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» 2014年03月24日 18時00分 UPDATE

小寺信良「ケータイの力学」:中学校の情報モラル教育(2)

学校での情報教育は過ちを犯さないような予防的な意味合いが強い。しかし起こってしまった問題をどう解決するかも重要だ。その後のネット利用にも影響が出てしまうからだ。

[小寺信良,ITmedia]

 前回に引き続き、中学校でのネット教育について考えていく。現在、中学生に起こりうるネットの問題は、大きく3つに大別される。

1.ネット側からの侵入

 携帯電話と違い、スマートフォンでは自分の意志でアプリをインストールすることが可能だ。この前段階には利用規約への同意や、アプリがアクセスする内部データの範囲への同意が必要なのだが、中学生にそれらの同意責任を問うのは正直難しいと思う。さらに言えば、アプリの挙動はインストールしてみないと分からないため、試しに入れてみるということは、大人でもありうる。

 具体的には無料ゲームなど子供の関心が高いようなアプリが、本来の機能以外のものを隠し持っており、内部データを外部に送信してしまうような事例が考えられる。電話帳データやGPSによる現在位置などが知らない間に送信されるわけだが、それによってどのような被害が自分に降りかかってくるかが直接的にわかりにくいため、長期間気がつかずに放置される。

 フィルタリングは保護者と事業者が責任を持つ事になっているが、ウイルス対策にはあまり関心が持たれていないのではないだろうか。またOSレベルでのセキュリティ対策についても、機種やOSバージョンごとに個別具体的な指導になるため、一括教育が難しい部分だ。

2.マナーと発言責任

 TPOに応じたスマートフォンの利用マナーは、学校で指導しやすいものの一つであろう。マナーモードへの変更、カメラ撮影の可否、ながら利用の禁止などは、ハードウェア利用を通して、社会との関わり方を指導するという側面がある。

 また情報発信に対する責任も、授業の中で取り上げやすい部分だ。ネットの書き込みが原因となった事件は過去から数多くあり、重点的に指導されている。

3.スマホ依存

 依存に関しては、非常に多くのジャンルがあることはすでに過去の連載で述べた通りだが、中学に限らす青少年に対する問題で注目されているのは、つながり依存とも言われる、コミュニケーションに対する依存である。

 とくに事件性はないものの、コミュニケーションがいつまでも終われないという問題は、インターネットユーザー協会(MIAU)がネット教育に取り組み始めた2008年頃でもすでに問題提起されていた。当時は主にショートメールのやり過ぎであったが、現在はそれがコミュニケーションサービスに形を変えたわけだ。

 しかしこれ以外にも、スマートフォンではネット動画視聴、音楽鑑賞、マンガ鑑賞、ゲームといった機能があり、子供が好きそうな遊びがすべて1台に入ってしまった。それらがバラバラのメディアであった時は、どれか一つに対して依存とは言わないレベルであっても、3つ4つの要素がすべてスマホに集まるため、スマホに依存しているように見えるケースもある。

校内で可能な指導形態

 学校での情報モラル教育は、そもそも「過ちが起こらないように」という予防的意味合いが強い。その一方で、実際に問題が起こってしまった場合の指導もある。これらをどういう切り口で指導するのか。ポイントを整理すると、以下のようになる。

photo 中学校におけるネット問題への取り組み

 情報モラル教育は各教科担当がそれぞれの授業内に取り入れる事になっているが、学級担任が個別に問題を把握するのは、生徒側からクラス内の問題として、あるいは学校内の問題として報告されてくるケースだ。一方いじめや孤立化といった問題は、担任側から気づくケースもあるだろう。ただこれは、ネットの問題が顕在化した結果ではない。因果関係としては、逆である。これに関しては、以前のコラムで指摘した通りだ。

 他方で子供達のネットの問題解決に大きな役割を果たしているのが、養護教諭である。最初は体調不良など、健康上の問題として生徒が訴えてくるところからスタートするが、問題を整理してみると、その背景にネットのトラブルや依存の問題を孕んでいるケースが増えている。相談の段階では、生徒自身もネットの問題であると認識していないこともある。

 生徒の精神的な問題を担当するスクールカウンセラーは、学校や保護者と利害関係がない、外部の人間であることが前提となっている。これは生徒が相談しやすいための配慮であるわけだが、1人で複数の学校を掛け持ちするなど常駐しているわけではないため、生徒が相談のチャンスを逃すというケースも見られる。ただ最近では、自治体によっては常駐を目指すところも出てきている。

 またこれら個別相談事例にはプライバシーがあり、すべてが学校側全体に情報共有されるわけではない。従って、すぐに全体指導にフィードバックされることを期待するわけにはいかない。

 全校集会による一括の生徒指導では、どうしても一方的な情報投下になるため、訓示的な内容になりがちだ。またそこで指導する事例も、新聞・テレビなどで顕在化した具体的な事件の話にならざるを得ない。そもそもメディアでは、極端な事例しか報道されないため、どうしても生徒達のリアルから遠い話に聞こえてしまうという難点がある。

 ネットの問題はさまざまある。まだ問題が起こる前は、どの問題が降りかかるか分からないため、全体の話を一括指導しか手段がない。一方起こってしまった問題は本当にさまざまなので、個別対応していくしかない。

 学校問題は、個別指導案件が増えていくと、養護教諭やスクールカウンセラーの担当可能量を超えてしまう事である。そもそも生徒に起こったネット問題を、学校側が全て処理するには無理があり、本来解決を担当すべきは家庭だ。だが家庭側にそもそもの原因があるなどの場合、結局は目の前にいる生徒をほっておけない先生が時間外で問題の解決に取り組まざるを得ないケースも出てくる。

 これが一般社会の問題であれば、社会全体や地域で子供達の安全・安心の取り組みを行なうべきところだが、ネットの問題は専門性が高いところがあり、誰でも問題に取り組めるわけではない。これまでネット企業の社会貢献事業によって前進してきた部分もかなりあるが、ネット業界も経営状況により、社会貢献事業から撤退するところも出てきている。

 中学生のネットのトラブルは、おそらく人生で最初に遭遇するタイプの問題であるが故に、最初をうまく解決してやらないと、後々のネットのポジティブな利用に影響を与えてしまう。情報モラル教育の成果が現われるまでの数年、個別の問題を誰が担うのかが、厳しい現実として突きつけられる事になる。

小寺信良

映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は、ITmedia Mobileでの連載「ケータイの力学」と、「もっとグッドタイムス」掲載のインタビュー記事を再構成して加筆・修正を行ない、注釈・資料を追加した「子供がケータイを持ってはいけないか?」(ポット出版)(amazon.co.jpで購入)。


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