連載
» 2013年05月15日 08時30分 UPDATE

矢野渉の「金属魂」Vol.31:“Made in Japan”の誇りを取り戻せ――「Mebius MURAMASA PC-MV1-C1W」

PC USERのカメラマンとして活躍している矢野渉氏が、被写体への愛を120%語り尽くす連載「金属魂」。今回はかつてシャープが注力したモバイルノートPCの名機を振り返る。

[矢野渉(文と撮影),ITmedia]

それは無線LANの夜明けとともに

 20世紀末から21世紀にかけて、インターネットが急速に普及すると、人の欲望はネットへの常時接続へと向かっていった。特に、その時代にモバイルノートPCを持ち歩いていた「PCに詳しい」人たちは、その渇望が激しかったに違いない。携帯電話をノートPCのモデムにつないだりして出先でインターネットをしていた。

 しかし、その速度はイライラするほど遅く、パケット代も請求書を見てびっくりするぐらい高額だ。何かいい手がないものか。皆がそう思い始めたとき、タイミングよく実用化されたのがIEEE802.11bという無線LAN規格だった(1999年10月に策定)。11Mbpsという速度は画期的に速く、またLANケーブルから開放されるという未来型の規格は、歓喜をもって受け入れられたのだ。

 コーヒーを1杯飲んで、店にある基地局とつなげばネットを見放題という店も増えた。また、拡販のために駅前でADSLモデムを無料プレゼントするキャリアも出始め、やっと定額でネットに常時接続が可能な時代が来た。IEEE802.11bとADSLをきっかけに、無線LANルータを置く家庭が普通になり、無線LANは爆発的に普及していく。

 まだセキュリティ意識が低かったころなので、PCを起動させて車で街を流せばまったくセキュリティのかかっていない「野良無線LAN」はすぐに見つかった。今では通信内容を傍受される危険性などから避けるべき行為だが、当時は家の軒下を借りる感覚で、外出先でメールやインターネットをする人も少なくない時代だった。

tm_1305_muramasa_01.jpg

今こそ「Made in Japanが最高」と叫びたい

 僕が「Mebius MURAMASA PC-MV1-C1W」(以下、MV1)を購入したのはこんな時期だった。保証書には2002年4月購入の表記がある。

 シャープがPCメーカーであったこと(同社のWebサイトにはまだ「Mebius」の項目があるが)を知らない若い世代の人もいるだろう。だが、シャープはWindowsの創成期から「Mebius」ブランドで他社とは違った味付けのPCを作り続けたメーカーなのである。液晶テレビで培った技術を惜しげなく使った発色のよい、高級感の漂う液晶を搭載したノートPCは、特にマニアから強く支持されていた。

 MV1が搭載するCPUのMobile Pentium III 1.0GHz-Mは十分に速く、ほかのスペックも僕が求める理想に近かった。まず2スピンドルで軽量であること。写真をその場でCD−Rに焼いて納品することを信条としていた僕には、MV1の約1.97キロ(光学ドライブの代わりにウェイトセーバーを装着すると約1.67キロ)という重量が魅力だった。次にIEEE1394が装備されていたこと。そのころメインで使っていたデジタル一眼レフをPC側からコントロールするには、どうしてもIEEE1394が必要だったのだ。

 このMV1は僕が今までノートPCに支払った金額では、最も高額だったのでよく覚えている。確か24万円。しかしそれだけの価値はあった。

 剛性を感じるマグネシウム合金の筐体はもちろんのこと、12.1型のシャープ製液晶(低反射ブラックTFT液晶)は、他のノートPCと並べるとすぐに差が分かるほど発色が美しかった。今考えるとXGA(1024×768)しかないドット数なのだが、その発色と、独特の表面処理(ノングレアなのだが、表面のザラつきが実に細かい)によって「反射は少ないのに、クリアな絵」を実現していた。

 デザインも秀逸だった。天板は、遠目からは分からないぐらいの深さで「Mebius」のエンボスが施されている。大人を満足させる渋いデザインだ。そして液晶の両側には「IEEE802.11bの内蔵」をさり気なく主張するアンテナのカバーが取り付けられ、それが見事にデザインの一部になっている。

 多くのモバイルノートのユーザーはPCカードスロットにIEEE802.11bのカードを差し、そこから不恰好なアンテナを立てていた時代だ。ネットにつながるカフェで、この内蔵アンテナによって、IEEE802.11bが中に入っているということを暗に主張することは、僕の優越感を満足させた。「これがスマートな無線LANなのだよ」といいたげに自然に顔が緩むのをこらえきれなかった。

 これこそが“Made in Japan”である。消費者のニーズを真摯(しんし)に受け止め、より使いやすく、さらに先進的な技術を盛り込み、細部の仕上げは徹底してこだわる。当然値段は高い。しかしMV1に限れば、僕はこのノートを途中から子供に渡して、都合6年間使い続けた。買ったときは24万円だったが、年4万円と考えれば安いものである。同じように考える人も結構多く、仕事先でまったく同じスペックのMV1を持ったPCライターに何度か遭遇した。

男がこだわりを持って選ぶ物

 しかし、こういうMade in Japanの考え方は、すぐに崩れ始める。台湾メーカーの安いWindowsノートやNetbookが価格破壊を始めたのだ。

 日本メーカーも国内での開発や生産をやめ、台湾からのOEMでしのぐことが増えてくる。シャープでさえ、低価格の製品ラインが、特徴的な「ハ」の字のキーボードを持った製品(Acerにそっくりの製品があった)になり、僕は失望した。そして、あっという間にシャープは実質的にPC事業から撤退という形になるのだ。2010年のことだった。

 人件費のレベルが違うのだから、国内産のPCが海外生産のPCに、値段で勝てる訳がない。「機能が同じなら安いほうがよい」という考えかたは至極あたりまえのことで、それを責めることはできない。

 でも今、僕はこのMV1を手にして思う。例えば時計。例えば靴。男がこだわりを持って手に入れる物。その中にモバイルノートはないのかと。

 今のスペックで最高の物を手に入れれば、まず10年近くは現役で使えるはずだ。それでも遅いというのは、若い人が多いのではないか。もっと上の年代は「モノ」との関わりを大事にする。動く限り、使い方を模索して最後まで関わっていくのだ。

 日本のPCメーカーにはもう一度よみがえってほしい。日本のみの市場でもいいじゃないか。びっくりするぐらい高価な、しかしそれを皆が納得するようなPCを作ってほしい。

 「金属魂」はそんな製品をいつまでも待っている。

Copyright© 2016 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.