キャンバスはiPhone、プログラミングで新たなアート表現を――多摩美術大学の挑戦多摩美の挑戦、教授編

» 2010年06月29日 11時00分 公開
[後藤祥子,ITmedia]
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Photo 多摩美術大学 情報デザイン学科 研究室の久保田晃弘教授

 iPhoneをメディアにして、新しいアート作品を作っていこう――。こんなコンセプトの授業を展開しているのが、多摩美術大学の久保田晃弘教授だ。

 授業では、カメラやマイク、スピーカー、加速度センサーを搭載し、振ったり触れたりすることでさまざまなインタラクションを起こせるiPhoneをキャンバスととらえ、その上で動くアプリを学生たちが自ら開発。絵筆の代わりにプログラム言語を操って、自身のアートをiPhone上で表現しようと試みている。

 久保田氏がiPhoneに注目する理由の1つは、“generative”(生成的)な作品の登場が期待できる点だ。音楽や映像の作品といえば、作品のデータファイルを配信するのが一般的だが、これからは「“アプリを配信する”ことによって、今までとは違うインタラクティブな音楽作品や映像作品が出てくる」と久保田氏。アーティストが作った“アプリ”という枠組みに、iPhoneのセンサーやタッチによる操作が作用することで新たなアートが生まれるとし、“センサーのかたまり”のようなiPhoneを使って、学生たちがどんなクリエイティブなアプリを開発するかが楽しみだと話す。

 「プログラミングの世界と、美術やアート、デザインの世界の交差点として、iPhoneはいいメディアなのではないかと思ったのです。新しい素材としてのiPhoneを作品発表の場にして、世界にデビューしようというのが、この講義の目的です」(久保田氏)

 もう1つは、“見る力や聴く力”に長けた学生たちが、手で描く代わりにコードを書くことで、新たなアートの可能性が広がるのではないかという期待感だ。「言葉で表現できないことを表現したいから絵を描いたり音を作ったりするわけで、そこはなかなか他人と共有できない。自分でコードを書くことで、“共有できない何か”をクローズアップできると思ったのです」(久保田氏)

 エンジニアやプログラマーは、アートの観点から見たり聴いたりするトレーニングを積んでいるわけではなく、そこが美大生の強みになると久保田氏。「学生たちは、“どういう色や形、音にするか”といった感覚が優れている。それがコードを書くことに結びつくと、面白いものが生まれるのではないでしょうか」(久保田氏)

 この授業の前身となったのは、昨年、情報デザイン学科で行ったiPhoneアプリ開発のワークショップだったと久保田氏。学生からの反響は思いのほか大きく、教える側としてももっといろいろなやりかたがあるとイメージがふくらんだことから、全学への開放を決めたという。

 新たな発想のアプリケーションが次々と登場するiPhoneは、多摩美術大学の学生にとっても興味深いデバイスだったようで、新年度から始まった「“iTamabi”−iPhoneアプリ開発プロジェクト」には、定員20人のところに100人を超える応募が集まるなど、活況を呈している。

Photo iPhone向けにはインタラクティブなアート作品が多数リリースされている。左は授業で紹介された「Bloom」。画面をタップするとさまざまなパターンやメロディが生成される。右は授業で創造的なiPhoneアプリの1つとして紹介された「Record Makers」

プログラムが得意な人も苦手な人も“みんな一緒に”

Photo 授業の様子。学生はiPhone SDKを使ってプログラミングを学習する

 月曜日の夕方、学生たちが情報デザイン棟2階の教室に集まってくる。この授業は学年や学科を問わず参加できるPBL(Project Based Learning)科目という位置付けで、参加する学生の学年や所属学科はさまざま。しかし、iPhoneを使ったアート表現やUIの可能性を追求したいという思いは共通だ。

 授業の参加条件は、iPhoneやiPod touch、Macの基本的な使い方が分かっていることと、プログラミングに興味があることの2点で、プログラミングの経験がなくても参加できる。Objective-Cを学んでいちからアプリを開発するのではなく、クリエイティブな部分のみをコーディングすることでアプリを開発できるプログラミング環境「openFrameworks」を利用するからだ。

 openFrameworksはプログラミングの専門知識がない人でも、アイデアをソフトウェア上で形にできるよう設計されており、授業では音やカメラ、地図を使ったアプリなどを作成しながら、オリジナルアプリの開発を目指す。

Photo 5月24日の授業ではiPhoneの内蔵カメラで撮影した画像に、エフェクトをかけるアプリの開発方法を教えていた

 ただ、いくらopenFrameworksが表現者にとって使いやすい開発環境といっても、やはりプログラミングには得意、不得意がある。講義を担当する非常勤講師の田所淳氏は、学生たちが同じスピードで理解するのが難しい面もあり、授業は毎回、試行錯誤の連続だと話す。「できる人にとって歯ごたえがない授業になるのも困るし、できる人だけにフォーカスして授業についていけない人がでてしまうのは、もっと困る」(田所氏)というわけだ。また、中には授業を受けているうちに、自分はプログラミングに向いていないと感じる学生もおり、そういう人でも興味を持ち続けられる講義にするためには、さまざまな工夫が必要になるという。

 久保田氏は、こうした問題を解決するのが「Do It With Others」(みんなと一緒に)という考え方だと話す。ある表現をうまくコード化できないときにはアイデアを出し合い、プログラミングが得意でない人はグラフィックやアイコンなどの作成でアプリ開発に協力する――といった具合に協力しながら、アプリを作っていこうというのだ。

 講義には専用のメーリングリストが用意され、学生たちは互いに質問したり協力したりしながら、アプリ開発にかかわる課題を解決できる。実際に顔をつきあわせてコミュニケーションできる場もあったほうがいいということで、「ハッカースペース」も設置され、学科の枠を超えたコミュニケーションの場として機能しているという。

Photo 久保田教授(左)と非常勤講師の田所淳氏

目標は“多摩美アプリ”の公開

 久保田氏がこの授業の目標とするのは、多摩美術大学発のiPhoneアプリを開発し、App Storeに公開することだ。青山学院大学を皮切りに、さまざまな大学がiPhoneを導入し始めているが、まだ日本では、iStanfordやMIT Mobileのような大学発のiPhoneアプリは登場しておらず、一番乗りを目指す。

 もう1つの目標は、iPhoneアプリを使ってメディアアートのすそ野を広げることだ。この講義の内容やサンプルコードは一般に公開されており、志を同じくする人は誰でも学ぶことができる。すそ野が広がれば広がるほどいろいろな文化が入ってきて、メディアアートがさらに面白くなるのではと久保田氏は期待を寄せる。「ストリート発のグラフィティアーティストやDJが、アートをより楽しく刺激的なものにしました。プログラミングの世界にも、そんなプログラマーが出てきてほしいと思うのです。僕らもWeb上のリソースで学んできたわけですから、ここで恩返しをしたいと思っています」(久保田氏)

アーティストは先進ユーザー、うまく使ってほしい

 アイデア次第でさまざまな可能性が広がるiPhoneが人気を博したことからスマートフォン市場が活性化し、昨今ではiPadやAndroidケータイなどの新デバイスも次々と登場している。久保田氏は、こうした新たな機器も講義で扱ってみたいという。

 「iPadは、iPhoneと同じソースで書き出せるので、いろいろ試し始めました。解像度が高く、画面も大きいので面白いことができそうです。Androidはオープンソースであることや、(Webブラウザの)Chrome上でいろいろなアプリを展開しようという動きがあることなど、別の意味で面白い。openFrameworksも、最近Android対応版がリリースされ、今後の展開が楽しみです」(久保田氏)

 学生たちには、こうした新たな機器を通じて“技術の使い方”を提案できるようになってほしいと話す。日本のもの作りは、“技術が先にありき”になりがちで、サービスがそれに追いついていないことも多い。久保田氏は、社会が“使い方のプロ”であるアーティストをうまく使うことで、技術にマッチしたサービスを生み出せるのではないかとみている。「企業の人には、アーティストは先進ユーザーだと思ってほしい。彼らが新技術をどう使うかは、きっとサービスや製品作りのヒントになると思います」(久保田氏)

記事中のアプリ

  • App Storeで「Bloom」をダウンロードする(リンクをクリックするとiTunesが起動します)
  • App Storeで「Record Makers」をダウンロードする(リンクをクリックするとiTunesが起動します)


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