前回、EUCの落とし穴として、ユーザーがIT部門に必要以上に助けてもらう体質が抜けず、IT部門もそれを助けてしまっているケースに対する法則を紹介した。今回もEUCに関する落とし穴として、ユーザーが過度に体裁に凝ってしまうために起こる法則を紹介する。
EUC推進の落とし穴として、前回「ユーザーの過度依存症とIT部門の没我的愛情症」を取り上げたが、“ユーザーの過度体裁愛好症”にも注意する必要がある。
EUCは、ユーザーの過度体裁愛好症を招く
これは、パーキンソンの法則「仕事量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」の曲解応用である。
「公開ファイルからある商品データを抽出し、販売量を支店別(中計)や府県別(小計)で集計して、すべて打ち込む」ような簡易ツールは、どの企業でも持っているし、Aくんでも簡単に使える。
ただし、この作業を伝票や帳票から手作業で行うのでは大変である(1週間かかるとしよう)。それがコンピュータを使えば、即座とはいわずとも、モタモタしても10分あれば得ることができる。大した生産性の向上である。
ところが、Aくんはこれで満足しない。まずけい線を引きたがる(パソコン入門で最も多い質問は、けい線に関するものである)。次にグラフにしたがる。しかも、単純な棒グラフではあきたらず、地図上に3Dで(しかも対象商品の図柄で)……というように、凝った体裁にするために、「1週間?10分」を費やすのである。
Aくんの本来の任務からすれば、Aくんは11分後には問題のある支店や府県での対策を検討するべきである。グラフを作成するのはどうでもよいことで、本来の業務内容からすればサボッているのだが、Aくん自身は懸命に仕事をしているように思い込み、周囲もそのように見る。
過度体裁愛好症は伝染し、全社員イラストレータ化に至る
Aくんが苦心の作品を部長に見せると、部長は対策検討の指示を出す前に、作品の体裁を褒める。
後日異なる分野で、Bさんも同様に10分でベタ打ち出力を得て、問題点を発見し直ちに部長に相談する。
Bさんのベタ数表を見た部長は、問題点を聞く前に「なんだいこれは。人に見せる代物ではない。Aくんを見たまえ」という。そこで、BさんはAくんよりも立派(?)な見栄えにするために1週間を費やす。この風潮は、CさんやDさんへも直ちに伝播する。
最近は「見える化」が喧伝され、プレゼンテーションの重要性がいわれている。相手に分かりやすい報告をするのは大切だ。ところが、内容ではなく体裁に関心が向く。そのため、過度体裁愛好症は急速に伝染し、重症になる危険がある。
かつて、パソコン1台を運営管理するTCOは、当初購入費用の数倍になることが問題視された。多様な調査が行われているが、残念なことに、最大の費用である「過度体裁愛好症の費用」を組み入れた調査を私は知らない。それを加えたTCOは、何倍になるのだろうか?
過度体裁愛好症は、優秀なユーザーの反乱に進化する
Eくんは、大阪支店の優秀な営業スタッフである。彼は優秀なユーザーであり、自分で販売分析ツールを作成した。
この販売分析ツールは優れたツールで、東京支店や名古屋支店でも有効に使える。そこで、全国営業スタッフ会議を開催して紹介することになった。
ところが、このツールは体裁に凝っていた。
従って、この全国会議での質問も、分析方法や活用方法ではなく、「どうすればこのような体裁にできるのか?」に集中する。Eくんの「IT部門が標準提供している○○ソフトでは無理だ。ソフトを用いると簡単だ」との説明により、ソフトが営業部門のデファクトスタンダードになる。
経理部のFさんも人事部のGさんも同じような活動をする。ところが、そこで用いられているソフトは異なるのが通常である。その結果、IT部門が関与していない多数のソフトが氾濫することになる。
当然、IT部門は反対する。その調整がつかず、社長に裁断を仰ぐ。
そのときになると、優秀なユーザーは「いかにこの分析表が営業活動に役立つか?」を強調する。その効果が大きいことは社長も納得する。
それに対してIT部門の主張は、ソフトの画像機能など、社長にとってはどうでもよいことである。そして、優秀なユーザーに軍配が上がるだけでなく、「IT部門は経営を考えない専門バカだ」という烙印を押されてしまう。
最初にけい線を引きたがることから、優秀なユーザーの反乱に至るプロセスは必然的である。
過度体裁愛好症と過度依存症の合併症は、IT部門の生産性を低下させる
過度体裁愛好症と過度依存症が併発すると、深刻な病状になる。
なかにはHさんのようにパソコンが苦手な人もいる。ベタ打ち程度はできるが、凝ったグラフにすることができない。そこで、IT部門に、「ベタ打ちではなく、凝ったグラフが出力できるメニューにしてくれ」と要求する。
「ユーザーが使いやすい」がうたい文句だから、IT部門はそれに応えようとする。
Hさんのような人は多いし、帳票体裁は趣味が入るので、多様な要求になる。その対応のために、IT部門は麻痺してしまう。
症状が進んで、給与明細にグラフをつけろとか、財務報告書にイラストを入れろという要求にならなければよいのだが。
▼著者名 木暮 仁(こぐれ ひとし)
東京生まれ。東京工業大学卒業。コスモ石油、コスモコンピュータセンター、東京経営短期大学教授を経て、現在フリー。情報関連資格は技術士(情報工学)、中小企業診断士、ITコーディネータ、システム監査など。経営と情報の関係につき、経営側・提供側・利用側からタテマエとホンネの双方からの検討に興味を持ち、執筆、講演、大学非常勤講師などをしている。著書は「教科書 情報と社会」(日科技連出版社)、「もうかる情報化、会社をつぶす情報化」(リックテレコム)など多数。http://www.kogures.com/hitoshi/にて、大学での授業テキストや講演の内容などを公開している
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.