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» 2002年06月07日 12時00分 UPDATE

IT Business フロントライン (94):アイススポットでほっとする時代 総務省研究会の予測を“読む”

[磯和春美(毎日新聞社),@IT]

 「ネットワーク・ヒューマン・インターフェース研究会」という総務省の研究会が7月、一風変わった調査研究を発表した。報告書のタイトルは「人とネットの“ほっと”な関係」。ネットワーク環境が洗練され、ユビキタス社会が到来したことを前提に、仕事が楽になったOL、山登りに1人ででかける引退直後の高齢者、携帯電話から逃れたいIT嫌いのサラリーマン、子供のときからユビキタス環境が当たり前の小学生など、それぞれの「2010年」の1日をつづったものだ。読み込むほどになかなか面白いこの報告書を、夏休み気分も終わる8月末に取り上げてみたい。この夏最後の「読書」にお勧めの報告書である。

「使いやすさ」にこだわってSF的に

 もともとこの研究会は、今年3月から7月までの4カ月間に開かれたもの。学識経験者やIT関連企業の技術者に、デザイナーなども加え、日常生活に密着しつつある「ネットワーク」の、使いやすさとはなにかについてさまざまな角度から検討することを目的とした。

 着眼点が良いなと思ったのは、「使いやすさ」とは単にデジタルデバイドの解消にとどまらず、利用者の安心感、利用する際の当たり前感──といった「広義の使いやすさ」であると拡大解釈しているところだ。

 これまで、特にアルファベットの並ぶタイプライターになじみがなかった日本人にとっては、パソコンのキーボード入力こそが最大の心理的障壁だった。それゆえにか、音声認識やペンタッチ入力が実現すれば「デジタルデバイドは解消する」と考えがちだが、本当の意味での「使いやすさ」は「使っていることを利用者に意識させない当たり前感」「使い方を教わらなくても便利」「使おうと無理に思わなくても役に立つ」「使い方や使う場所を難しい設定抜きで選べる」といった、あいまいだが心理的に重要な観点で判断されるべきなのだ。“ハイテク”とは、誰でも直感的に利用できる機能をつめこんだ機器に対してこそふさわしい表現だ。

 報告書には、今後のネットワークの進展の方向と、そこで求められる“ネットワーク・ヒューマン・インターフェイス”、すなわち「当たり前感」「安心感」、それに加えて使うことで楽しめる、可能性が広がるという「ワクワク感」のあり方をまとめてある。そうしたインターフェイスの発展の可能性を、具体的なイメージとして示したのが10人の登場人物の1日を取り上げたショート・ストーリーだ。

IT嫌いのための“アイススポット”

 ショート・ストーリーは基本的に、2010年ごろの日本で暮らすさまざまな世代、家族構成の人々を主人公にすえている。それぞれの生活を具体的に描写し、そこで当たり前に利用されているネットワークの機能を注釈すると同時に、利用する主人公たちの簡単な感想も書き込んである。

 全10話は小学生から高齢者までバランスを考えた“人選”で、シチュエーションもさまざまだが、最も印象的なのは「IT嫌いのサラリーマン」が、常にネットワークに接続された都会を嫌い、「アイススポット」地区に引っ越して心の平安を得るというストーリーだ。オーウェルの「1984」をほうふつとさせる「常に多対多で接続している」ことのもたらす不安を、役所の研究会が正面から取り上げたのは初めてではないだろうか。

 このストーリーで取り上げられる“アイススポット”とは、この研究会の造語。現在、注目を集めている「ホットスポット」と正反対の意味で使われている。街角や駅、喫茶店などに無線LANネットワークを設置し、無線機器の公衆利用が可能なホットスポットに対して、携帯電話がつながらず、ネットワークカメラやPDAも使えない、いわばIT社会のスイッチオフ地帯を示す。いまはまだホットスポットの方が珍しいが、2010年には社会がユビキタス化し、ホットスポットが普通になるので、遮断地帯を求める人々には心のオアシスになるというわけだ。

 政府はe-Japan構想の推進を着実に進めようとしているが、この研究会の先進的なところは「表面的な便利さだけでは、生活の安心感は生まれない」という問題意識を常に持っていることだ。安心するためには人々に選択権がなくてはならない。

 その象徴がこのストーリーの中にもう1つでてくる“アンチ・ユビキタス・バッチ”(これもこの研究会の中で生まれた概念だという)。街中にはネットワークカメラがあふれているため、このバッジを身に付けることで、いろいろなところに配信されているカメラ映像へ映りこんでも自動的にモザイクがかかるのだという。

 これは肖像権のコントロールに配慮した発想だが、本当にこうした機器が登場するほど個人が大切にされるIT社会なら、「1984」とは異なり、まだまだ余裕のある社会だといえそうだ。

気になる能天気な若者像、画一的な高齢者像

 少し気になるのは、生き生きと描かれているサラリーマンやSOHOワーカーに比べ、若者や高齢者、子供は平板なイメージがあることだろうか。この10人のストーリーは、気をつけて読むとすべてつながっている。ちょうどNTTドコモのCM「ケータイ家族物語」のように、それぞれの生活を描くなかで、それぞれのつながりが見えてくる仕掛けになっていて、お役所の報告書だというのに、ちょっとした広告代理店の企画書を読んでいるような気分になれる。

 一方で、ここに登場する若者はいずれも高度なIT化に高い許容度を示しているモデルばかりだ。大学は施設(ハード)も授業(ソフト)も高度にユニバーサルデザインが進み、流行の場所やファッションに敏感になる。現在、問題になりつつある若者の「ひきこもり」や「バーチャルな人間関係への依存」が、IT化の影響を受けているのではないかという危ぐは、ユビキタス化が進み、街中でいろいろな情報を自然に入手できるようになれば解決するとでもいうのか、考察の外だ。

 高齢者も、ネットワークの発達で外出をあまりしなくてもコミュニティに参加でき、「顔の見えない人たちに豊富な経験や知識をあてにされて充実感を覚える」といった、いまでも口をすっぱくして語られる画一的な生活が前面に押し出されている。そのため、手垢のついた感はぬぐえない。機器こそ「ディスプレイの凹凸で道をナビゲートしてくれる携帯電話端末」など、目新しいイメージを出してきているものの、高齢者の充実感は、IT化が急激に進み情報流量が増してもなお「孫に会って、健康管理に不安もなく、コミュニケーションする相手がいる」というところにとどまっているものなのだろうか。IT化社会とともに老いる高齢者たちの期待感、社会への欲求というのは、もっと果てしなく、言葉はよくないが「欲深い」ものに変貌していくのではないかと思う。

 報告書の後半には、今後の技術的課題などが取り上げられている。そこが具体的問題に触れることなく「セキュリティ・コントロール技術の実現が必要」などの記述に留まっているのはご愛きょうとして、ネットワークがビジネスの場面から全生活へと利用拡大するにつれ、変容していかざるを得ない社会的許容性についてページを割いているのは注目に値する。特に、技術開発より先に「開発やサービスサイドの倫理観」を取り上げている姿勢は重要だ。

 これまで政府の研究報告書は、特にIT関連に限って言えばほとんどが経済的観点、もしくは技術的観点から示されてきた。人々の生活の変化、それに伴って生じるメリット・デメリットを(多少荒唐無稽だったり、ピントハズレがあったとしても)詳述し、さらにそれらを実現するために最初にモラルを求める、といった順序で書き上げられた報告書を、筆者は寡聞にして初めて読んだ。内容の面白さもさることながら、総務省がこの報告書を受け入れた、ということをまずは評価したいと思う。

Profile

磯和 春美(いそわ はるみ)

毎日新聞社

1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日インタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。

メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp


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