自然科学や社会科学には多くの法則が存在する。それらをコンピュータやITの世界に当てはめてみるとどうなるのか? 今回から数回にわたって「情マネ流マーフィーの法則」を自然科学や社会科学などの観点から考察する。
今回から数回にわたり、本連載「情マネ流マーフィーの法則」では自然科学や社会科学などの観点から考察する。今回は、自然科学法則を対象にする。コンピュータは自然科学の産物であるから、IT活用の分野でも、基本的な振る舞いは自然科学の法則に従うのは当然である。
慣性の法則(その1)
外部からの力が働かないと、物体は動かない。
セキュリティ対策やシステムの見直しも、内部意見では実現しない。その実現には、個人情報保護法やIFRSなどの外部作用が必要なのである。また、それらの法規や基準も、海外からの外部作用がないと変わらない。
慣性の法則(その2)
物体の運動を変えるには、質量に比例した力が必要になる。
経営環境の激変に対処するには、情報システムを改訂しやすくする必要があるが、巨大な情報システムを改訂するのは大きなコストや時間がかかるため、難しい。それで、昔はシステムを「統合せよ」と言ったが、現在では「分割せよ」と言われている。
その典型的な例は、ERPパッケージによる統合化から、SOAやクラウドなど部品の粒度をサービス単位まで小さくする変化である。
作用・反作用の法則
組織や業務の変化を伴うIT化を行おうとすれば、必ず反発が起こる。
ニュートンは作用と反作用は同じ大きさだといったが、実際には反作用の方が大きく、「1つの提案への反論は1ダースある」。静止摩擦抵抗が大きく、作用を加えてもなかなか動き出さないのである。
このとき、静止摩擦抗以上の作用を加えると物体は暴走する。個人情報保護法では、当初は言論の自由が脅かされるなどの理由でなかなか成立しなかったが、いったん成立した途端に、過剰反応による弊害が問題になった。
エネルギー保存則
IT化により、ある部門の省力化を達成するには、IT部門がそれと同等の労力を必要とする。また、IT投資の費用を捻出するためには、一層の販促やコスト削減の努力が必要になる。すなわち、IT化は仕事量を他の部門に移転するだけであり、その総量を減少させるものではない。
さらに、エネルギー変換においては、一部は熱などにより失われるので、有効エネルギーとしては減少する。すなわち、IT化のための仕事の増加量は、IT化による省力量よりも大きいのが通常である。
エントロピー増大の法則
情報システムは、時間とともに複雑になり動かなくなるので、時々再構築をしなければならない。
長く放置してきたシステムほど、再構築には労力が掛かる。「分かってはいるのだが、今は忙しいから」と言って放置すると、暇になっても実施できない規模のカオスになってしまう。「虫歯と情報システムは放っておくとますます悪くなる」
ボイル・シャールの法則
「体積=k×絶対温度/圧力」の関係は、IT分野では「体積(規模)=k×絶対温度×圧力」に修正されている。
すなわち、開発システムの規模は、外部からの圧力が多く、関係者間の絶対的な対立熱気に比例して大きくなる。対立があると、システムの規模を縮小しようとする動きよりも、対立する事柄をシステムに取り込もうとする動きになるからである。もし、システムの規模を小さくするためには、絶対温度を下げること、すなわち、興味を示さず無視することが効果的である。
ル・シャトリエの法則
生産性向上を目的にシステム化をすると、そのシステム関連の作業のために生産性が下がる現象は昔から認識されている。
医療の電子カルテ化は、診療の合理化を図るはずなのに、医師はその入力作業のために診察時間を短くし、患者と会話もしなくなる。営業部員に顧客情報を提供するためにBI(ビジネス・インテリジェンス)を構築すると、社員はパソコンにかかりきりになり顧客訪問をしなくなる。「システムは期待を裏切るように行動する」のである。
不確定性原理
分子などの量子の運動は、運動と位置を同時に確定することはできない。
ユーザーニーズも、ヒアリングすることにより変化し、数回ヒアリングすれば、そのたびに異なったニーズになる。そして、ユーザーニーズを詳細に定義しようとすれば、ニーズの目的は不明確になるし、目的を明確にしようとすると、それを実現する具体的なニーズを示すことができなくなる。
なお、IT分野ではプランク定数の値が極めて大きく、しかも、時代とともに大きくなる特徴がある。
不完全性定理
「全てのクレタ人は嘘つきだとクレタ人が言う」のように、自己言及はパラドックスを内蔵する。
プログラマはプログラムにバグがないことを証明できない。IT部門はシステムの有効性を証明できない。「システムの内部にいる者はシステムが見えない」のである。
なお、経営者が「全員一丸になって?」と言うとき、経営者自身が「全員」に含まれているのかどうかを確認することが重要である。
複雑系のバタフライ効果
「北京で蝶が羽を動かすとニューヨークで嵐が起こる」ことが知られている。
システム化提案においても、社長と専務のどちらを先に根回ししたかの違いや、会合での議題の提案順序の違いなど、提案内容とは無関係な初期設定や、会合でちょっと出た本件に関係のないつぶやきなど、ささいなノイズが、提案の評価や採否に大きく影響することが多い。
▼著者名 木暮 仁(こぐれ ひとし)
東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」(日科技連出版社)、「もうかる情報化、会社をつぶす情報化」(リックテレコム)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している
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