流行している専門用語を「バズワード(buzzword)」というが、IT業界はこのバズワードであふれている。しかし、バズワードには既存概念に新しい名前をつけただけのものもある。今回は、バズワードにまつわる法則を取り上げる。
「新しい酒は新しい革袋に」入れるべきではあるが、「新しい酒」が古い酒と同様ならば、「新しい革袋」を用意するのは無駄である。
流行語のような専門用語を「バズワード(buzzword)」というのだそうだ。
IT業界はバズワードであふれている。以前からある用語と同じような概念なのに、あたかも新しい概念であるかのように新しい名前をつけて、商売にする連中もいる。
新用語の中には長期的に重要な概念として定着するものもあれば、一時的な流行で忘れ去られるものも多い。米ガートナーは、バズワードの栄枯盛衰を「ハイプ曲線(hype-cycle)」によりモデル化している。
将来発展するものに関心を持たないのはバカだし、やがて消えてしまう流行に飛びついてはしゃぐのもバカだ。
新用語の寿命は30番目の図書が出版されるまでである
以前からあった用語(経営手法でもIT技術でもよい)をA、対象とする概念をBとする。
例:A=BPR→B=SCM
A=データマイニング→B=ビジネスインテリジェンス
・黎明期
まず、Bに関する米国の図書・雑誌の部分的な紹介をした図書・講演が売れる。そこでは、「Bが万能の銀の弾である」と主張し、Bの概念の大部分はAでもいわれていることであっても、Aを全面的に否定する(このとき、Aに飛びついたのはIT部門の責任だという傾向がある)。
・成長期
Bに関して、米国でB1だけでなくB2の論説があることが判明する。導入期でB1に乗り遅れた論者は、B2こそ真のBであると主張し、B1派、B2派などの派閥ができる。それらの派閥やにわかB提唱者がこぞって図書を出版する。
・成熟期
このころになると「米国のマネではダメだ!」として、「日本的B」をタイトルとした図書が出版される。日本でのB事例が必要になるが、無理をして事例を発掘するので、当事者がBを考えて実施したのではなくてもBの成功事例だとする(記憶のよい読者は、以前にこの事例がAの事例として紹介されていたことに気づく)。
・衰退期
そのうちに、IT雑誌が「Bの落とし穴」を特集する。その問題点は、以前からIT部門内部では、当然のこととして囁かれていたものである。この特集によりタブーが解除され、おおっぴらにB批判を発言できるようになる。
そして、Bに関する30番目(注)の図書『Bの落とし穴』が出版され、それを最後にBに関する図書は出版されなくなり、講演も行われなくなる。Bは禁句になったのである。ちょうどそのころに、さらに新しい用語Cが出現して、Cの黎明期になる。
(注)これは1990年代前半の数値である。インターネットによる情報伝達が進んだために、現在では20冊未満になったという説がある。
「これまでは〜、これからは〜」論の内容は、これまでいわれていたことを繰り返すだけである
新用語・新概念Bが出現するたびに、「これまでは〜、これからは〜」がいわれるようになる。
ところが、それと従来の用語・概念Aの違いはたいしたことではない。それで、A以前の「これまで」との対比になる。そのため、「IT部門の任務は、これまではデータ処理が中心であった。これからは経営戦略に密着した〜」というような、1960年代にもいわれていたことが、用語と表現を変えただけで、いまでも繰り返されている。
しかし、この論調は適切だともいえる。ITに関するアンケート調査では、「実施済み」「検討中」「予定なし」の比率は、数年前に同じ調査をした結果と、ほとんど同じである。多くの企業の「これまで」はA以前の状況なのだから。
「○○時代の〜」「××のための〜」という図書の内容は、○○や××には無関係である
○○として、1990年後半は「インターネット時代の〜」、2000年代前半は「ユビキタス時代の〜」、2000年代後半は「クラウド時代の〜」などが一般的であった。××には、「個人情報保護法」や「内部統制」など、そのときどきの強制力を持つ用語にするのが効果的である。
○○や××は単なる冠詞であり、どのような「〜」にもつけることができる。『クラウド時代の園芸入門』などの用法も可能だし、『個人情報保護法対応のためのセキュリティマネジメント』は、個人情報保護法が衰退期になったときは、表紙だけを『内部統制対応のためのセキュリティマネジメント』と刷り直せばよい。
市販ソフトウェアも同様である。Bの成長期や成熟期には「Bを実現する〜」のキャッチフレーズがつけられる。そのソフトは以前には「Aを実現する〜」と称していたのだが。
新用語は信じず布教に使え
これらの新用語への反対意見を口にしてはならない。保守反動派のレッテルを貼られてしまう。しかし、自分で信じてはいけない。短期で否定されるのだから、信じて行動するとマスコミにハシゴを外される。
SISは企業生き残りの切り札 | −SIS投資はバブルの申し子 |
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ダウンサイジングはコストダウンに | −見えないコストで高くなる |
アウトソーシングせよ | −空洞化するので本体へ戻せ |
このような用語を説得に利用することが秘訣である。「○○に対処するためには、ITの活用が必須であり、□□を提案する」と提案するとき、○○と□□の因果関係を気にする必要はない。ともかく流行の概念用語が使ってあればよいのである。
例えば、「クラウド時代に向けた標準化の推進」であっても、「内部統制対処のためのハードウェアの購入」であってもよい。そうすることによって、提案が採用される確率が高くなる。
くれぐれも30番目の出版に気を付けて、禁句を用いないことが必要である。禁句を用いた提案は、没にされるだけでなく、提案者の品位を疑われることになる。
▼著者名 木暮 仁(こぐれ ひとし)
東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」(日科技連出版社)、「もうかる情報化、会社をつぶす情報化」(リックテレコム)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している
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