これまで、ITにかかわるさまざまな法則を紹介してきた。今回から3回に分けて、誤解されやすい用語や概念を独自の視点で定義・紹介する。
これまで多数の法則を紹介してきたが、法則を正しく理解するには、用語や概念を正しく理解することが前提となる。そのため、今回から3回に分けて、誤解されやすい用語や概念を定義することにする。
BI(Business Intelligence)
「BI=ビジネスインテリジェンス」から連想されるのは「企業諜報」、すなわち産業スパイであるが、不正競争防止法に抵触するだろうから、それを喧伝しているとは思えない。ビジネスを組織だとすれば「組織知」、すなわち、ナレッジマネジメントにおける個人知から組織知への変換を意味すると思われる。
しかし、通常のBIツールは、エンドユーザーが売上分析や顧客動向分析などを自ら行うために、Webブラウザのトップページに、帳票メニューを表示するためのツールである。
用途から見れば、1970年代のDSS(Decision Support System)、1980年代の情報検索系システム、1990年代のデータウェアハウスと同じであり、しかも、メニュー化により、エンドユーザーが得られる情報を限定する傾向がある。操作環境から見れば、ブラウザのスタート画面が、Yahoo!→自社サイト→社内ポータルと変化してきた延長として、個人別あるいは部門別のポータルにしただけである。この変化は、社員のインターネット利用の自由度を制限する方向へ進んでおり、社員がポルノサイトを閲覧したり、他部門の情報を参照することを防ぐことができる。
すなわち、名称とは裏腹に、生のデータウェアハウスやデータマイニングにベールをかぶせることにより、ユーザーが得られる情報をお仕着せの情報に限定している。
なお、「経営者をコックピットへ」として、経営者向けのBIが注目されている。これはBIコンテンツ作成者が、経営者に提供する情報をコントロールすることになり、「裸の王様」育成に役立つと思われる。
COBIT
COBITは、ITガバナンスの成熟度に関するベストプラクティスおよび評価基準である。
ITガバナンスを確立する責任は経営者(CIOを含む)である。ところが、COBITのガイドラインを読んだ経営者はまれであり、理解している経営者は皆無に近い。次の改訂版では、「経営者が本書を読んで理解できること」を、ITガバナンス成熟度の測定基準として付け加えてほしいものだ。
EA(Enterprise Architecture)
お役人はハコモノ投資から脱却できない。
無形の情報システムをなんとか有形のモノにしたい衝動にかられる。それには膨大な文書を作成するのが適切である。行政では、EAを「業務・システムの最適化」としているが、ここでの最適化とは、国民にとっての行政業務の最適化ではないことは明白である。
適切なシステムが構築され活用されなくても、膨大な文書を作成することにより業務を行っているように見せかけることができるからだ。その手段として最適なのである。
EEPROM、フラッシュメモリ
「ROMは読めるだけで書き込めない半導体だ」と教える。ところが、EEPROMを用いたUSBやSSDは書き込みができる。
生徒から質問されると困る代表例である。また、なぜ「フラッシュ」なのかと聞かれ、苦し紛れに「バイト単位でなく、ブロック単位で消去・書込みをするんだ。トランプの51で、全て取り換えるのをフラッシュと言うよね」などと逃げている。
命名するときには、教師の都合も配慮してほしいものだ。
HTML5
「HTMLは文書構造を記述するものであり、体裁を整えるものではない」ので、体裁重視の傾向が強かったHTMLをHTML4で凍結し、その後はXMLへ移行するはずだった。
ところが実際には、通信回線業者の活性化のためには、利用者の回線速度の向上要求を高めるのが必要であり、それには、Webページを派手な体裁にして、画像、音声、動画などの利用を推進することが効果的だと気付いた。
また、2000年頃にはInternet Explorerがブラウザを独占していた。Googleなどの対抗者は、その独占を打破して新しい市場を創造するには、マイクロソフトの弱点であるJavascriptを高度活用するのが適切だと考えた。Ajaxでその成果が実証できたので、それを進めて、Javascriptの抜本的な機能拡張を行い、その動作基盤ととしてのHTMLを整備した。それがHTML5である。
IT技術者
定義が困難な用語の典型例である。
ITの供給者だとしても、ベンダ企業の技術者以外にユーザー企業のIT部員もいるし、エンドユーザーとしてローカルシステムを担当している者もいる。
ITを主な業務としている者とすれば、ほとんどのオフィス業務や生産業務が含まれる。日本のIT活用では、戦略的活用が遅れており、それが日本企業の国際競争力が弱い一因だと言われる。
これを挽回するには、供給側以上に発注側・利用側の力量が求められる。その観点から、ITの有効利用を実現する者だとすれば、経営者や上級管理者を外すことはできない。猫も杓子もみなIT技術者となる。
ITサービス
昔、情報システムの運用・保守分野は、企画・開発分野よりも重要性が低く見られていた。
地位の向上には名称変更が適切である。SaaSやSOAなどが「サービス」という用語の所有権をめぐって争っている間に、英国政府は強引に「サービスとは運用・保守のことである」と定義してしまった。それに応じてSaaSはクラウドと改名して成長したが、SOAは自己の正統性を主張続けたため、かえって話題から消え去ってしまった。
それにしても、「日本標準産業分類」での「情報サービス業」は、大多数は受託ソフトウェア業である。「情報サービス業」と「ITサービス業」を区別しなければならないのは厄介なことだ。
J-SaaS
国は、小企業(従業員20名以下)のIT化支援のために、J-SaaSプロジェクトを推進している。
中小企業がサーバを持たなくてもITを利用するサービスにASPがあったが、利用できるアプリケーションは限定されていた。また、大企業を対象にERPパッケージが普及したが、中小企業には高価すぎるので、機能をバラ売りにする必要がある。その双方をカバーしようとしたのがSaaSである。
J-SaaSの目的は、小企業がIT化を進めるに当たって最初の難関である“初期投資の壁”を低くすることだと言う。ところが、パソコンが必要なのは同じだし、小企業が独自のカスタムシステムを構築するとは思えない。
それならば、パソコンソフトの購入費用を低減すること、すなわち、パソコンソフトのレンタル化とほぼ同様なことになる。それにしては、割高な設定になっている。小企業への支援よりも、小企業向けのソフトウェアベンダを支援することが目的なのだろうか?
また、J-SaaSでの「サービス」では、青色申告の自動作成がウリになっている。小企業で青色申告している割合や、正確な申告をしている割合、そうしようしている事業者の割合はどうなのだろうか? 電子政府・電子自治体では「利用度の低い申請システム」が批判にさらされたが、J-SaaSもそうならなければよいのだが。
日本版SOX法
監査法人がグルになった粉飾決算が指摘され、財務計算の内部統制を義務化して監査することを目的とした法律である。
しかし、「会計監査と内部統制監査が同一監査法人でも良い」としたので、ウソつきが、「わたしがウソを言っていないと言うのだから、ウソではない」と言うことを認めたことになる。この法律の効果は、監査法人が不正行為で営業不振に陥ったのを救済することにあったと、とらえるのが適切であろう。
また、その対応では、内部統制を行って不正や誤りを減らすことよりも、提出書類の形式が重視されることが多い。それに伴い、仕様書のないプログラムは再構築し、文書化のためのツールが必要だとされた。コンサルタントやIT業界への支援に役立ったことは言うまでもない。
▼著者名 木暮 仁(こぐれ ひとし)
東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」(日科技連出版社)、「もうかる情報化、会社をつぶす情報化」(リックテレコム)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している
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