携帯ショップの営業停止も――通信キャリアの“違法キャッシュバック”問題に揺れる韓国(1/2 ページ)

» 2014年08月27日 13時05分 公開
[山根康宏,ITmedia]

 端末販売時の割引金額に上限が制定されている韓国。だが実態は各通信事業者が顧客獲得のためそれを超える違法な補助金を支払うことが通例化している。韓国の行政当局は不公平な販売競争を是正するため、違法行為を行った事業者に対し一定期間の営業を停止させるという思い切った罰則を与えた。しかしそれでも違法補助金はなくならなかったのである。

事業者の営業を強制的に停止――その理由は違法なキャッシュバック

 韓国の放送通信委員会は、SK TelecomとLG U+の2社に対し、8月と9月に1週間ずつの営業停止制裁を決定した。予定される停止期間は2014年8月27日から9月2日と、9月11日から9月17日まで。この間は店舗での新規契約やMNP受け入れ、機種変更などが禁止される。営業停止は両者の直営店や代理店だけではなく、各社回線を扱う総合代理店でもSK TelecomとLG U+の新規手続きは一切不可となる。これは2014年の初めに両者が端末購入者に対し違法な補助金を提供したことへの制裁処置だ。また、両社ともう1社のKTには課徴金も科せられ、その金額はそれぞれ166億5000万ウォンと82億5000万ウォン、そしてKTが55億5000万ウォンと3社合計で合計304億5000万ウォン(約31億円)となる。

 韓国の携帯電話の販売方法は日本とかなり類似している。携帯電話は通信事業者が販売し、消費者は回線契約と端末をセットで購入、そして料金プランに応じて端末の割引が受けられる。街中にはSK Telecom、KT、LG U+各社の直営店や代理店が店を連ね、繁華街では契約者獲得のために店同士が激しい営業合戦を行っているのも日本と同様だ。アジアやヨーロッパで見られるような、回線契約(SIMカード)だけを通信事業者で契約し、端末はメーカーブランド品を単体で購入する、という販売方法はほとんど行われていない。

 一方で、日本とは大きく異なる部分もある。まず端末は事業者ブランドではなくメーカーブランドで全て販売されている。つまり事業者が自社専用モデルとして自社ブランドとして販売するのではなく、メーカーが事業者向けにアレンジを行ったメーカー端末が販売される。一例を挙げればサムスン電子のGALAXY S5はSK Telecom向けが「SM-G900S」、KT向けが「SM-G900K」、LG U+向けが「SM-G900L」と、同じ型番で末番に事業者認識のアルファベットが付与されて販売される。製品の違いはバッテリーカバーにある事業者のロゴと、端末内部の初期アプリ、そしてLTEなどの通信方式のアレンジ程度だ。日本のように各通信事業者が自社の型番をつけることはないのである。

 韓国では端末の発表会もメーカーが独自に行い、どの事業者に対応するかもメーカーが発表する。日本のように事業者が、本来ライバル関係にある各メーカーの端末を集めて合同で製品発表会を行うことも、韓国では見られないのだ。

photophoto 料金や最新サービス、端末などの広告を店頭に掲げるU+ Square(LG U+店舗)。どことなく日本のショップと雰囲気が似ている(写真=左)。3事業者を扱う代理店も街中の至る所にある。大都市では地下鉄の地下街にも多数見られる(写真=右)

 また、韓国の端末にはSIMロックがかかっていないので、例えばSK Telecomで購入したスマートフォンに、KTのSIMカードを入れてもそのまま利用できる(端末の通信方式の周波数が適合する場合)。もちろん事業者で購入したスマートフォンを海外へ持って行って、現地のSIMカードに入れ替えて使うことも可能だ。ドコモのように後から顧客が費用を払ってロック解除を依頼するのではなく、事業者が最初からSIMフリーの状態で端末を販売しているのである。

 そして日本と最も大きく異なるのが通信事業者の端末補助金への制限だ。日本では家族全員でMNPを行えば数十万円、といった多額のキャッシュバックが話題になったことがある。韓国でも事業者側が端末販売時に補助金を支出し、端末を割引して販売している。だがその補助金はガイドラインとして1契約当たり最大27万ウォン(約2万7460円)と定められている。韓国では最新スマートフォンの定価が100万ウォン(約10万円強)と諸外国より高いケースが多いが、正規に補助金を受けても日本円で7万円程度までにしか割引されないのだ。端末の値段を下げられない分はさまざまなギフトを配ることでお得感を出そうとしており、事業者や代理店の店頭にはカップラーメンや化粧品などが山積みされている光景も珍しくない。

photophoto 事業者店舗のLG G3のポスター。事業者独自のものではなくメーカーのものがそのまま掲示される(写真=左)。住宅街のT World(SK Telecom)店舗。店頭には洗剤、ティッシュ、掃除機、買い物カートが山積み。いずれも新規契約時の贈答品だ(写真=右)

 8月末から9月のSK Telecom、LG U+への営業停止は、この補助金を2014年初めにガイドライン以上に提供し、50万ウォンや70万ウォンといった高額な端末割引を行ったことに対しての制裁だ。通信事業者の違法行為に対し営業停止という強制命令を下すのはやりすぎかもしれない。だが、すでに韓国では2014年になって2回の営業停止措置が取られており、今回は3回目となるのだ。2014年で2回目となる、3月27日から5月18日までの45日間にもわたる営業停止措置は、韓国の通信市場でも最大規模なものだった。

45日間の営業停止効果は意味があったのか?

 韓国ではスマートフォンの普及率も携帯電話普及率も高く、携帯電話事業者3社間の顧客の争奪合戦が過熱化している。だが各社が自由に端末の割引販売を行えば資本力に勝る事業者が一人勝ちしてしまう。そのため3社が公正な競争を行えるよう、端末割引の補助金が27万ウォンと制定されている。だが現実にはこのガイドラインを超える補助金の支出が日常的となっているのだ。

 とはいえ、実店舗で堂々と「端末半額」や「補助金50万ウォン」といった広告を出すことはできない。そのため高額な補助金の告知はネットを使って行われる。ソーシャルサービスやBBSで夜中にこっそりと告知され、朝までには消し去るというゲリラ的な手法で行われているのである。消費者は情報を見るや夜中に代理店へと急ぎ、真夜中にも関わらず大行列ができる光景も珍しくない。

 中でも記憶に新しいのは、2014年2月の「大乱」である。211大乱、218大乱、228大乱などとも呼ばれるそれらの各日、サムスン電子のGALAXYシリーズやiPhoneまでもが激安価格で販売されたのだ。違法な補助金を受けても3〜4万円するこれらの機種が、この大乱の各日は1万円を切る価格で販売されることもあった。日本ではさまざまなオプションを付けることで「iPhone無料」も日常的なことであるが、そのiPhoneにはSIMロックがかかっており事業者専用品となる。これに対して端末の最大割引が約2万7000円と固定されている韓国ではiPhoneが数千円で買えることは滅多にないのである。しかも韓国のスマートフォンは全てSIMフリーで販売されている。

photophoto 事業者の店舗には様々なPOPが目立つが、補助金が一定額と決まっているためか端末の割引を書いたものはない(写真=左)。正規の端末も補助金と各種サービス加入割引などに留まる。違法な補助金は店頭ではなくネットを使って告知される(写真=右)

 この大乱はもはやこっそりと行わるというレベルを超え、一般ニュースが連日大きく取り上げるほど大々的なものだった。そしてこの過度な競争を問題視した行政側は3事業者に制裁を行うことを決定したのである。それは3社それぞれに45日間という、過去にない長期間の営業停止命令だった。3社が営業停止を受けた期間は2014年3月から5月の間。各社の営業停止期間は時期をずらし、2社が営業を停止、その間は1社が営業を行えるようにした。これは2013年1月から3月にも行われた3社の営業停止措置の時、1社ずつを営業停止にしたため残る2社の顧客争奪合戦がかえって激化したことを踏まえての調整だった。また韓国は3月が新学期となるため、その時期に3社とも全社を営業停止にすることも見送られた。

 3社の営業停止時期は以下の通り。

  • SK Telecom……2014年4月5日〜5月19日
  • KT……2014年3月13日〜4月26日
  • LG U+……2014年3月13日〜4月4日および4月27日〜5月18日

 営業停止期間中は新規契約と機種変更の受付は不可、ただし2年以上契約顧客のみ機種変更は可能だった。また契約業務が停止されるだけで、店舗そのものの営業は行える。とはいえ3社を扱ってなんとか生計を立てていたような小さい代理店は、45日間中、常に1社しか扱えず、来客も見込めないことから長期の閉店や倒産するところもあった。週末は多くの来客でにぎわうITモールの携帯電話フロアも、この期間は閑古鳥が鳴いていた。

 一方、通信事業者の店舗では営業休止期間中も激しい顧客の客寄せ合戦が見られた。来店するだけでギフトを配ったり、あるいは店舗店頭でイベントを開催するところもあった。また営業停止終了間際には「いよいよ再開!大セールに期待」といった案内を出し、再開後は「2社のお客さんには特別大サービス」と、MNP移転を大きく促したりもしていた。

photophoto 営業停止期間中、事業者の店舗には45日停止の告知が貼られる(写真=左)。4月25日のU Square店頭。「SK、KTのお客さんどうぞ!LG U+は通常営業中」とアピール(写真=右)
photophoto 同日のT World店頭。SK Telecomは新規受付ができず、唯一可能な業務「今すぐ機種変更できます」と苦しいPOPを並べる(写真=左)。同じくT World。店頭にはフィルム貼り業者のトラックが。営業はできなくとも、とにかく客寄せするためため店舗が呼んだのだろう(写真=右)
photophoto そしてKTは営業再開まであと2日。「KTはカムバックのため一生懸命準備しました。SK、LG U+お疲れ様。今からはKTだ!」とあおる(写真=左)。カンナムのITビルテクノマート。「6階携帯電話フロアは通常営業中」と来客を促していた(写真=右)

 ではここまで大規模・長期間の営業停止措置は各通信事業者にとって痛手になったのだろうか? 実は各社は営業停止期間中は多額の補助金を出す必要がなかったことから、皮肉なことに営業経費を大きく削減できたのである。そして使われなかった費用は営業再開後に再び違法な補助金として支出された。中でも5月下旬に営業を再開したSK TelecomとLG U+は、先に営業を再開していたKTへ対抗するため多額の補助金をばらまいた。5月26日から6月13日の間にSK TelecomとLG U+が支出した補助金の平均金額は61万6000ウォン(約6万2700円)。営業停止が開けるや否や、早速ガイドラインの倍以上の金額が支払われたのだった。

 結局のところ、強制的な営業停止処分は消費者や代理店に混乱をもたらしただけで、通信事業者への違法補助金支出への抑制効果は全く見られなかったのである。実は2001年以降、3社が受けた営業停止処分は今回で約20回目となるという。膨大な課徴金を科せられても違法な補助金提供をやめられないということは、もはや現状の補助金制度が意味を成していないものになっているのだろう。行政側も7月には補助金上限を35万ウォンへ引き上げ、6カ月おきに見直すことを発表した。

 だが抜本的な改革は、10月に予定される「端末流通構造改善法」の施行以降になるだろう。この法案では合理的な理由なく端末の価格を変えることはできず、購入時の端末価格や補助金金額を明確にしなくてはならない。本来受けられる補助金を、あたかも特別割引金のように虚偽の説明をすることも禁止となる。そしてもちろん「端末無料」のような、いくらの端末がいくら割引されるかを明示しない広告を出すこともできなくなる。消費者が支払う際の金額の内訳が明確になれば、補助金の金額もはっきりと分かり、ガイドラインを超える過度な補助金の支払いを抑制する効果があるとみられている。

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