「ITは不可欠だ」と語るのに、IT部門との距離を縮めようとしない経営者は多い。今回はIT部門の戦略部門化に関する法則を紹介する。
前回はIT部門のアウトソーシングに矛盾があることを考察した。アウトソーシングと表裏一体の関係にあるのがIT部門の戦略部門化である。経営戦略とIT戦略の統合のためにIT部門を戦略部門化すべきだということは、1980年代のSIS(Strategic information system)ブームの時からいわれてきた。ところが、20年以上経ったいまでもマトモな戦略部門になっていない。その理由は何か。
IT部門の戦略部門化を騒ぐのは、ITを重視していないことの証明
役員に営業部門や経理部門の経験者がいない企業は皆無であろう。経営には営業部門や経理部門の知識経験が不可欠だと経営者が思っているからである。一方で、IT部門出身者が役員に1人もいないような企業は大多数である。本当にITが経営に重要であれば、経営者がITの知識を持っているはずである。
また、ほとんどの大企業は、経営企画部などのゼネラルスタッフ組織を持っている。彼らにIT知識能力があれば、IT部門を戦略部門にするのは屋上屋を架すようなものである。
IT部門を戦略部門にするというのは、役員や経営企画部にITを分かる人間がいないということであり、彼らにはIT知識能力が不要だと思っていることの証明である。タテマエはともかく、ホンネではITを重視していないのだ。
口先だけではダメだ
ほとんどの経営者は、「経営にとってITは不可欠だ」といい、「IT部門は戦略部門になるべきだ」という。少なくともアンケート結果などではそのように答えている。それは、経営とITの連携にはIT部門での知識経験が他部門の知識経験よりも役立つと考えるからだろう。
それならば、戦略部門にするかどうか以前に、経営者はIT部門と密接な関係を持つべきである。ところが、経営者が営業部門や経理部門に顔を出さない日はないのに、IT部門に足しげく通う経営者がどれだけいるのか。ホンネではITを重視していないし、IT部門に経営状況を知らせたりする必要性を感じていないからだ。
経営者の要求は決まって抽象的。具体的なときは実情を無視
経営者は、IT部門が事業部に対して提案しないことに不満を持つ。ところが、上述のような環境では、「社長はどのようなニーズをお持ちですか」と恐る恐る聞くことになる。これでは、適切な提案ができるわけもない。
それに対して「もっと収益に直結するシステムを作れ」など、禅問答のような答えが返ってくる。「具体的には、どのようなことでしょうか」と尋ねると、「在庫をもっと減らせ」とか「Web販売をせよ」という。ところが、同じような指示を流通部門や営業部門に対しては強くいわない。IT部門がそれらの部門に伝えても「そんなことまで手が回らない」といわれる始末。それでは対処できないので放置していると、「IT部門は指示しても動かない」と叱責されるのがおちだ。
中には、雑誌やゴルフ場で見聞きした他社の事例を思い出して、「データウェアハウス(DWH)を活用して顧客データベースを分析し、新商品開発の資料を作るようにしたい。また、利用者が操作しやすいようにAjaxを活用し、セキュリティ対策のためにシンクライアントを導入せよ」と、IT指向の具体的な(矛盾も含んだ)要求を費用や現場の能力も考えずにいう。「それはどうも……」などというと、「IT部門はチャレンジ精神がない」とレッテルを貼る。
リスク回避論者にギャンブルさせるのは不適切
IT部門は、プログラムやオペレーションのミス、ネットワークのダウンなど日常業務に支障をきたすと叱られるため、トラブル回避に多大な神経を遣ってきた。「IT部門は消極的だ」といわれるが、新しいアプローチは新しいトラブルを生むので、リスクが発生しそうな事柄を本能的に避けるようになり、それが組織の行動規範や文化になってしまったのである。
ところが、経営戦略は本質的にハイリスク・ハイリターンであり、IT部門にそれを求めるのはミスマッチである。たとえIT部門が戦略部門になったとしても、新戦略策定よりもIT予算の分配やアウトソーシング先との価格交渉など矮小(わいしょう)化した任務を探す。CIOも経営については素人なのでカネのことしか分からない。
IT部門を戦略部門にするとIT機能を果たさなくなるし、戦略部門でなくなることもある
IT技術は秒進分歩であり、戦略部門として専心させるために日常業務をアウトソーシングすると、ハードウェアやソフトウェアを失ったIT部門は、すぐにITの潮流から取り残される。あるいは、システム開発などの実務に取り組んでいたときは、IT関連雑誌やベンダからの情報を自分なりに評価できたが、その能力は急速に失ってしまう。その結果、ベンダなどの情報源をうのみにして、「“理想的な”状況を実現するのだ」などと主張してしまう。
そのような言動が、経営者やユーザー部門に受け入れられるはずがない。いつのまにか戦略部門として見られなくなる。そのような部門に優秀な人材が集まるはずがない。結果として、以前のプログラマ集団的のようなIT部門よりも、いっそう“うらぶれた部門”になる。
このような状況にならないためには、戦略部門などととやかく言う前に、IT部門を意識改革する必要があるが、その原動力をIT部門に求めるのは矛盾する。経営者の日常的な行動が重要なのであり、実は経営者の意識改革が必要なのである。
なお、IT部員を総入れ替えしてIT部門を戦略部門にしたという例がある。これならば意識改革は不要になる。しかし、IT素人の集まりを「IT部門」というのは用語的にも矛盾であり、IT知識経験は不要だという論理的矛盾なのだから、ここでは対象にしない。
▼著者名 木暮 仁(こぐれ ひとし)
東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」(日科技連出版社)、「もうかる情報化、会社をつぶす情報化」(リックテレコム)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している
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