続ける理由:感動のイルカ(2/2 ページ)
一緒に起業した宮本や山崎は辞めていった。迷惑をかける周囲の関係者に頭を下げる主人公の猪狩浩。だが、残った仲間もいる。息子も産まれた。彼らのためにも会社を続けなければいけない。
自宅兼事務所のアパートから徒歩5分のところに、大家の家はあった。田所牧江という未亡人が1人で住んでいた。30坪ほどの庭付きの一戸建ては、1人で住むには少し広すぎる感じもしたが、玄関も庭もいつも小ぎれいに片付いている。
浩は、重い気持ちで、門のチャイムを鳴らした。
「営業ならお断りだよ」
「あ、猪狩です。すみません。お話があって来ました」
「いい話なの?」
「いや、あまり……」
「なんか深刻そうだねえ。まあ、お入りなさい」
玄関で立ち話もなんだからと、客間に通された。牧江がお茶とお菓子を持ってくる間、浩はどう切り出そうか一生懸命考えていた。
「家賃、払えないんだね?」。牧江はにっこりしながら切り出した。
「え? なぜ、分かるんですか?」
「あんたの3倍ぐらいは生きてるんだ。バカにしないでおくれ。店子が大家の家に深刻そうな顔でやってくるんだ。それしか用事はないだろう。それともお中元でも持ってきてくれたのかい?」
「いや、まあ、その通りです。申し訳ありません」
「あんた偉いよ」
「え?」
「家賃が払えなくても、そうやって謝りに来る人はほとんどいないってこと」
「そうなんですか?」
「そうなんだよお」
「はあ……」
「どんなことでもさあ、自分に落ち度があったら、先に謝ったほうが勝ちなんだよ。逃げたら負け。敷居の高い人ばかりがどんどん増えていって、味方は誰もいなくなっちゃう。そうなる前に正直に話をしにいけば、たいがいの人は許してくれるよ」
そういうものなのだろう。浩の頭の中には、何社かの取引先の顔が浮んだ。全部謝りに行こう。
「それより、あんた奥さんにいろいろ言われてるんじゃないの」
浩は、言葉でなく苦笑いでその問いに答えた。
「事業やってるんだったら、財布のひもは奥さんに握らせちゃダメだよ。そうでないといざというとき勝負できなくなる」
「大屋さんは、女の味方じゃないんですか?」
「あたしは、いつだって女の味方さ。しょうもない男をたくさん見てきたからね。で、しょうもない男に限って、財布を握られてるのさ。自分で金を管理できないんだね」
「だけど、うちは経理が妻なもんで」
「会社の経理はいいのさ。あんたの自由になる金のことだよ。それをきちっと自分で管理なさい。それができないうちは1人前になれないよ」
なんだか深すぎて良く分からなかったが、なるべくそうしようと浩は思った。
「まあ、いつでも相談においで。おなかが減ったら、ご飯ぐらい食べさせてあげるからさ」
取引先に関しては、牧江の言うとおりだった。正直に事情を話すと、ある時払いでいいようという相手が大半だった。
それに甘える気はなかった。期限を決めないとズルズルしてしまう。場合によっては共倒れだ。浩は3カ月後には支払うと決めて、すべての取引先の承認をもらった。
これで多少は余裕ができる。今のところサラ金などへの借金はない。とにかく法人化して、銀行からきちっと金を借り、認可も正式に取得することにした。今はそれしかない。
著者・森川滋之のメルマガについて
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著者紹介 森川滋之(もりかわ・しげゆき)
ITブレークスルー代表取締役。1987年から2004年まで、大手システムインテグレーターにてSE、SEマネージャーを経験。20以上のプロジェクトのプロジェクトリーダー、マネージャーを歴任。最後の1年半は営業企画部でマーケティングや社内SFAの導入を経験。2004年転職し、PMツールの専門会社で営業を経験。2005年独立し、複数のユーザー企業でのITコンサルタントを歴任する。
奇跡の無名人シリーズ「震えるひざを押さえつけ」「大口兄弟の伝説」の主人公のモデルである吉見範一氏と知り合ってからは、「多くの会社に虐げられている営業マンを救いたい」という彼のミッションに共鳴し、彼のセミナーのプロデュースも手がけるようになる。
現在は、セミナーと執筆を主な仕事とし、すべてのビジネスパーソンが肩肘張らずに生きていける精神的に幸福な世の中の実現に貢献することを目指している。
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