JR脱線事故からマネジメントを学ぶ何かがおかしいIT化の進め方(20)(4/4 ページ)

» 2005年09月13日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]
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本社と現場のギャップを解消するのは、本社側からしかできない

 JR西日本の前身である国鉄は、上意下達型組織であるお役所であり、本社採用のエリートと現場には、距離のある組織だったのだろう。民営化までの長年にわたって、労働組合と経営陣の間で、労使紛争の絶えない状況が続いていた。現在の会社の経営幹部には、労務畑出身者が多い。現場と本社の間に不信感を引きずってきていたかもしれない。本社と現場の間で人の交流がなければ、意思疎通も難しい。意思決定者に正しい情報を伝えるべき立場の本社スタッフは、現場の実態をどこまで把握できていたのだろうか。

 自分のところは労使紛争もないし、関係ないとお思いかもしれないが、問題はトップ・本社と現場の間の意思疎通を阻害する意識のギャップや不信感である。ここ10年、多くの会社が経営改革と称して、トップダウン・本社主導でいろいろな施策を、現場の立場からすれば相当強引に進めてきた。本社側にすれば必要な、あるいは生き残るためにやむを得ない施策であり、現場にもよく説明して理解を得ていると思っていても、一方的に不利益を押し付けられたと思っている現場側は、簡単には納得できていない場合がよくある。現場側は受け身の立場である。納得できなければ、面従腹反しかなくなる。

 本社のIT企画からは“改革の遅い現場”と、多少見下したようなニュアンスの不満を、また、子会社や実務の現場からは、現場の実態を理解しない本社に対する怒りを交えた声を聞くこともある。予定どおりのコストや工期で完成する開発プロジェクトは、100人月以上の規模では約1割、100人月未満の規模でも2割強(JUAS、企業IT動向調査報告書2005年版)とある。本社は「PMやSEの能力不足」といい、現場は「最初から無理な計画」という。こんなことが常態化している。普通の常識からすれば「一体どうなっているのか?」といった放置できないはずの状態であるのだが……。これでROIが計画値からどれくらい悪くなっているかを計算してみたことはあるだろうか。

 本社と現場に意識のギャップがある場合や信頼感が十分でない組織では、問題が発生すると現場の管理・統制の強化に走りがちである。短期的にはそのような方法が必要な場合もあるが、投入するエネルギー対効果といった見方をすれば、余り得策とは思えない。膨大なエネルギーを掛けて大量のマニュアルや規則を作っても、現場の実態から懸け離れた内容になりがちだ。机上で作られたものは、内容が立派なほど消化不良を起こして実効性に乏しい。現場は罰則逃れの言い訳に知恵を使うようになる。問題はなかなか解決されない。

 状況に応じた応用動作ができるためには、目的の説明や考え方の基本について共感・納得の得られる説明の方が大切だと私は思う。目的と価値観が共有できていれば“あうんの呼吸”で進められることも多い。こういう古い言葉に抵抗があるなら打てば響く“自律組織”といい換えればどうだろう。これは極めて効率的な運営を可能にする。誇れる暗黙知になる。

 レベルや規模を問わず組織には共通の問題がある。学ぶ対象には事欠かない。ほかの分野や社外で起こる問題を、自分の問題に置き換えて考えてみると勉強になることが多い。

コーヒーブレーク

 関西のある私鉄では、新入社員は全員が訓練を受けて運転士を経験することになっている。子供のときから電車が大好きでこの会社に入り、経営トップにまでなった人がいる。この人は毎日、運転士の隣に陣取って通勤していたそうだ。

 「出発進行!」などと叫ぶ偉い人が隣にいては、運転士にとっては大変迷惑な話だろうが、周りがいろいろいっても、これだけはやめなかったらしい。しかし、こんなトップがいれば、本社のスタッフは現場の実態に関心を持たざるを得なくなる。当人は、たった1つのわがままのつもりで、子供のときからの夢である「電車ごっこ」を本物の電車でやっていただけかもしれないが……。


profile

公江 義隆(こうえ よしたか)

ITコーディネータ、情報処理技術者(特種)、情報システムコンサルタント(日本情報システム・ユーザー協会:JUAS)

元武田薬品情報システム部長、1999年12月定年退職後、ITSSP事業(経済産業省)、沖縄型産業振興プロジェクト(内閣府沖縄総合事務局経済産業部)、コンサルティング活動などを通じて中小企業のIT課題にかかわる


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