最近話題の「HLR/HSS」とは何なのか?MVNOの深イイ話

» 2015年12月10日 06時00分 公開
[佐々木太志ITmedia]

 皆さんもニュースでご覧になったかもしれませんが、総務省が開催しているICTサービス安心・安全研究会と呼ばれる有識者会議で、10月から12月までの間、携帯電話の料金について考えるタスクフォースが開催され、話題になっています。このタスクフォースでは、ライトユーザー向け料金プランのあり方、端末価格とサービス料金の分離と並び、MVNOを通じた競争促進が検討課題として挙げられました。このタスクフォースで焦点となったことの1つがMVNOへの「HLR/HSS開放」。今回は、一体何が議論となったのか、今後どのようなことが起きるのか、簡単にご説明します。

HLR/HSSの役割

 HLR/HSSとは何の略語でしょうか? 辞書的には、「Home Location Register/Home Subscriber Server」の略となり、日本語では「加入者管理装置」「加入者管理データベース」と呼ばれることが多いようです。加入者というと皆さんのような利用者のことを指す用語ですから、加入者管理、というとちょっと身構えてしまうかもしれませんね。HLR/HSSは、加入者管理といっても皆さんの個人情報やクレジットカード情報などを管理するもの装置ではなく、皆さんの「SIMカード」を管理するためのもの、と思っていただければと思います。

 この連載の読者の皆さんは既にご存じと思いますが、SIMカードとは携帯電話を利用するほぼ全ての人に発行されているICカードです。そのICには、SIMカードを識別する番号や電話番号といった、携帯電話ネットワークを経由して通話や通信をするために必要な番号その他の情報が記録され、その総数は全世界で数十億枚にも上ります。SIMカードは、その発行主体(携帯電話会社)によって管理されていて、つまり携帯電話会社ごとに管理用のデータベース(HLR/HSS)があります。

 SIMカードを挿した携帯端末が携帯電話ネットワークに接続しようとしたとき(圏内になろうとしたとき)は、その携帯電話ネットワークの音声やパケットの交換機は、HLR/HSSに対し、そのSIMカードが正しいものであって、どのネットワークサービスの利用を許すのかを問い合わせる仕組みとなっています(認証)。

 またそれだけでなく、そのSIMカードを挿した端末がどの交換機の管轄下にあるかを記録し、端末が管轄の交換機を超えて移動(ハンドオーバー)した場合はその情報をアップデートします(位置登録)。これはその端末に電話が「かかってくるとき」に特に重要で、HLR/HSSがその端末がどの交換機の管轄下にあるかを知っているために、HLR/HSSを調べることで電話がかかってきたことを正しい交換機経由で端末に伝えることができるのです。

photo HLR/HSSの仕組み

 さらに、海外ローミングの時はSIMカードを発行した携帯電話会社自身のネットワーク以外でも、SIMカードを用いた通話・通信のサービスが受けられますから、そんなときには会社の垣根を越えてHLR/HSSに相互にアクセスし合い、そのSIMカードが世界のどの携帯電話会社が発行したものか、そのSIM カードが有効なものなのか、その端末がどのようなネットワークサービスを受けることができるか、などを調べたり、どの国のどの交換機の管轄下にいるかをアップデートしたりできるようになっています。

 このように、HLR/HSSは携帯電話サービスにとっては非常に重要な役割を果たすものなのです。

MVNOがHLR/HSSを持つと何ができる?

 現在、日本のMVNOにはこのHLR/HSSを保有している会社はありません(※)。つまり、MVNOはSIMカードを管理する機能を、そのSIMカードと共にMNO(携帯電話会社)から借りている、ということになります。それでもMVNOはデータ通信や音声通話のようなサービスを利用者に提供可能ですし、HLR/HSSを持たなくともMVNOは十分にサービスを提供することができます。

(※)例えばKDDIやソフトバンクがMVNO事業も行っていることは周知ですが、この、総務省が「MNOでもあるMVNO」と定義するカテゴリのMVNOは、当然HLR/HSSを運用しSIMカードを発行しています。ここではこういった「MNOでもあるMVNO」のことは除外して書いています。

 ところが、今回のタスクフォースでは、HLR/HSSをMVNOに開放しよう、つまりMVNOが独自に準備するHLR/HSSを使って、MVNOがサービスを提供できるようにしよう、という議論が行われました。これはどういうことでしょうか。

 MVNOがHLR/HSSを自ら運用することで、できるようになることは、SIMカードの発行です。これまで自らはSIMカードを発行せず、MNOが発行し管理しているSIMカードを利用者にまた貸ししていたMVNOが、独自にSIMカードを作ることができるようになる、というわけです。

 ここでの論点は、MVNOが独自のロゴの入ったSIMカードを作れるようになる、ということではありません。タスクフォースで議論となったのは、ロゴや外観上のデザインの問題ではなく、MVNOが利用者に提供する多種多様な通信サービスをMVNO自らがデザインできるようになる、といった意味合いです。

photo IIJは、既に独自ロゴの入ったSIMを作っているが、これはHLR/HSSの開放とは直接は関係ない

 これまで、MVNOは専らMNOから通信サービスを仕入れ、それをMVNOの利用者に提供してきました。連載の第4回でご説明したように、料金プランを独自にデザインするためにMNOから装置を借りるだけでなく、MVNO独自の装置を導入するなど、MVNO側も工夫してきましたが、それでもトータルで見ればMNOが提供する通信サービス以外の利用は難しかったのです。これは、MVNOが利用者に提供するSIMカードがMNOのものである、ということと密接に関わっています。MNOのSIMカードである以上、MNOが提供する通信サービス以外をMVNOが利用者に提供することは、不可能である、もしくはそのハードルが非常に高い、ということです。

 MVNOが独自にSIMカードを発行できるようになることで、この制約がなくなることが期待されます。つまり、MVNOは、MNO以外のさまざまな通信事業者から通信サービスを仕入れることができるようになり、それを組み合わせて利用者に提供する、つまり多種多様な通信サービスをデザインできるようになる、というわけです。分かりやすい例では、MVNOのSIMカードを海外に持ち出したときに、料金の高い海外ローミングではなく、海外の携帯電話事業者の割安なプリペイドサービスを必要な期間だけ利用できる、といったことが可能となるかもしれません。

 ただ、ここで注意していただきたいのは、HLR/HSSさえあれば、MVNOがどんな通信サービスでも提供できるようになる、ということではありません。実際の通信サービスの提供に向けては、他の設備の接続や事業者間協定の締結、通信を巡るさまざまな規制やルールのクリアなど、他にも必要なことがたくさんあります。報道等ではHLR/HSSをMVNOが保有することで音声通話サービスが低廉化する、と読めるものもありますが、HLR/HSSは、重要だけれどもただのデータベースにすぎず、これをMVNOが保有、運用しても直ちに音声サービスが低廉化、定額化することはありません

HLR/HSS開放の行方

 HLR/HSS開放が長い道のりであることは間違いありません。HLR/HSSはMNOにとっても非常に重要な設備であり、3大携帯電話会社はHLR/HSSに起因するネットワーク障害を多かれ少なかれ経験しています。このように携帯電話会社の「バイタルパート」であるHLR/HSSを外部のMVNOに対して開放するということは、ネットワークの安定運用の観点からは容易に認められるものではないこともまた事実です。

 タスクフォースでは、NTTドコモがMVNOとの間でHLR/HSS開放に関する協議を行っていることを認めました。しかし、その結論がいつ出るのかについては何も情報がありません。どういう合意に至るのか、その具体的な姿についても、これからのMNOとMVNOの事業者間協議に委ねられています。携帯電話ネットワーク全体の安定運用を見据える高い技術力や運用力、投資に耐える加入者数、多様な通信サービスをデザインできる企画力など、ようやく離陸したばかりの日本のMVNOは、将来に向けたMNOとの協議を行う資格がやっとできたところ、といえるかもしれません。

 さらに、独自のSIMカードを持ったMVNOが、MNO以外のどのような通信事業者をパートナーとして、どんな通信サービスを皆さんに提供していくのか、地に足の着いた議論はこれからです。今後、MNOとMVNO、その他のさまざまな通信事業者との協議がどのように進んでいくのか、私個人としても注目していきたいと思います。

著者プロフィール

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佐々木 太志

株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ) ネットワーク本部 技術企画室 担当課長

2000年IIJ入社、以来ネットワークサービスの運用、開発、企画に従事。特に2007年にIIJのMVNO事業の立ち上げに参加し、以来法人向け、個人向けMVNOサービスを主に担当する。またIIJmioの公式Twitterアカウント@iijmioの中の人でもある。


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