iPadはカジュアルな新しいインターネット端末であると同時に、強力なデジタルコンテンツプレーヤーでもある。9.7インチのIPSディスプレイとマルチタッチ対応タッチパネルの組み合わせは、さまざまなメディアコンテンツの利用に適している。iPad向けコンテンツビジネスは、いま最もホットな話題の1つである。
その中でも特に注目されているのが電子書籍分野だろう。iPadはAmazonの「Kindle」のような電子書籍端末ではないが、Appleが、北米でのiPad発表時に新サービスの1つとして、電子書籍と電子書籍配信サービス「iBook Store」を掲げたことで、iPad向けの電子書籍ビジネスは日本でも注目されている。例えば、講談社は20日、作家・京極夏彦氏の新刊をiPad向けに販売すると発表。主婦の友社や双葉社など複数の出版社が、iPad向け電子書籍ビジネス参入を表明している。
iPadはiPhoneと比べて画面が大きく見やすいため、確かに電子書籍や電子コミックとの相性はよい。またモノクロ表示しかできないKindleと違い、iPadはカラーで写真や動画をふんだんに使った表現が可能なため、電子雑誌やフリーペーパー、通販カタログなどのiPad対応は着実に進みそうだ。
しかし、誤解を恐れずにいえば、電子書籍はiPadの可能性のほんの一部に過ぎない。iPadを使うと、それがよく分かる。
iPadはアプリやWebサービスによって多彩なメディアコンテンツを扱うことが可能であり、それらを高いクオリティと快適な速度で動かす基本性能の高さを持っている。さらにコンテンツを安全に配信し、手軽に購入・決済できるiTunes Storeの仕組みもある。AppleはiPodで「音楽」を、iPhoneで「ケータイゲーム」のビジネスモデルを変えて市場を席巻したが、iPadでは電子書籍だけでなく、ゲームや映像のコンテンツ市場も大きく変えるポテンシャルがあるのだ。
とりわけ筆者が注目しているのが、ゲーム市場におけるiPadだ。今でもiPhoneが携帯ゲーム市場で注目されているが、iPhoneは限られた画面サイズの中でタッチパネルの操作をしなければならず、ゲームのジャンルや内容によっては“使いにくい”と感じるものもあった。しかしiPadは、画面サイズが大型化したことでタッチパネル操作でも無理なくゲームを楽しめる。さらにA4プロセッサによる処理能力や描画能力は、据え置き型の家庭用ゲーム機にも迫る高さだ。これまで据え置き型の家庭用ゲーム機、特にリビングルームにおけるゲーム機の市場は、任天堂やソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)、マイクロソフトの3社が支配していたが、iPadは「据え置き型ゲーム機並みのクオリティで、持ち運べる端末」として、携帯ゲーム機と据え置き型ゲーム機の中間に新しい市場を作ることができそうだ。
一方、映像コンテンツプレーヤーとして見ても、iPadは大きなポテンシャルを持っている。720p(1280×720ピクセル)のハイビジョン映像が再生可能であり、北米のiTunes Storeでは、ハリウッド映画やテレビドラマの配信/レンタルのサービスが実施されている。しかし、日本ではAppleの映像配信サービスがミュージッククリップ程度しか用意されておらず、映像分野におけるiPadの実力が発揮できる環境にないのは残念なところだ。日本でもiPad向けに映画・TVなどの映像コンテンツ配信サービスが始まれば、iPadはインタラクティブでパーソナルな「21世紀の新たなTV」になり得ると感じている。
iPadのエンターテインメント機能はすこぶる高く、音楽・ゲーム・映像といったiPad向けコンテンツが充実すれば、家庭内における最強のエンターテインメントマシンになる可能性すらある。またネット利用を前提にし、リビングルームからモバイルまで利用環境を選ばないというiPadの特性は、今後のコンテンツビジネスとの方向性とも合致している。iPad向けのコンテンツ市場は今後の注目であり、ともすればエンターテインメント市場の構造を変える黒船にもなりそうだ。
「Appleは携帯電話を再発明する」――。
これは初代iPhoneの発表時に、AppleのCEOスティーブ・ジョブズ氏が語った言葉だ。これになぞらえるならば、iPadは、21世紀のライフスタイルにおいて「コンピューティングの在り方を変えて、人々とネットとの接し方を再発明する」力を秘めている。Appleは、Mac、iPod、iPhoneと、コンピューティングの世界を再発明してきたが、iPadはその4番目の再発明になり得る。
むろん、iPad単体で見れば、コンテンツやアプリ、対応サービスは拡大の途上にあるが、それでも実際に触れば、Appleの狙いとそこに秘められた革新性はすぐに分かる。まずはアップルストアの店頭などで「iPadを触ってみる」ことをお勧めする。
iPadの日本発売まで、あと2日。悩む時間もあと少しだ。
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