連載
» 2005年10月29日 12時00分 公開

何かがおかしいIT化の進め方(21):“気付き”のコミュニケーション――機能や仕組みの説明は理解に結び付かない (3/3)

[公江義隆,@IT]
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“気付き”のポイントは琴線に触れる言葉探しのコミュニケーション

 われわれが新しい概念や物事を理解する過程を思い起こしてみよう。細かい理屈や情報を1つ1つ積み重ねれば、それに応じて物事が理解できてゆくというものではない(100ページの教科書を50ページ読めば50%、90ページ読めば90%というように、理解度は連続的に高まるわけではない)。 多くの“理解に至る”プロセスを振り返ってみれば、必要最小限の基礎的な知識や情報を取得した後、あれこれ考えているうちに、何かのちょっとしたきっかけや、誰かの一言から、突然“分かる瞬間”つまり、ここでいう“気付きの瞬間”がやって来るものだ。

 モヤモヤした状態から、すべてが一挙に氷解した状態への不連続な変化が起こり、細かいことや具体的なことも、理解や考えられる状態になっている。ナレッジ・マネジメントの暗黙知形式化の瞬間と似た、あるいはそのものなのかもしれない(昔の漫画では、頭の上で電球が光る絵が描いてあったが、いまはどんな表現をするのだろうか?)。

 相手に気付かせるためのプロセスでは、話の入り口は相手の関心事であることが必要である。人間は過去に経験した事象や知識の記憶の中から、意識/無意識のうちに、似た問題やその部分構造を探し出し、それを通じて新しいことを理解したり創造したりする。説明は相手が経験・熟知している事象や言葉で、具体的なレベルでの語り掛けが大切だ。また比喩がヒントになったり、理解の助けになることもよくある。

 経営者や業務部門の人にとっての関心事は、事業や業務のうえでの問題である。業務改革やアプリケーションシステムの問題なら、説明も議論も業務の土俵の上ですることが理解を得るための要件だ。現状とその問題点、問題解決の方向や考え方(概念・価値観)、目的・効果、つまり“WHAT”についての共通認識がまず必要になる。

 「よし、それで先に進もう」という気になって初めて、“HOW”である解決の手法や道具であるITの問題に関心を持ってもらえるのだ。しかし、この関心の主な対象は、ITの技術や情報システムの内部の仕組みについてではなく、必要なコストや期間、進めるための体制などについてである。ここで話の順序を間違えると、話は振り出しに戻りかねない。

コーヒーブレーク:ERPパッケージ

1.少し古い話で恐縮だが、10年前、阪神淡路大震災の直後、社内の情報システムのリスク対策の一環として、国内の複数工場間における相互バックアップについて社内で報告した。その席上で、「生産体制のバックアップは、国内だけで考えていてもしょうがない」という話がトップの口からポロッと出た。会社の中期経営基本方針の一項に「研究開発型の国際企業を目指す」というのがあったが、「この人は海外での本格的な生産を本気で考えている」とそのとき思った。

 当時、情報システムの中期計画の1項目として、ハードウェアの寿命やY2K問題などで、生産関係のシステムの再構築をどのような形でするかを考えていた。

 医薬品企業にとって、戦略性の低い生産プロセス対象なら、出来合いのパッケージソフトを使う機能面でのリスクは低い。しかし、当時話題になりつつあったERPは、パッケージ価格の15%/年という保守費用(ユーザーアプリケーションの保守というより、ベンダが自社の製品を保守するためのコストのように思える)を考えると、10年使えば製品価格の3倍のキャッシュアウトになる。

 効率・コストを追求する生産プロセスにとって、国内工場だけが対象ならありがたくない話だが、本格的なグローバル展開を前提に海外工場のシステムを含めて考えれば、共通システムのメリットが生かせる。トップの一言による“気付き”で、ERPパッケージに取り組むことにした。

2.生産システムの再構築をERPパッケージで行うことにし、プロジェクト管理を頼む予定のマネージャと、各工場へ説明に出掛けた。相手は当時稼働していたシステムの構築時にともに苦労した現場の猛者たちである。そのときにも抵抗した彼らは、今度は「いまの仕組みがベストだ」などといって抵抗した。業務の合間を見付けて手弁当で改善を積み上げてきた結果の仕組みである。彼らには自負もプライドもある。

 「これからのグローバル化に……」といった話に説得力はない。ひとしきり話を聞いた後にこんな話をした。「いまの仕組みは本当に優れた仕組みだ。しかし、この精緻な仕組みは仕事を熟知した皆さんだからこそ使いこなせている。次の世代の人たちにも使いこなせるだろうか?」。説明に出掛けたわれわれも、現場の猛者たちも数年先には会社を去る年になっていた。「次の世代に何を残すか」という問題に“気付いた”彼らに、新しいシステムを議論する空気が生まれた。

3.こんな流れができると、便乗組が出てくる。同じ工場の中の設備管理にERPパッケージを使いたいという。同じ会社にいれば、この話が出てきた経緯も関係者の特性も分かっている。答えははっきりしていた。NOだ。ほかの方法を提案したりしたが、相手は引き下がらない。相手を納得させる言葉が最後まで見つからなかった。きつい言い合いをして、計画をつぶした。「なんと話の分からんやつだろう」と思われたであろう。やりたがっている人をあきらめさせるのは大変だ。“気付いて”もらえなかった話だ。


 しかし、これらは難しい問題だ。相手の関心事はまだ比較的容易に分かっても、その関心事に結び付く(相手の)経験・熟知している事象や、言葉はそう簡単には分からない。それには、“気付く”ために、相手の日常の言動や好みなどをあれこれ思い起こして、いろいろと想像しながら相手の話をよく聞くことが大切だ。相手の反応が芳しくないと、ますます説明を重ねようとするが、多くの場合、分かってくれないのは説明が足りないからではない。相手と話の波長が合っていないのだ。

 この問題のポイントは、“琴線に触れる言葉”探しのコミュニケーションと、脳内記憶の探検である。

コーヒーブレーク:脳のはなし

 最近書店に行くと、大脳生理学的内容から、賢くなるためのハウツーに脳を結び付けたようなものなど、脳を標題とした本が多数並んでいる。脳は1000億ともいわれる神経細胞(ニューロンと呼ばれる)が相互に結合したネットワークである。結合部分はシナプスと呼ばれ、1つの細胞が1万のシナプスを持つ。脳というとコンピュータの構造を思い浮かべるが、実際の脳はわれわれ素人の持つイメージとは随分違った働き方をしているようだ。

 例えばCPUのようなものはなく、記憶・理解・創造などにかかわっているのはこの神経ネットワークそのものである。神経細胞やそのネットワークの各部分には、特定の役割が与えられている。例えば視覚情報では、網膜上に明るさと、それぞれ赤・緑・青にだけ反応する神経がある。ここはデジカメと同じだ。

 しかし、このイメージを一式どこかに記憶しておけば済むわけではない。網膜上のイメージが具体的に何なのかという認識をするための情報処理が必要である。このために丸とか四角とか特定の形にだけ反応する神経、特定の色にだけ反応する神経、右から左へのものの動きだけに反応する神経などなど……。多数の神経回路がある。これらを統合して「見たものが何であり、どんな動きをしていたか?」などを認識をする。丸く、赤い……、上から下へ動いている……などの情報をまとめて、木から落ちるリンゴを認識する。

 おいしいナシを食べたいと思っている人は、リンゴを見たとき同時にナシが頭に浮かぶことがあるだろう。これは丸い形に反応する神経から、同じ丸い形であるナシの神経に、ネットワークがつながっているということになる。ニュートンの万有引力の発見は、別のところで得た“力が加わるとものが動く”という事象を記憶した神経ネットワークがあり、この神経と“上から下への動きに反応する神経”とが何らかのきっかけでつながり、「リンゴが落ちるのは何か地面にリンゴを引っ張る力が掛かっている」と推論し、万有引力の発見につながったのかもしれない。

 何かを記憶する場合、コンピュータなら情報を一式、ある記憶領域に入れるが、脳の場合、ほかの情報の記憶を部分共有する形でネットワークをつないで記憶を作っていく。ほかと記憶の一部を共有するために連想や理解、創造が生まれる。逆に記憶があいまいになったり混同が生じる場合が起こる。あいまいさが応用力を作っている。正確過ぎれば洋服を着替えてきただけで誰だか分からなくなってしまう。

 一度何かをテーマにして、自分で連想ゲームをしてみれば、自分自身の神経ネットの構造の一端が分かる。同じテーマで他人とやってみてもらえば、人それぞれに違うものだと分かる。それぞれの経験の違いがネット構造の違いになっている。


profile

公江 義隆(こうえ よしたか)

ITコーディネータ、情報処理技術者(特種)、情報システムコンサルタント(日本情報システム・ユーザー協会:JUAS)

元武田薬品情報システム部長、1999年12月定年退職後、ITSSP事業(経済産業省)、沖縄型産業振興プロジェクト(内閣府沖縄総合事務局経済産業部)、コンサルティング活動などを通じて中小企業のIT課題にかかわる


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