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» 2010年06月15日 12時00分 公開

情マネ流マーフィーの法則(27):電子政府の研究はIT推進の教科書として最適だ

日本政府が構築したITシステムの多くは極めて利用率が低い。民間企業では考えられないことだが、これを失敗とするどころか、次のプロジェクトでシステム利用率を上げるための施策が平然と行われる。

[木暮 仁,@IT]

 今回は行政のIT利用について考える。日本政府は、IT推進5カ年計画として、e-Japan戦略(2001年〜2005年)、IT新改革戦略(2006年〜2010年)、i-Japan戦略2015(2009年〜2015年)を進めてきた*1。その中で電子政府、電子自治体の推進は大きな柱の1つになっている。

 官僚の奇妙な行動は、昔から法則研究者の宝庫であった。電子政府、電子自治体計画も例外ではない。ここでは、「利用されない電子申請・手続きシステム」を対象に、検討する。

情マネ流マーフィーの法則その154

行政がやることは「箱もの」投資に決まっている


 e-Japan戦略では、申請業務や入札業務などのオンラインシステムの構築を推進した。その結果、5年間で3兆円規模の投資により、ほとんどの申請や手続き業務を電子化し、カバー率では世界でトップクラスになった。このプロジェクトの巨大性、対象の網羅性、開発の迅速性は、日本のシステム開発史に特記すべきものである。

 ところが、その利用率の低いことが指摘されたのだ。2005年末ごろの新聞、雑誌では、住民基本台帳カードや国税電子申告・納税システム(e-Tax)の利用率は0.5%程度であるとか、申請システムの中には、文部科学省申請システムのように申請1件当たりのコストが3400万円もするものがあるなどと非難された。

 民間企業では、このような投資を「失敗」という。検討段階で提案は却下されるだろうし、そもそも提案すらしないだろう。行政でこのような投資が行われるのはなぜだろうか。関係者が無能や無為だからではない。中央官庁の職員はエリートであり使命感も高い。構築するシステムの利用度が低いことは十分に承知していただろう。参加したベンダも優良企業であり、参加するインセンティブも高い。構築したシステムは、要件を十分に満たしたものだったろう。行政においてはIT投資の目的がシステムを作ることにあり、利用されるかどうかは問題外なのだと理解するのが適切である(高速道路や空港の例からも類推できる)。

 民間企業でも失敗システムは多いが、それらは途中で放棄されるか完成しても廃棄されるのが通常である。ところが、e-Japan戦略に続くIT新改革戦略では、廃棄どころか、利用率向上による維持発展策を採用した。これも関係者の積極的な使命感によるものと評価できる。操作性改善のためにシステムを再構築しただけでなく、e-Taxでは税額割引したし、地方自治体には住民基本台帳カードの無料交付や電子手続きの手数料無料化などのインセンティブ付与を勧めている(費用対効果の視点では、さらに悪化するであろう)。そのような努力にもかかわらず、依然として利用率が低いものが多く、マスコミにたたかれ、「事業仕分け」でもやり玉に挙げられている。

情マネ流マーフィーの法則その155

KGIがなければ成功も失敗も分からない


 系1:恣意的にKGIを設定すれば、すべてのプロジェクトは正当化される。

 系2:事後にKGIを決めれば、すべてのプロジェクトは成功になる。

 バランススコアカードの4つの視点(財務、顧客、業務プロセス、学習と成長)は、財務の視点がほかの視点のKGI(重要目標達成指標)であり、究極的には財務の視点に結び付くことが求められる。電子政府、電子自治体計画でのKGIの1つは減税や公共料金低減の実現であろう。ところが、電子政府、電子自治体計画では、それによりいくら税金が下がるのか(あるいは上がるのを抑えられるのか)の目標値や実施した結果の成果値が、(少なくとも一般住民には)示されていないし、実感として税金が下がったとは思えない。これでは、e-Japan戦略やIT新改革戦略の評価もできないし、i-Japan戦略が適切なのかどうかすら分からない。

 民間では、システム構築の検討段階で、利用頻度やその効果を考える。リスクを考慮して、当初から大規模システムに取り組むのはまれである。それに対して、電子政府、電子自治体計画では、ともかくシステムを構築してから、利用頻度や使い勝手を調べて、第2次プロジェクトで修正し利用率を向上させるという手順をとってきた。

 また、多部門を統合する大規模システムを構築するときには、まず全社的に業務や機能の共通化を図るのは当然である。国はIT推進のフレームワークとしてEA(エンタープライズアーキテクチャ)を進めている。標準化を行い、各省庁の縦割りシステムを排除して無駄を省くのが目的である。ここまでは民間のIT化方法論と同じである。ところが現実の経過は、各省庁がシステム化を完了する時点になってから具体的な内容や参照モデルが作られた。EAの地方自治体への適用も意図しているが、大部分のシステムを構築した後になってからPRされた。

 これでは、構築した直後に根本的なシステム改訂を行い、二重投資することを推奨しているように見える。IT産業振興が電子政府、電子自治体計画の最大のKGIだったのだろうか。

 別例だが、行政は中小企業のIT化に多様な支援をしている。支援を受けた企業が発展して、経済や雇用に好影響を与えることを期待するからである。それならば、支援に要した税金よりもその企業からの直接、間接の税収が高くなり、全体としての税金が下がることが主要なKGIのはずである。それなのに、支援金額は公表されるが、その企業がどうなったのか(法人税増加や雇用増加など)は公表されていない。まして、支援しなかった企業群との対比などは知らされていない。

 中小企業のIT推進策として、昔は共同化による政策を講じていた。近年では、ERPパッケージの利用を推奨した。さらに、SaaS(サービスとしてのソフトウェア)が普及すると、所有せずに利用するのが適切だとしてj-SaaSを進めている。国の推奨に従うと二重投資になりかねない。

情マネ流マーフィーの法則その156

測り方を工夫すれば、ネズミは象よりも大きくなる


 「統計でウソをつく法」はよく知られている。ウソは論外として、評価方法により結果の数値は大きく変わる。WEF(世界経済フォーラム)が毎年発表する「ICT競争力ランキング」で、ここ数年、日本は20位付近に低迷している。それに対して総務省は、評価項目が不適切だとして独自の評価基準で調査し、「日本のICTインフラに関する国際比較評価レポート」で日本が総合1位であることを示した。

 総務省の発表では、全体の利用率は急速に伸びている。ところが、個人を対象とした利用率が高いものは施設予約や図書館の貸出予約であり、電話受付が24時間可能になったのと同じ程度の効果の分野である。電子自治体構想の当初に利便性の例として用いられた地方税申告や転居手続きなど、役所に出掛ける手間を省く分野は依然として利用率が低い。それらを単純集計しているのがミソである。いっそのこと、利用率を劇的に高めるために、公立学校での登校状況を毎日生徒が教育委員会に報告するのを義務化して、ケータイ利用の報告システムを構築したらどうか。

 e-Taxには、申告計算のオンラインサービスと申告書のオンライン提出の2つの機能がある。e-Taxの利用率は2008年度で37%に達したそうだが、これは前者の数値なのか後者の数値なのか不明だ。税理士や税務署での利用も含まれているが、実際に青色申告者が自宅で行ったのはどの程度なのかなど、内訳の数値はあいまいである。この数値は、j-SaaSの普及や青色申告機能の利用度を予測するのに適した数値なので、詳細な内訳が求められる。

 電子申請やWeb広報などのユーザー満足度を測定し公表している自治体は多いし、一般的にも満足度は高い。ところが、その調査方法の多くは、そのサービスを提供しているWebサイトで行っており、利用した人だけを母集団にした調査である。しかも、そのサービスに要した費用は知らされていない。「このサービスを利用するのと、従来通りの申請方法だが○○円税金が下がるのとどちらがよいか」と聞いたアンケート調査結果を見たことがない。

 もっとも、こうしたことを自己保身だと非難すべきではない。利用度や満足度を調査することが目的ではなく、それらのサービスが発展しており満足度が高いことをPRして、利用度を高めることが目的なのだから、これらの例は目的に適合している。

情マネ流マーフィーの法則その157

中途半端なシステム化は業務を複雑にする


 受注システムで電話、FAX、オンラインなどが混在するのは面倒なものである。IT新改革戦略では「2010年までに利用率50%達成」を目標にしてきた。ところで、50%の利用率で職員の負荷はどれだけ削減できるのだろうか。オンラインとオフラインの業務が併存することで負荷が増大することにならないのか。

 利用率の数値を高めるには、分子を大きくするよりも分母を小さくするほうが簡単なことは、旧社会保険庁の努力により証明されている。オフライン業務のサービスを低下させれば利用率が高くなるが、このような手段が採用されないよう望みたい。

情マネ流マーフィーの法則その158

努力するほど非難されるのは悲劇か、喜劇か?


(*1) 今年5月に「新たな情報通信技術戦略」が公表された。旧政権の「i-Japan戦略」をそのまま引き継ぐことを潔しとしないのであろう。内容はあまり違いがないのに、「日本健康コミュニティ」は「どこでもMY病院」に、「国民電子私書箱」は「国民ID制度」に名称変更した。また、たった15ページの本文中に「クラウド」という言葉が13回も出現している。さらには「新世代・光ネットワーク、次世代ワイヤレス、クラウドコンピューティング、次世代コンピュータ、スマートグリッド、ロボット、次世代半導体・ディスプレイ等の革新的デバイス、組込みシステム、三次元映像、音声翻訳、ソフトウェアエンジニアリング等の戦略分野?」が2カ所もある。おそらく「新たな用語による情報通信技術戦略」の間違いであろう。


著者紹介

▼著者名 木暮 仁(こぐれ ひとし)

東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」(日科技連出版社)、「もうかる情報化、会社をつぶす情報化」(リックテレコム)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している


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