MVNO(格安SIM)というと、料金は安くても通信速度が不安定、遅い、というマイナスイメージを持たれている方も多いのではないでしょうか。
もちろん通信速度が高いということは素晴らしいことなのですが、MVNOの競争はし烈です。「高品質でも価格が高いです」「高品質だけどデータ容量は他社より少ないです」だけでは差別化が難しいという事情もあり、多くのMVNOが、多かれ少なかれ通信品質においてキャリア3社に及ばないところがある状況になっています。
その中でお客さまが心待ちにしているであろう、MVNOの設備増強工事について、今回はスポットを当てようと思います。
ここで、この連載の第2回「MVNOはちょっと特殊な携帯電話会社」で使用した図を用いて、あらためてMVNOの設備がどうなっているかをご紹介します。
ここで見ていただければ分かる通り、MVNOの持つ設備は図の右側の方の一部の設備、つまりインターネットと携帯電話網をつなぐ部分のみです。これらの設備は、一般のコンピュータ同様、その処理能力に限界があります。
携帯電話用のネットワーク装置はある程度以上の処理能力を備えているものですが、それでも処理能力が足りなくなると、装置を追加したり、装置のパッケージを交換したり、装置をより上位の装置にリプレースしたりしなくてはなりません。こういった対策も、MVNOの行う設備増強の一つです。
しかし、実際のところ、MVNOにとって最も重要で、増強をしなければならない設備はそこではありません。それは、MVNOの自社設備と携帯電話会社の設備を結ぶ接続回線区間です。
この接続回線は、お客さまの通信トラフィックや制御信号をMVNOと携帯電話会社の間でやりとりするために、MVNOと携帯電話会社の設備を相互につないでいる回線です。この回線は100Mbps〜10Gbps程度の専用線ですが、その回線速度には携帯電話会社側とMVNO側の接続装置にて契約に基づく速度制限が課されていて、その制限速度により、MVNOは携帯電話会社に対し接続料金を払う仕組みとなっています。この接続料金は、実質的にはMVNOが基地局などの携帯電話会社のパケット伝送の設備を借りる対価(賃借料)ということになります。
例えば、ある携帯電話会社の接続料が1Mbpsあたり毎月10万円とします。あるMVNOがその携帯電話会社に1Gbpsの専用線で接続し、うち500Mbpsで契約している場合、MVNOは携帯電話会社に500×10万円=5000万円の接続料を毎月支払う必要があります。この場合、携帯電話会社は500Mbps以上のトラフィックを運ぶ義務はないため、500Mbps以上の帯域を使えないよう制限する、ということになります。
仮に利用者が増えてきて、500Mbpsで足りなくなった場合は、MVNOは携帯電話会社との契約を変更して帯域を増強する工事を行うことになります。この工事には、おおむね数週間の準備期間が必要です。その準備期間の間に、接続帯域の変更に関わるさまざまな契約書を締結したり、工事日程の調整を行ったりします。
工事日当日には、携帯電話会社の接続装置の制限帯域を変更するための設定変更を行い、問題がなければ工事完了、ということになります。こういった工事の場合は、お客さまのトラフィックを運んだままの状態で設定変更が可能なため、工事が行われたことにお客さまが気付くこともありません(突然、通信が快適になって気付くことがあるかもしれません)。
それでは、このMVNOの利用者がさらに増えて、仮に回線の上限値である1Gbpsに到達してしまったらどうなるのでしょう? この場合は、携帯電話会社の設備とMVNOの設備をつなぐ専用線を2本3本と増やしたり、10Gbpsといったさらに高速の専用線に交換する必要があります。
こういった工事の場合は、より長期間、例えば数カ月、あるいは1年といった準備期間が必要です。その準備期間の間に、携帯電話会社とMVNOの双方で、装置や回線を調達したり、試験をしたり、ネットワークを構築するための作業を行うことになります。当然、契約手続きも複雑になりますし、費用もかかります。こういったコストや期間も、MVNOの事業運営に大きな影響を与える場合があります。
また、こういった大規模な工事になると、MVNOの通信サービスも止めなければならないケースが大半です。数時間単位で通信を止めるようなメンテナンスがMVNOで発生した場合、もしかしたらその裏で、こういった大規模な設備増強工事が予定されているのかもしれません。
例えばお昼休みや通勤通学時間帯など、携帯電話会社とMVNOを結ぶ接続帯域が混雑していることが通信品質の低下の原因である場合は、携帯電話会社とMVNOの接続帯域の増強が行われると、通信が快適になることが期待されます。
ただ、お客さまの通信品質の低下の原因が接続回線区間の帯域ではない場合、例えば特定の駅や地下鉄、イベント会場などの人口密集地でのみ起きるような通信品質低下の場合は、混雑しているのが携帯電話会社の基地局設備や無線区間である場合があります。こういった通信品質低下は、MVNOによる設備増強で改善することは期待できません。
また、ネットワーク装置の追加やリプレースなどの設備増強工事は、現時点で発生している混雑への対策というよりも、長期的な処理能力の確保や、設備運営の安定化を目的に、予防的に行われることもあります。こういった設備増強工事の場合は、終了後に直ちにお客さまの体感が変わるといったことが生じない場合もあります。
このように設備増強工事の影響や効果はさまざまですが、どの工事も恐らくは必要に応じて各MVNOが企画しているものと思いますので、お客さまには何とぞご理解をいただけますようお願いします。
佐々木 太志
株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ) ネットワーク本部 技術企画室 担当課長
2000年IIJ入社、以来ネットワークサービスの運用、開発、企画に従事。特に2007年にIIJのMVNO事業の立ち上げに参加し、以来法人向け、個人向けMVNOサービスを主に担当する。またIIJmioの公式Twitterアカウント@iijmioの中の人でもある。
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