経営者はIT投資に対する費用対効果を知りたがるが、費用対効果を調べること自体の意味を見いだすことは難しい。今回は、ITの費用対効果に関する法則の第3弾を紹介する。
IT化の効果を厳密に表せない理由は、4万5328個ある(『熊とワルツを』 トム・デマルコ/ティモシー・リスター著、)というが、それをすべて理解するための費用対効果を考えると省略せざるを得ない。
【参考文献】
『熊とワルツを――リスクを愉しむプロジェクト管理』 トム・デマルコ、ティモシー・リスター=著/伊豆原弓=訳/日経BP社/2003年12月
分からないものを無理に分かろうとすると、かえって分からなくなる
省力化などの定量的な効果は、人件費やそれに関係する費用から比較的容易に算出できる。ところがグループウェアなどの効果は、「情報共有が進む」「ペーパーレスになる」「会議が不要になる」などの効果があるにせよ、それを金銭的に評価するのは難しい。
誰と誰が何の情報を共有すべきなのかが明確になれば、机を隣り合わせにするとか、ホワイトボードに書くルールを作ればよいかもしれない。共有すべき事項が多いとしても、事前に思い付くのは、せいぜい数十事項程度だろうから大したことではない。
紙が1枚削減できるとしても、その効果は総額いくらになるだろうか。紙の購入費用なら1円程度だし、印刷費用を入れても十数円である。ところが、その配布費用、保管費用、さらには検索費用なども考慮に入れると数百円になるかもしれない。1円から数百円までの違いがあるのでは、金額換算したとはいえない。
あえて金額換算しなくても、紙の枚数や会議の人・時間などで定量的に把握すればよいというかもしれない。その場合も、紙と会議だけでよいのか、決裁の時間はどうかなど、何を検討項目に加えるのかで評価は大きく変化する。
まして、「競争相手が自社カード発行をしたので、対抗上自社も発行する」というような戦略的活動では定量効果はもちろん、定性的効果にブレイクダウンすることさえ困難になる。
このような困難があるのに、無理に金額的あるいは物理量的に把握しようとすると、かなり恣意(しい)的なでっち上げになり、意味のない数字になってしまう。
精度は雑でよい。制度を整備せよ
紙節減の効果での「1円」を、過去の購入記録を調べて「いや、1.21円だ」といったところで何の意味もない。それよりも、効果として保管費用や検索費用を加えるのかどうかを明確にすることが必要だ。
毎回の評価の都度、このような議論を繰り返すのは面倒だ。紙節減、会議減少などの原単位を定める制度を作ろう。そして、「誰かがエイヤッと決めたら、それについてはそれ以上論議しない」という制度を作った方がよい。どうせ意味がないのだから。
変数の数値があいまいな事象に、複雑な関数を用いるのは無意味である
長期にわたる採算計算に関しては、現在価値法、DCF法、ROI法など多様な技法がある。基本的には、使用期間(n)中に得られる毎年の効用(Ri)と、毎年の維持費用(Ci)の差(利益)の合計が、初期の投資額(P)より大きいか小さいかで判断する。
ところが、Pは222の法則により、2倍程度の超過は珍しいことではない。Rには、定量的効果だけでなく定性的効果や戦略的効果があり、紙1枚の節約効果は1円から数百円までのばらつきがある。Cに関しては、TCOという概念がある。例えばパソコンのTCOは、IT部門の管理費や利用部門の人件費などの「見えない」コストが購入価格の数倍になるという。
さらに問題なのがnの値である。長期間使うのであれば、大抵の案件は有利になるだろうし、作った直後に廃棄あるいは大きな改訂が起こるのなら不利になる。ところが、その期間は経営環境やIT技術動向により決まるのだから、ほとんど予測できない。
変数が不確定ならば、いろいろなケースを与えて、確率的に評価すればよいという。ところが、数倍?数百倍の違いがあるのだから、その計算結果もばらつきが大きく使いものにならないのだ。あるいは、高度な金融工学を援用すればよいという意見があるかもしれない。それは、さらに物事を複雑にするだけである。
ミソとクソをごっちゃにするな
数式が役立たないならば、多数の効果項目を挙げて、それぞれに重みや評価点数を与えて評価すればよいという考え方が多い。バランスト・スコアカードも同じような考え方である。
ところが、項目の列挙、重みの配分などはかなり恣意的なものであり、推進派は評価点数が高くなる項目を多く挙げ、その重みを大にする。反対派は逆の表を作る。すなわち、事前に有利・不利を決めておき、それを満足する評価表をでっち上げるのである。
なお、バランスト・スコアカードは、誰(どの部門)が何をしたいのか(したくないのか)、誰が誰と協調関係(対立関係)にあるのかを明確にする手法であり、ここでのバランスとはパワーバランスの意味だという説もある。
費用対効果を追求することの費用対効果を考えよ
ないものねだりとでっち上げ報告
経営者は、IT投資の費用対効果の把握に熱心なあまり、IT部門にその明確な検討と報告を要求する。ここまで述べてきたように、分からないことだらけなのであるが、IT部長は「分かりません」とはいえない。そこで、適当な評価項目や適当な数値をでっち上げて報告する。
経営者はバカではない。でっち上げた個所を直ちに発見して指摘する。IT部長はさらなるでっち上げをする。この繰り返しが、一方(あるいは双方)があきらめるまで続く。あるIT部長が、友人の他社のIT部長にこぼした。「仕事の7割が不毛な報告書作りだ」。しかし、その友人はうらやんだ。「それはすごい。オレは8割を超えている」と……。
このような悲劇は、ないものねだりをする経営者が無能だからではない。経営者も、ないものねだりであることは知っている。しかし、費用対効果を口にした途端に、この無限サイクルが自動的に発生するのである。そして、時間という最大の経営資源を浪費する。その意味では喜劇かもしれない。
賢明な経営者は、これを高度な人事技術として活用することがある。延期という最大の反対表明をしているのに、それに気付かない無能なIT部長を不毛作業に従事させて、本来のIT業務に関与するのを封じ、自主的な退職を期待しているのである。
▼著者名 木暮 仁(こぐれ ひとし)
東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」(日科技連出版社)、「もうかる情報化、会社をつぶす情報化」(リックテレコム)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している
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