IT戦略は経営戦略と整合性を持つはずだが、経営戦略をIT戦略に展開するのは難しい。それはなぜだろうか。
今回から数回にわたり、システム化計画をテーマにする。個別システムの計画はIT戦略に従い、IT戦略は経営戦略に従うべきだという。
戦略に関するプロジェクトチームの答申は、承認されるが実施されない
若い元気なメンバーを集めて「当社の将来」を提案させることが多い。彼らは、雑誌や講習会で聞きかじったベストプラクティスを、自社の成熟度も考慮せず、すぐに実現すべきだと答申する。それを役員会で発表すると、やや教訓めいたコメントはあるものの、基本的には承認される。
これは若手のフラストレーション発散のための手段であり、役員は答申を実施するつもりはない(だから承認したのだ)。それに気付かない幼稚なメンバーは、一向に実施されないことに不満をつのらせることがある。それを防ぐために答申の一部は実施される。しかし、実施されるのは、答申の中核ではない付随的な事項に限られる。しかも、実施段階において修正がなされ、答申した内容と異なることが実現する。
コンサルタントの報告書と化粧品は、内容よりも体裁が重要な品質である
社内の者が提案するよりも、著名なコンサルタント会社に依頼する方が、承認を得やすいし、結果がどうあろうと言い訳がしやすい。ところが、「著名」なコンサルタントは、数回顔を出すだけで、実際に作業するのは「見習い」コンサルタントである。
見習いコンサルタントは、クライアントの発言をメモして、それをまとめる作業をするのだが、コンサルタント会社は、報告書の汎用的なテンプレートを持っているので、それに合わせてメモの内容を挿入するだけである。そのため、テンプレートに入れやすい意見は採用されるが、テンプレートに合わない意見は無視される。テンプレートに入れるべき意見がないときは、あらかじめ用意されている意見を用いることになっている。これにより、整然とした報告書が作成される。なお、手作業ではクライアント名を変更し忘れる恐れがあるので、報告書作成ツールを用いるのが通常である。
報告書はページ数を多くすることが秘訣である。報酬以上の仕事をしたことが示されるだけではない。大部にすることにより、それを読もうとする誘惑を防ぐことができる。コンサルタントの報告書に「貴社を取り巻く環境」(実際には「貴社」に限定しない一般論)のような既存資料を流用しやすい部分が多いのは、これが理由である。
また、内容よりも、報告会で手渡しするときの印象、社長室の本棚を飾るのにふさわしい装丁にすることが重要である。クライアントは、「著名なコンサルタントに依頼をした証明」を求めているだけだから。
SWOT分析では、WとTは多数列挙されるが、SとOは出てこない
謙虚は日本人の美徳である。「他社と比較して、当社は?」というときは、必ず当社が劣っている事項である。「環境変化により?」では、決まって自社にとって脅威になる面が指摘される。
中には優れた面や機会が挙げられることもあるが、それはSWOT表のバランスをとるために掲げられたのに過ぎず、それに着眼して戦略に結び付ける方向には進まない。そのために、コアコンピタンスの強化ができないのである。
経営戦略はIT戦略にブレークダウンするプロセスで矮小化される
IT戦略は経営戦略と整合性を持つはずだが、経営戦略をIT戦略に展開するのは難しい。
「利益率を10%向上する必要がある。その実現のためには在庫の30%削減が不可欠である。その手段として在庫管理システムを構築する」というように、経営戦略でのKGI(重要目標達成指標)やCSF(主要成功要因)を作る(でっち上げる)のは比較的容易である。ところが、どのような在庫管理システムを作れば在庫が30%削減できるのかを明確にするのは難しい。
IT屋に聞くと「まず、在庫の正確な把握が必要だ」と言う。それを実行しようとするが、「その前に、受注や出荷情報をリアルタイムに知る必要がある」ので、結局は「リアルタイム入力システム」を構築することになる。すなわち、「在庫30%削減」が「在庫のオンライン把握」に矮小化されるのだ。しかも、リアルタイム入力システムを検討する段階になると、関心は入力画面の体裁やレスポンスの速度などになり、当初の「在庫30%削減」や「利益率10%向上」は忘れ去られている。これらのシステム構築や維持の費用が「利益率10%」を食いつぶさなければ良いのだが。
IT活用が盗人に追い銭を与える
「負け犬」の事業は、撤退が最良の戦略である。ところが、ITを活用することにより、表面的なコストダウンに成功して、一時的に黒字化させることができる(かもしれない)。でも、負け犬が金の生る木になるはずはなく、IT利用は撤退時期を遅らせるだけで、結果的に累積赤字を増大させる結果になる。それなのに、経営者も担当者も負け犬だと気付いておらず、ITにより黒字化できるとなれば、喜んでシステム構築を支援する。
戦略に関しては弱気。システム開発に関しては強気
先述のように、SWOT分析では弱気になりがちなのに、個別案件のIT化プロジェクトになると、一転して強気になる。無理なスケジュール、ギリギリの費用で実現しようとする。「なせば成る」の精神論が主流になり、リスクを考慮しなくなる。これが「222の法則」(第9回参照)の原因になる。
▼著者名 木暮 仁(こぐれ ひとし)
東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」(日科技連出版社)、「もうかる情報化、会社をつぶす情報化」(リックテレコム)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.