語り部に聞いてみた

東日本大震災の津波で生死を分けたのは何だったのか。孤立した避難所のリアルな状況とは? 自力で自衛隊に救助要請を直談判した被災者が当時の状況を話しました。

[シックス・アパート 中山順司,Business Media 誠]

 こんにちは、防災・防犯ラボの主任研究員・ナカヤマです。実はお台場の東京臨海広域防災公園で8月20日〜9月4日に開かれていた「そなエリア ボウサイウィーク!」という防災イベントに行ってきました。東京臨海広域防災公園というモノモノしい名称ですが、ゆりかもめの有明駅前にあるキレイな公園でして、東京ビッグサイトから目と鼻の先にあります。

 このイベント、日ごろから防災に備える知識を一般の人々が学ぶために開催されたものでして、その中でも興味が湧くのは「宮城県南三陸町語り部の会」が、被災地のメッセージを伝えてくれる講演です。現地の実情を知れるまたとない機会なので、参加した次第です。

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東京臨海広域防災公園

 首都直下地震などの大規模な災害発生時に、現地における被災情報の取りまとめや災害応急対策の調整を行う「災害現地対策本部」などが置かれる防災拠点施設。首都圏全体の指令所のほか、広域支援や災害医療の拠点としての役割を果たすため、川崎市の物流コントロールセンターと一体的に機能するそうです。詳しくはこちら


陸の孤島から無事生還

 お話をして下さったのは、宮城県南三陸町語り部の会の後藤一磨さん(63歳)。地震当日と直後の模様を、生々しく語って下さいました。

 後藤さんは高台に避難して命拾いしましたが、避難した場所は陸の孤島状態でした。食料、水はない。携帯はつながらない。テレビ、ラジオもない。自衛隊の助けも届かない。避難者の中には常備薬を切らしたお年寄りも少なくなく、業を煮やした後藤さんはその場にあった軽トラックを運転し、5時間かけて助けを求めに行きました。

 たどり着いた南三陸町は壊滅状態で、当然ながら行政は機能していません。そこで、現地に到着していた自衛隊に救助要請を直談判しました。結果、ヘリコプターを避難場所まで飛ばしてもらうことができ、全員無事助かったそうです。それにしても、驚くべき行動力です。

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生死を分けたのは「津波てんでんこ」

 後藤さんの話は、「津波で死んだ人、助かった人、その差は何だったのか」に及びます。今回の講演で最も気になっていた点です。

 生死を分けたのは、シンプルに「津波てんでんこ」を実践したかどうかでした。「てんでんこ」とは、「てんでんばらばらに」を表し「人にかまわず1人で高台へ逃げろ」という意味。「一族を存続させるためにも、1人だけでもとにかく早く高台へと逃げろ」「自分の命は、自分の責任で守れ」という意味も含みます。さらには「他人を助けられなかったとしても、それを非難しない」という暗黙の約束事にもなっているのです。

 他人に構わず、自分だけでも逃げて助かる。そのための気のきいたコツだとか、目からウロコのノウハウなどありません。あの時津波によって亡くなったのは、せっかく避難をしたのに身内を心配して家に戻ったり、貴重品やタンスの現金を取りに帰ってしまったりした人が多かったのです。

 さらに驚いたのは、死んだ人の中には“そもそも逃げなかった”人もいたこと。「あの津波で逃げないなんて!?」とわれわれのような部外者が感じるのは、きっと後の状況を知っているからなのでしょう。津波の恐怖を知っている東北沿岸在住の人でさえ、予想ができなかった。それほど想定外の津波だったようです。

全速力で走れば、津波から逃げられるのではないか?

 内陸育ちの私は、水害に遭った経験がなく津波の怖さを知りません。(子どもじみていると思いつつも)心のどこかで「思い切りダッシュをすれば、逃げ切れる人だっているんじゃないか? 若者や足に自信がある人なら、なんとか助かるんじゃないか?」という疑問を捨てきれずにいました。

 「自分の足なら、逃げれるかも」と思ったことのある人は、私だけではないような気がします。愚問とは百も承知で後藤さんに聞いてみました。

 「(健常者が)全速力で走れば、津波を目視してからでも逃げきれたりしないでしょうか? 例えば、普段ジョギングをしていて、足腰に自信がある人ならどうでしょうか?」。「ノー」後藤さんは即答でした。

 水深10メートルほどの沿岸部では津波のスピードは時速40〜50キロ。「津波とヨーイドンでかけっこをしても、逃げ切れはしない。つべこべ言わず、欲を出さず、津波警報を待たず、ましてや津波を見ようなどと思わず、とにかく高台に逃げなさい」

 ちなみに、100メートル走の世界記録保持者ウサイン・ボルトでさえ最高スピードは時速約37キロ。あのボルトですら、津波にはかないません。いわんや常人は絶対に逃げ切れないと断言できます。

津波が、階段を駆け上がって襲ってきた

 また、今回の津波はスピードが速かっただけでなく、そのパワーも並外れていました。

 階段で建物の上層(もしくは緩やかな坂のてっぺん)に避難して「やれ、ひと安心」となったところに、斜面をものともせずに駆け上がってきた濁流に飲まれて亡くなってしまったケースもありました。さらには、避難した建物の下の階に猛スピードの津波がぶつかり、まるでダルマ落としのように建物ごと持って行かれ、上の階が下にたたき落とされて水没するケースもありました。逆に、斜面ではなく崖のように垂直に切り立った場所に逃げた(よじ登った)人の多くは、無事だったそうです。

 講演の終盤では、海外や国内からの支援に涙ながらに感謝の言葉を述べる後藤さん。いまだ仮設住宅での生活を余儀なくしているとのことで、なんとか踏ん張って生活を取り戻していく決意を話していました。

実は大切な情報を知らせたい!

 今回、語り部の人に直接話を聞けたことは、とても貴重な体験でした。1つ残念だったのは、びっくりするほど参加者が少なかったこと。Webサイトの告知では「先着100人」とあったのに、会場は閑散としていました。「防災週間だし、今回の震災もあったことだし、防災意識が高まっているに違いない。満席で入れなかったらマズイ!」と早めに会場入りした私も肩透かしを食らった感じです。あまりに静か過ぎて「会場を間違えた?」と思ったほどでした。

 最も人が集まった後藤さんの講演でも、せいぜい20人ほど。親子連れが数組と中高年の男女がちらほら。別の講演にも参加しましたが、そこは10人ちょっと。顔ぶれはほぼ同じ。うーん、ちょっと参加人数が少ないかなあ。この貴重な情報が、もっとたくさんの人に届けば……と、ちょっと歯がゆい想いもありました。そう感じたのは後藤さんも同じだったようで、講演の最後に寂しそうにこう言いました。

 「今朝、ゆりかもめに乗ってこの会場まで来ました。列車にはたくさんの人がいらっしゃって、この中の何人が(防災イベントに)来てくれるのかなと思っていたのですが、皆さんお台場で降りてガラガラになってしまいました……。きっと、お出かけのほうで忙しかったのかもしれませんね(笑)」

 そういう意味では、この「防災・防犯ラボ」で「ふつうに生活しているだけでは知る機会がないけれど、実は大切な情報」をお伝えしていかねばとあらためて思った次第です。

お知らせ:防災イベント「BO-SAI 2011 in 豊洲 〜EXPO version〜」

 10月1日(土)と2日(日)に、ららぽーと豊洲で親子で学べる防災スクールの無料イベントが行われます。

 豊洲地区一体で開催する防災をテーマにしたユニークなイベント「BO-SAI 2011 in 豊洲 〜EXPO version〜」は今年で4年目。今回は3月11日の東日本大震災を受けて、より詳しく実用的な防災に触れてもらえる展示や体験プログラムを用意しました。非常食の試食ができるカフェスタイルの防災情報提供コーナー「地震ITSUMOカフェ」も楽しめますよ。

 無料イベントですので、お気軽にお越しください。ナカヤマもサポートスタッフとして、イベント運営のお手伝いをしてきます!

著者紹介:中山順司(なかやま・じゅんじ)

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 シックス・アパート株式会社 / スキナヒト製作所 所長。1971年生まれ。Covenant College(米国)卒業後、携帯電話キャリアでマーケティングと営業に携わり、2000年にネット業界に転身。旅行予約サイト(現楽天トラベル)で観光旅行コンテンツビジネスを立ち上げ、その後始めた個人ブログがキッカケで、ブログソフトウェアベンダーのシックス・アパートに(現職)。

 2010年12月、フツーの男女のフツーの出会いをプロデュースすることに特化した、世界一マジメな恋愛インキュベーション・プロジェクト「スキナヒト製作所(β)」を設立。


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