これまで多数の法則を紹介してきたが、法則を正しく理解するには、用語や概念を正しく理解することが前提となる。今回は、誤解されやすい用語や概念を再定義する第2回だ。
OSI
昔、ISOはネットワークプロトコルの標準化を図ろうとした。
ところが、国際会議での机の形でもめている間に、IT業者が談合してTCP/IPを標準にしてしまった。それで「ISOが転倒した」との揶揄を込めて、OSIと命名したのである。なお、その反省に基づき、異国間対話接続における問題点を参照しやすく整理したのが「OSI参照モデル」である。
PMBOK
PMBOKは、プロジェクトマネージャが持つべき知識の体系であり、知識そのものを示したものではない。
それなのに、このガイドブックを教条的に覚えることが、プロジェクトマネージャの条件だとされた。しかも、必要条件だけでなく十分条件であるとみなされた。その結果、EVMは知っているが、PERTやTOCは用語さえ聞いたことがないプロジェクトマネージャが増加した。
さらに、PMOが設置され、プロジェクトマネージャは、プロジェクトを達成することよりも、提出書類を作成することが主任務になり、プロジェクトチームはそのデータをマネージャに報告する作業に追われることになった。
なお、PMBOKの商業的成功に触発されて、BABOKやDMBOKなど乱立の兆しが見られる。早急に「共通BOKフレームワーク」の策定が望まれる。
RAID
日本が優勢になるとルールを変更するのは欧米の常とう手段であり、以前からスポーツ界で行われてきた。
1980年代までは、日本は高度な品質管理により「絶対に故障しない機器」の生産技術を確立して欧米を圧倒していた。欧米はそれに対抗するために、「少しぐらい不良品があっても、その分だけ多めに提供しておけば顧客は満足する」という技術倫理を作り、それを国際標準とした。
その代表的な例がRAIDである。安物を組み合わせて高級品に見せるのに役立つが、複数ディスクが同時に故障することが多く、RAIDによる効果は制約される。そもそも、冗長性による安全対策は、原発事故でも証明されたように、「主手段がダウンしたときは、それと同時に代替手段もダウンする」法則に支配される。
SLA(Service Level Agreement)
「誤を犯すは人の常。それを許すは神の業」。親密な取引関係を維持するためには、少々のトラブルには目をつぶろうという合意文書がSLAである。
しかし、その「少々」の解釈をめぐって、関係が悪化する懸念がある。それを回避するために「制限値を超える事態が発生したときには、制限値を変更するよう双方努力する」という条項を入れることが推奨されている。
SOA(Service-Oriented Architecture)
DOA、OOAに続くシステム開発論である。
データ→オブジェクト→サービスと変化したが、これは部品の粒度を大きくすることにより、開発者の自由度を制限することが目的である。
また、DOAやOOAでのAはアプローチであるのに対してSOAのAはアーキテクチャである。これは、方法論ではなく基本設計思想であるとして、開発者の選択の余地をなくすことになる。すなわち、SOAとは、個別システム開発者の自由裁量権を奪うことにより、パッケージベンダの権力支配を確立する手段である。
UML
一般に図法だと思われているが、フルネームから分かるように言語なのである。
これで記述すれば、コード(プログラム)が自動生成されると主張されてきたが、実際には自動生成に耐える厳格なUML図を作成するのは、コードを書くより面倒だし、読んで理解するのも、適切に記述したコードの方が分かりやすい。
ところが、UMLを用いることが、技術レベルを示す尺度になっている。それで、コードからUMLを作成するリバースツールの方が広く用いられている。
Web 2.0
新概念を提唱するには新名称を作るのが効果的である。
ところが特別な新しいことがないのに、差別したいときには、バージョン番号をアップする方法が採られる。
ハードウェアやソフトウェアでは、バージョンアップと称して、性能が向上したり新機能がついたりしたような錯覚を持たせることが慣例であった。Web 2.0はこの手法を概念に広げたことで画期的な試みであった。今後、SCM 2.0、クラウド 2.0などが出現するのは必至である。
ウイルス
とかくIT屋は情報技術に固執して、社会の動きに関心を持たない傾向があるが、業務を安定して遂行するためには、インターネットウイルス対策だけでなく、新種インフルエンザなどのウイルス対策が重要だ。
ワクチンの常時更新を怠らず、パソコンを使うときにはマスクをして、使用の前後に手洗いとうがいを励行せよ。なお、画面に直接触るタブレット型PCでは、作業前後に消毒液を噴霧することが望まれる。
エクスペリメント
エクスペリメントとは実験のことだ。
パソコンの操作がGUI環境になっても、「削除」と「切り取り」の区別は分からない。アイコンをタグやリボンにしても、どこに何があるのか分からない。あれやこれやを適当にクリックして試してみることが唯一の解決策である。マイクロソフトは、Windowsが使いにくいとの非難を回避するために、エクスペリメントが重要だと唱導している。
仮想化
封建時代(レガシー時代)では、領主(ベンダ)の領地内での商品の仕様(磁気テープや磁気ディスクのファイルも同等に扱える)や、取引方法(ファイルアクセス方法)を仮想化することは当然だった。
ところが、領地を超えて多くの商人が出入りする(オープン化)ようになった現代では、それぞれの商人の思惑が対立し、この思想を実現するのを妨げてきた。すなわち、オープン化が仮想化動向を後戻りさせたのである。それでも次第に仮想化が普及されつつあるが、どうも雲(クラウド)の上の話になりがちである。
ところで、貨幣制度は長い歴史を持つ仮想化技術であるが、現実では貨幣が実体化してしまい、その所有権の格差拡大が広がっている。貨幣所有権を仮想化する手段がないものだろうか。原始共産制への復帰か?
ガラパゴス現象
日本の携帯電話は、日本国内にしか通用しない多機能・高品質に執着するあまり、世界市場での競争力を失ったと技術戦略の視点で指摘されている。しかし、スマートフォンの人気をみると、この視点での指摘は適切ではない。
日本人は、携帯電話での電子メールやカメラなど指を用いる機能の過剰使用により、指が細い固有種へと進化した。それに対応してますます繊細な指操作が必要な機能が発展したので、指の太い他の人種には使いづらくなったのが主原因なのである。
このことは、日本人でも進化以前の高齢者には、単機能でキーが大きい特殊仕様のものが求められていることからも分かる。ガラパゴス化の本来の意味である環境による生物進化の観点を無視してはならない。
シャープは、「ガラパゴス」をあえて商品名にした。同社の独自技術を強調する狙いであろう。愛国者としては、日本発を示すために「オガサワラ」としてほしかったのだが。
規格・基準
ネジや歯車の寸法が統一されていないと都合が悪い。ITに関する用語の統一も必要だろう。ところが近年はITビジネス系の規格や基準(あえて名指しは避ける)が頻発されている。
どうでもよいようなことをお節介に「国際標準」だ、「ISO規格」だといって権威付けることにより、出版・著作権、審査員資格試験、認定制度、などにより、特定の団体の独占的利益を創出する制度が多くなってきた。
それらの解説書は、普及が重要ならばパブリックドメインにしてもよいはずである。ところが、一般の出版物に比べて、高価格なばかりか、引用などでの著作権が厳しい傾向がある。市販せず講習会を受講しないと入手できないものもある。
資格試験では、特定団体の講習会受講(独習できる程度の内容)が受験資格であり、合格後も登録や更新でカネを取られる。
このように見てくると、普及よりも独占を目的としているようだ。これらの多くは輸入ものであるが、これらの輸出入ギャップは深刻な問題になろう。
キャッシュメモリ
このキャッシュは“cash”ではなく“cache”、すなわち、盗品を隠しておく場所のことである。
正規の手続きで遊興費を入手するよりも、埋蔵金から取り出す方が容易であることから命名された。「事業仕分け」でキャッシュの容量を縮小したが、それにより公務員の活動効率が低下するのは明白である。
▼著者名 木暮 仁(こぐれ ひとし)
東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」(日科技連出版社)、「もうかる情報化、会社をつぶす情報化」(リックテレコム)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している
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