教育のIT化を再考する(1)小寺信良「ケータイの力学」

» 2014年02月03日 12時15分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 2010年から11年頃にかけて、電子教科書導入の議論が盛り上がった時期がある。「すでに他国では全面移行した国がある、日本はいつまでも紙で大丈夫か」という論調が主であった。

 文科省では、現行制度からの移行期間も含めて2020年頃には導入という絵を描いているが、教科書会社や情報端末メーカーなどでつくる「デジタル教科書教材協議会」(DiTT)では、それでは遅すぎるとして2015年導入を提言してきた。しかし紙ではなぜいけない的な反論もあり、思うように進んでいないのが現状だ。

 紙派の主な意見としては、

  1. 導入コストを誰がどう負担するのか
  2. 紙の使い勝手を超えられるのか
  3. 先生が使えない

 といったところである。筆者は個人的には電子教科書導入推進派だが、特に3番の、先生が教科書のページもめくれないようでは、制度として一斉導入はどうだろうかと二の足を踏む。

 そもそも、教育をIT化することの目的は何か。言うまでもなく、学習の効率化である。だが効率化する先には、どういう人材を育成すべきかというビジョンがあるはずだ。筆者が思うにそれは、“自分で考えて答えが見つけられる人間になって欲しい”という事であろう。端的に言うならば、同じ水準のことができる人材を大量に輩出するよりも、今の社会からは創造的な人材が求められている。創造的と言うことはオリジナルという事なので、画一的とは逆の方向を向いていると言うことである。

 だがそれは、教科書を電子化するぐらいで実現できるのだろうか。現在の電子教科書の方向性は、紙派への配慮もあって、限りなく紙に近いものが求められすぎている。

 学習するべきものを、理解して頭に入れるということは、教科書を丸ごと暗記する事とは違う。教科書は方向性を示すだけで、個々の授業は先生の裁量に大きく依存しているのが実情だ。

IT化はまずノートから

 先日、中高大まで一貫の学校の先生に取材している時に、興味深い話を聴いた。学生のノートは、高校までは紙だが、大学に入ると皆PCになるという。これは大学でレポートの提出や履修登録、あるいは授業の資料を手元にダウンロードして見るなどで必要になるので、入学までにノートPCを購入するよう保護者に求めているという。

 高校まで紙のノートで、大学からいきなりPCで授業のノートが取れるものだろうか。当然これには人によってばらつきがあり、長い子だとPCでノートが取れるようになるまで、1年程度かかるという。それだったら、授業ノートを先にIT化するべきではないのだろうか。

 現在、ノートの取り方を指南する本は多い。また学校でもノートの取り方はたびたび指導しているという。自分で理解できるノートとは、単に先生が板書したものを丸写しするのではなく、学習内容の構造を理解し、頭の中を整理するために様々な要素を入れる。例えば色で囲ってみたり、大きく書いてみたり、線を引いて関連付けをしてみたりといった具合だ。

 だがそういうものならば、紙にフリーハンドで一生懸命書くより、気の利いたアプリを使った方が全然効率がいいのではないか。高校生ぐらいからなら、年齢的にも難しくはないだろう。最終目的が、綺麗なノートが手書きできることよりも、理解できて頭に入ることなのであれば、多様な方法があっていいはずである。

 例えば昔から思考をまとめるのによく使われているMind Mapは、学習にも効率がいい。さらに項目を入れ替えたりまとめなおしたりする作業も簡単で、関連性の発見にもつながりやすい。さらには問題点や疑問点も見つかりやすい。脳内で構築されている論理回路に近いものができるように思える。

 あるいはアウトラインプロセッサのようなものを活用したり、手書きがいいという人ならNote AnytimeやOne Noteなどの優れたアプリもある。勉強法が多種多様あるのだとすれば、当然理解の方法も多種多様あってしかるべきだろう。また、いいノートができたらクラスでシェアしたり、みんなで追記していったりといった、コラボ学習も可能になるのではないだろうか。

 こういう提案をすると、大抵は手書き擁護派から袋だたきに遭う。それは、手を動かして書いた方が頭に入るとか、手書きの方が早いという根拠であろう。だがこれまで、思考支援系のアプリと手書きの学習効率が比較されたことはないはずだ。

 学校教育では、「みんな同じ」でなければならないというかたくなな思想がある。もちろん学習のチャンスは公平にあるべきだが、その中でもノートは各子供の裁量に任せられている部分である。タブレットの導入に踏み切る学校も増えてきているが、教材がなかなか付いて来ない現状もある。それならまず、ノートをIT化するとどうなるか、試す価値はあるように思う。

小寺信良

映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は、ITmedia Mobileでの連載「ケータイの力学」と、「もっとグッドタイムス」掲載のインタビュー記事を再構成して加筆・修正を行ない、注釈・資料を追加した「子供がケータイを持ってはいけないか?」(ポット出版)(amazon.co.jpで購入)。


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