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» 2003年04月11日 12時00分 UPDATE

IT Business フロントライン(114):ソフトバンクが日本テレコムを買う? ADSL第2ステージの波紋

[布目駿一郎,@IT]

 かつてのJR系名門新電電、日本テレコムの先行きが混沌としてきた。米投資ファンド、リップルウッド・ホールディングス(以下リップルウッド)が買収に名乗りを上げ、3月にも日本テレコム親会社の英ボーダフォンと株式売買契約を結ぶとみられていたが、事態は進展していない。総務省は投資ファンドによる投機目的の買収に難色を示しており、「通信事業者の株主の異動は同じ通信事業者が望ましい」(IT部局幹部)という態度。水面下では、ADSL(非対称デジタル加入者線)サービスの規制をめぐって同省と対立してきたソフトバンクが、新たな買い主として取りざたされ始めた……。

ADSL事業者の台頭

 「わが社は世界で初めて黒字を達成するDSL事業者となる」――。3月のある会合でのことだ。イー・アクセスの千本倖生社長は、創業3年余にして単月黒字を計上すると誇らしげに宣言した。

 3月末のADSLサービスの加入者総数は700万回線を突破した見通し。このうち、約30社のインターネット接続プロバイダーへ足回り回線を再販しているイー・アクセスの加入者数は100万回線近くを占める。同社の黒字化は、ADSL市場がようやく事業として成り立つ規模に成長したことの表れであり、同時にそれは通信再編の新たな火種となる。

 ある中堅事業者の幹部がささやいた。「千本さんが目指すのはイー・アクセスの株式上場。そこで創業者利益を得たら、次に狙うのは日本テレコムの社長の座だろう」。つまり、千本氏が黒字化した自分の会社を手土産にリップルウッドに接近し、イー・アクセスと日本テレコムを合併させ、その勢いに乗って社長に就く――。そんな憶測が、通信業界では面白おかしく語られているのだ。

 もっとも、かつてDDI(現在のKDDI)副社長を務めた千本氏が、競合していた日本テレコムに迎えられるとは考えにくい。ただし、こうした憶測がささやかれることには2つの意味がある。1つはADSL事業者が1人前のプレーヤーとして認知されつつあること、もう1つはリップルウッドによる日本テレコム買収の実態が不透明なことだ。とりわけ、今回の買収劇には疑問点が少なくない。

リップルウッドの高値オファー

 リップルウッドとボーダフォンが、日本テレコム株の譲渡に向けて交渉していることが明らかになったのは2月。この時点で買収提示額は3000億円と報じられた。これが事実なら、極めて高い買い物といえる。過去にリップルウッドが傘下に収めた日本企業への投資額は、日本コロムビアが109億円、「シーガイア」を運営するフェニックスリゾートが180億円、日本長期信用銀行(現新生銀行)でさえ、1200億円である。

 系列携帯電話会社のJ-フォンをボーダフォンに握られ、固定通信部門だけの日本テレコムに大きな成長は期待できない。もっとも、リップルウッドが本気で通信事業に乗り出すとも思えない。事業会社を買収し、リストラにリストラを重ね、縮小再生産による利益を確保した後、株式上場して利ざやを稼ぐ――、それが投資ファンドのうまみである。が、仮に日本テレコムの家庭向け固定電話事業を整理し、利益率の高い法人向けデータ通信事業に特化したとしても、将来、事業収益で3000億円を超えるリターンが約束される可能性は低い。

 ある都市銀行の幹部は「3000億円のうち、リップルウッドの手持ち資金は1000億円程度。不足分の2000億円はほかの投資家から募っているが、容易に集まらないだろう」と言う。2000億円調達できた場合も、マザーファンドとなるリップルウッドは、ほかの投資家に少なくとも年7-8%の運用益は保証しなければならず、日本テレコムにそれだけの収益力はない。そして、事態を一段と錯綜させているのは、行政当局が今回の買収劇を快く思っていないことだ。

キャッシュイン1000億円

 「通信事業者を絡ませたい」――。総務省IT部局の幹部は通信事業の公益性を強調する。すなわち、公益事業を営む日本テレコムを“禿鷹ファンド”の自由にさせるのは好ましくなく、リップルウッドが買収するにしても、「日本テレコムと同じ通信事業者が経営に参画すべき」(幹部)ということだ。では、その通信事業者とはだれなのか。もちろん、イー・アクセスではない。が、利益を生むようになったADSL市場がここで意味を持ってくる。

 ソフトバンクの「Yahoo!BB」の3月末の加入者数は236万回線に達した。同社の孫正義社長は以前から「200万回線に届けば、販促コストを除いて損益分岐点を超える」と発言している。モデムの無料配布など販促キャンペーンの負担は大きいものの、同社の加入者は毎月20万回線ずつ伸びており、3カ月後には300万回線を突破する見通し。そのとき、ソフトバンクは文字通り黒字転換を成し遂げる。

 「装置産業である通信事業は一度黒字化すれば強い。おそらく孫さんは次の投資を考えるだろう」というのが、総務省IT部局の“読み”である。しかも、ソフトバンクは48.8%出資するあおぞら銀行(旧日本債券信用銀行:日債銀)の筆頭株主だ。その持ち株の売却先は、米投資ファンドのサーベラスか、三井住友フィナンシャルグループか、金融庁の判断を含めて微妙だが、あおぞら銀行の資産査定を踏まえた両者の買収提示額はいずれも1000億円。どっちに転んでも、ソフトバンクにはそれだけのキャッシュインが予定されている。

行政当局の不安と期待

 毎年度400億円規模の社債償還を抱えるソフトバンクにとって、1000億円は“虎の子”の現金に違いない。が、先行投資が終わり、収穫期に入ったADSL市場は同社の財務環境を変えつつある。リップルウッドの日本テレコム買収の資金調達が難航しているとすれば、ソフトバンクはかつてサーベラスと日債銀買収のコンソーシアムを組んだように、リップルウッドの共同出資者となる可能性は小さくない。

 日本テレコムは衰えたとはいえ、そのJRグループをはじめとする顧客には優良企業が多い。コンシューマ中心に事業を展開してきたソフトバンクとは一定の補完関係を築ける。リップルウッドは事業会社を買収しても、経営はスペシャリストに任せており、日本テレコム社長を孫氏が兼務したとき、そのインパクトは強烈だ。そして、それを誰よりも望んでいるのは総務省IT部局である。

 前出の中堅事業者の幹部が指摘する。「役所はリップルウッドによる日本テレコム買収を恐れている。その本当の理由は通信事業の公益性などではなく、自らの保身。2000年の日米協議を思い出せば分かる」。なるほど、3年前の日米規制緩和協議はNTT接続料をめぐり紛糾を極めた。大幅引き下げを求める米国政府の強硬姿勢に、当時の郵政省は苦慮したが、それは対日進出を目指す米通信事業者の意向がUSTR(米通商代表部)に働いていたからだ。が、その後のITバブルの崩壊は、ワールドコムの経営破綻が象徴するように、多くの米通信事業者を淘汰してしまった。

 今回、NTT接続料は12%引き上げ(中継交換機接続)となるにもかかわらず、日米協議が比較的平穏なのは日本市場に存在感のある米通信事業者がいなくなったからである。ところが、リップルウッドが日本テレコムを買収すれば、かつてない強力な外資系通信事業者が出現する。NTT接続料だけでなく、自らの解体、すなわち「独立規制機関」の設立を求める外圧が再燃することを、総務省IT部局は恐れている。そこで、期待を集めるのがソフトバンクだ。

虎を野に放つことに?

 第2ステージに入ったADSL市場は、周囲に波紋を与えずにはおかない。総務省はこれまでソフトバンクに対し、NTT接続料の引き上げ、Annex.Aの通信干渉問題、同社の販売代理店への規制と、逆風となる政策措置を続けてきた。しかし、「Yahoo!BB」の黒字化が目前に迫れば、話は変わってくる。「正当な通信事業者と認め、役所はそろそろ和解を模索する時期。とりわけ、日本テレコムの買収問題が持ち上がった以上、背に腹は代えられない」と、一部の新電電や外資系通信事業者は観測している。

 果たしてソフトバンクは、行政当局の思惑どおり動くだろうか――。日本テレコムの社長に就いた孫氏は、日本の通信業界の秩序を守るより、リップルウッドとともに一段のNTT批判、通信行政批判を展開するかもしれない。

 前出の中堅事業者の幹部が再びささやいた。「ADSLの草分け事業者だった東京めたりっく通信が資金ショートに陥った際、救済買収をソフトバンクに持ち掛けたのは旧郵政省だった。役所は同じ手を使う気でいるが、今度は事情が違う」。ソフトバンクが日本テレコムを買うとき、虎は野に放たれることになる……。

Profile

布目駿一郎(ぬのめ しゅんいちろう)

フリージャーナリスト

新聞記者、証券アナリスト、シンクタンク研究員などで構成されるライター集団。「布目駿一郎」はその共同ペンネーム。一貫して情報通信産業の取材に当たっている


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