MVNOを変えた“レイヤー2接続”とは?MVNOの深イイ話

» 2016年03月14日 12時00分 公開
[佐々木太志ITmedia]

 MVNOの分類は難しい。われわれMVNOの中の人にとっても、実はMVNOの分類というのは実はとても難しいものです。私自身、作らなければならないドキュメントの性質によって、分類の目的を考え、時には全く新しい分類方法を考え出すことすらあります。ですが、非常にオーソドックスな日本国内のMVNOの分類方法として、MVNOのデータ通信用ネットワーク設備の持ち方に着目する分類がよく知られています。それが、以下の3つです。

  1. 単純再販型MVNO
  2. レイヤー3接続MVNO
  3. レイヤー2接続MVNO

 この連載の第4回では、「格安スマホ」「格安SIM」に絞ってMVNOとは何かを説明しましたが、これは実のところ「レイヤー2接続MVNO」にあたるものでした。今のMVNOは、ことデータ通信用設備についてはレイヤー2接続で実現している事業者がとても多くなってきています。

そもそも「レイヤー」とは?

 レイヤー2という言葉は、ネットワークエンジニアの間で使われている技術用語です。元をたどれば、国際標準化機構(ISO)が40年以上前に試み、結局日の目を見ることのなかったコンピュータネットワーク標準化プロジェクト「OSI」が現在に残したものの1つで、ネットワークを概念的にモデル化した「OSI参照モデル」に由来します。OSIプロジェクトでは、コンピュータネットワークを7層からなる階層構造であると定義しました。この層には下から順番に数字が打たれており、下から2番目の層を「レイヤー2」と呼んだのです。

レイヤー2

 OSI参照モデルにおけるレイヤー2は「データリンク層」と呼ばれ、誰かに中継(ルーティング)してもらわなくてもデータのやりとりができる独立したネットワークの中の信号のやりとり方法(プロトコル)について論理的に定義した層となります。なお、昔は小規模なネットワークを想定していましたが、最近ではより大規模なネットワークもレイヤー2で運用されることがあります

 1つ上のレイヤー3(ネットワーク層)は、複数の独立したレイヤー2ネットワークで構成された、ルーティングが必要な大規模なネットワークにおけるプロトコルについて定義した層です。

 つまり、レイヤー3でMNO(ドコモ、KDDI、ソフトバンク)とMVNOのネットワークがつながっているということは、MNOのネットワークとMVNOのネットワークがより独立していることを意味し、それぞれがレイヤー3のプロトコル(具体的にはIP)で中継(ルーティング)されているということを指します。

 レイヤー2でMNOとMVNOのネットワークがつながっているということは、MVNOのネットワーク設備とMNOのネットワーク設備が協調して1つのレイヤー2ネットワークを構成しているということです。ネットワークエンジニアでない方にはイメージすることが難しいかもしれませんが、レイヤー2接続では、MNOとMVNOのネットワークはレイヤー3接続のケースに比べより近い関係性にある、と理解していただくと良いかもしれません。

レイヤー2 レイヤー2接続のMVNOでは、MNOが運用するSGWと、MVNOが運用するPGWが協調してレイヤー2のネットワークを構築している。その分、MNOとMVNOのネットワークの関係性が近い

 このとき、レイヤー3接続のMVNOでは、MVNO側のネットワーク設備(ルーター)はMNO側のネットワークの機能、例えばお客さまのデータ通信のセッションに影響を与えることができず、その分、限られたサービスしか実現できません。レイヤー2接続のMVNOが最近流行しているのは、PGW(Packet Data Network Gateway)と呼ばれるネットワーク設備がMVNO側に存在し、携帯電話網のネットワーク機能の一部を直接的にコントロールできるため、サービスの自由度がレイヤー3接続MVNOに比べ格段に高くなるからです。

 ちなみに、もう1つの「単純再販型MVNO」は、MVNO側にネットワーク設備が全くないケースを指します。この場合、MVNOは独自の機能をMNOのサービスに付加することができず、MNOの通信サービスと全く同じものを、料金だけ変えて販売することしかできません。そのため「単純再販型」と呼ばれるというわけです。家電量販店やISPが提供しているWiMAXのMVNOなどがこのカテゴリーにあたります。

レイヤー2接続MVNOの歴史とMVNEの登場

 第3世代携帯電話(3G)以降、日本で最初にレイヤー2接続MVNOが誕生したのは2009年3月で、IIJがイー・モバイル(現ソフトバンクモバイル)と、日本通信がNTTドコモとそれぞれレイヤー2での接続を行っています(IIJは、その後2009年11月にNTTドコモとのレイヤー2での接続を開始)。

 これ以降、レイヤー2接続の特性を活用したサービスが登場しました。例えば、セキュリティ上、ファイアウォールでインターネットから守られた企業内ネットワーク(イントラネット)に外部のインターネットからアクセスするためには、一般にVPNと呼ばれるソリューションが必要です。しかし、MVNOのネットワーク装置がMNO側のネットワーク機能を直接コントロールできるレイヤー2接続の特性を生かして、VPNを使わなくともインターネットから安全にイントラネットにアクセスできる法人向けサービスが登場しました。

 とはいえ、この頃にはレイヤー2接続の有効な利用法は法人向けサービスに限られていて、個人向けに提供されるMVNOは、より設備投資が小さくて済む単純再販型MVNOやレイヤー3接続MVNOが圧倒的に多かったのです。

レイヤー2 IIJが提供する法人向け閉域接続サービス「ダイレクトアクセス」の説明資料から抜粋。レイヤー2接続を使ってVPNを使わないイントラネットへのアクセスを提供している例

 個人向けサービスにレイヤー2接続の特性を十二分に生かしたサービスが登場したのは、何といっても2012年のIIJmioサービスでしょう。私も開発に携わったこのサービスは、お客さまの通信に対し、リアルタイムに通信量を把握して通信速度を制御できる、今の格安SIMになくてはならない機能(ポリシー・アンド・チャージング・コントロール、PCC)を、レイヤー2接続MVNOにより実現したものです。

 当時、PCCを商用で導入した通信事業者は世界にほとんどなく、日本のMVNOが世界に先んじて商用で運用開始したPCCは、今の日本の格安SIMブームの火付け役となったにとどまらず、現在ではNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3大携帯電話会社や、世界中の通信事業者で活用されています。

 こうしたレイヤー2接続を十分に生かした新しい料金プランは、MVNOのあり方も変えていきます。単純再販型MVNOでネットワーク投資を抑えつつMVNO事業を行っていた家電量販店などは、今ではこぞってレイヤー2接続により実現された格安SIM事業に参入するようになりました。

 ただ、レイヤー2接続は、単純再販型と比べ、MNOと接続するための技術的ハードルやネットワーク設備への投資が比較的に高く、それを補うために、既にレイヤー2でMNOと接続したMVNOが、自らのレイヤー2設備を、こういった新規参入の事業者に貸し出すようになってきました。次回は、「MVNE」と呼ばれるこういったビジネスをご説明しようと思います。

著者プロフィール

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佐々木 太志

株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ) ネットワーク本部 技術企画室 担当課長

2000年IIJ入社、以来ネットワークサービスの運用、開発、企画に従事。特に2007年にIIJのMVNO事業の立ち上げに参加し、以来法人向け、個人向けMVNOサービスを主に担当する。またIIJmioの公式Twitterアカウント@iijmioの中の人でもある。


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