コンピューターの理想型には、3つの重要な要素がある。
「直感的で分かりやすく、誰もが特別なトレーニングなしで使えること」「ソフトウェア(アプリ)で機能が追加・進化し、ネットワークに常につながっていること」。そして、「いつでもどこにでも持ち運べること」の3点だ。これは1972年にアラン・ケイの著書「A Personal Computer for Children of All Ages」で思想的な礎が作られ、その後のIT産業に多大な影響を与えた。
現代において、その最も洗練された形は、Appleの「iPad」として具現化されている。iPadはその登場当初から誰もが使えるコンピューターであり、アプリの力でハードウェアの性能を超える価値をユーザーに提供した。また、「実利用で10時間程度」というバッテリー持続時間にこだわり、ワイヤレスで持ち運べることを重視してきた。iPadのこれまでとは、そのままコンピューターの理想に向かって洗練していく歴史ともいえる。
そのiPadの中で、よりモバイル性能を強化したのが「iPad mini」である。7.9インチのディスプレイを採用して小型化し、いち早く狭額縁化やスリムでフラットな背面デザインなどを採用していた。主力のiPadは、2013年の「iPad Air」で軽量化とデザインの変更を行ったが、コンセプト的にその先を行っていたのが、iPad miniなのである。
そして2013年11月、iPad miniは待望の「Retinaディスプレイ」を搭載。CPUはじめハードウェア性能も大幅に引き上げられた。デザイン変更で見た目ががらりと変わったiPad Airに対して、「iPad mini Retinaディスプレイモデル」は“中身ががらりと変わった”のだ。その効果はどれだけあるのか。
筆者は今回、このiPad mini Retinaディスプレイモデルをいち早く試す機会を得た。すでにネットでの予約販売が始まっている中ではあるが、iPad mini Retinaディスプレイモデルの魅力、実際に使ってみた上でのiPad Airとの違いなどについてリポートしたい。
Retinaディスプレイに目を奪われる。それは予想していた。
iPad miniのディスプレイは7.9インチで2048×1536ピクセル(326ppi)。これは“大きいiPad”である9.7インチのiPad Airと同じ解像度であり、画面サイズが小さい分、画素密度(ppi)はiPad mini Retinaディスプレイモデルの方が高い。またAppleはiPadのディスプレイにおいて、自然な発色と視野角の広さにもこだわり抜いている。まるで高品質印刷された紙がはめこまれたかのような、驚くほどの美しさ。ここで感動することは、いわば「想定の範囲内」である。
日常的にiPad mini Retinaディスプレイモデルを使ってみて、Retinaディスプレイの美しさ以上に感動したもの。それはRetina化されても、アプリやネット利用などさまざまなシーンでの動作がとても速く、サクサクと小気味よく使えるということだ。処理速度が速くなったことは、はっきりと体感できるレベルである。しかも実利用環境でのバッテリー持続時間も、先代からまったく変わっていない。
既報のとおり、iPad mini Retinaディスプレイモデルは、Retinaディスプレイ搭載とあわせて、CPUを64ビットアーキテクチャ搭載「A7」+M7モーションコプロセッサに換装。「iPhone 5s」およびiPad Airと同じ、Apple製スマートフォン/タブレットの高性能仕様になったのだが、その効果は絶大のひとことだ。
iPad mini Retinaディスプレイモデルのユーザーは、このRetina化+高速化のメリットは、そこかしこで感じることになる。ブラウザやメールといった基本的な機能は言うに及ばず、高解像度写真をパラパラとプレビューする、電子書籍で本やコミックを読むとき――などだ。朝日新聞や日本経済新聞などの電子新聞も、高解像度化+高速化によって描画が速く快適だった。
しかし、なんといっても効果絶大と感じたのは、「Newsstand」で配信されている電子雑誌を読んだときである。雑誌は文章だけでなく、高画質な写真がふんだんに使われており、誌面レイアウトも複雑だ。しかしiPad mini Retinaディスプレイモデルでは描画が高速なため、ページをめくればすぐに表示される。Retinaディスプレイの効果で、ページを拡大縮小しなくても本文やキャプションが読める。ページを見開きで読むなら9.7インチのiPad Airが欲しくなるが、1ページずつなら、iPad mini Retinaディスプレイモデルで無理なく読めてしまうのだ。感覚的には、近ごろ女性誌を中心に増えてきた「縮小版(バッグサイズ)雑誌」を読むのに似ている。
先代のiPad miniが登場したとき、「なぜ、Retinaディスプレイではないのか」という声は少なからずあった。その答えは、今回のiPad mini Retinaを1日使えば、すぐに分かるだろう。2012年の段階では、仮にRetinaディスプレイを搭載することができても、その高解像度を生かすだけの処理能力やバッテリー持続時間が得られなかったのだ。7.9インチの美しいRetinaディスプレイと、64ビットアーキテクチャ搭載の「A7」+M7モーションコプロセッサ。そして、それらのハードウェア性能を存分に引き出す、iOS 7と豊富なアプリの数々。これらのパズルのピースがそろい、iPad miniのサイズに実装できるタイミングこそが重要だったのである。
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