2015年、例年と比べてスマホブームは落ち着いたように思える。誰もが新機種の情報を求めていた時代は終わりつつあり、通信キャリアもスマートフォンの周辺領域の発表に力を入れ始めた。そんな中でメディアをにぎわせたのは、総務省が「タスクフォース」で携帯電話業界の料金にメスを入れるという事態。一体、モバイル業界に何が起きているのか。そして2016年は何が変わり、何に注目すべきなのか。ITジャーナリストの神尾寿氏に聞いた。聞き手はITmedia Mobile編集長の田中聡。※対談は2015年12月下旬に実施した。
―― 2015年のモバイル業界を振り返って、率直にどう思いますか?
神尾氏 全体で見るとスマートフォン(以下、スマホ)の普及が一段落し、踊り場に入ったと思います。2015年3月の段階でスマートフォン特需は終わっていたと考えているのですけど、完全にコモディティー化(一般化、差別化できなくなった)しましたね。各メーカーも新しい提案ができなくなり、スマホの新機種が発表されても以前のような熱気がない。
―― それは発表会に出ても、新機種の記事を掲載しても感じますね。
神尾氏 スマホを使っている人も、使っていない人も、一般の人たちにとって、スマホの新機種はもう「どうでもいい存在」なんですよ。それが2015年。一般媒体もスマホの話題をほとんど扱わなくなりましたよね。スマホというハードウェアへの関心が著しく減った年だったということです。
―― ITmedia Mobileを見るような読者はまた別かもしれませんが、そうではない人たちにとってはそれが現状なんでしょうね。
神尾氏 ただ、それはスマホがごく当たり前に存在する時代になってきた、ということでもある。スマホがあるのが前提なので、サービスやアプリがごく自然に出てくるようになりました。このイベント用にこんなアプリ出しています、といった風にね。スマホはインフラになったと思えばいい。
―― なるほど。
神尾氏 専門メディア側から見ると自分たちが空回りしている感じはあったと思うんです。新機種が発表されて、熱心に取材して記事にしても、一般の人にあまり読まれない、関心を持たれない。だけど読者からすれば、自分が使っているモノの話だけ何となく知っておけばいいや、というごく当たり前の反応なんですよ。
―― ハードウェア以外の面ではどうでしょう?
神尾氏 サービスに関しては新しい提案がいくつかあって良かったと思います。メルカリ(フリマアプリ)がはやってきたし、シェアード型のサービス(企業の総務や経理、人事のサービスを標準化する)もそう。よくも悪くもAirbnb(エアビーアンドビー/民泊アプリ)とUber(タクシー配車アプリ)も話題になりました。スマホを持っていることを前提としたサービスやビジネスが模索されているのを感じます。しかもそれがデジタルコンテンツ型だけじゃない。
―― と言いますと?
神尾氏 生活サービスに近いアプリ、サービスが増えてきている。それはなぜか? と考えると、スマホを使っている人が“普通の人”になっているから、だと思います。これからはハードウェアの新提案には期待できないけれど、スマホが普及した世の中で、どんなサービスが出てくるのか? という点は注目だと思いますね。
―― もうスマホの成長期は終わった、と。
神尾氏 そう。だからこそ総務省が携帯電話の料金プランにいろいろ言うようになったし、MVNOが広がっているわけでしょう。これが成長期だったら総務省もここまで言わない。MVNOだって、MNO(大手キャリア)がスマホを普及させて一段落したからこそ、MNOへの不満や手薄なところをすくいあげる形で参入してきた。これが市場創出に大規模な投資が必要な普及黎明(れいめい)期だったら、MVNOのスマホ市場への参入などありえませんよ。MNOの初期投資によってスマートフォン市場ができあがったからこそ、この分野にMVNOが参入できるようになったのです。
―― 確かに振り返ってみると2、3年前ならどんな機種の記事でも読まれましたが、今ではiPhoneとXperiaくらいしか読まれませんね。他の機種は似たり寄ったりと思われているようで。
神尾氏 だけどそれはスマホの性能がもう十分だ、ともいえますよね。極論すると、iPhoneだろうとAndroidスマホだろうと、できることはほとんど同じになってきている。
―― ええ、分かります。
神尾氏 新機種が出てきたときに前モデルとの違い、他メーカーとの違いを見たときに差分がすごく先鋭化しているのです。するとどうなるかというと、違いがマニアの人にしか分からない世界になる。骨太の提案がないわけです。すると……、つまらなくなる。
―― 本当に今のスマホはそうですよね。
神尾氏 昔のスマホの方が面白かったし、いろんな提案、模索があったわけですよ。性能は確かによくないけど、いろんな可能性を手探りしていたのかな、と。だからスマホが面白かった。不完全というか成長過程だからこそ面白かったんです。今はどのメーカーも見ている方向が一緒になってしまった。もう形が決まってしまって、あとはスペックを上げて、小手先の新機能を付加していくだけ。だから性能はよいのですよ。だけどそれはスマホの面白い時代は終わったことの証明でもある。
―― 終わってしまいましたか……。
神尾氏 もうハードウェアのレビューは、今までとの違いや新機能について述べても、一般の人には「どうでもいいよ」と思われてしまう。2014年のiPhone 6/6 Plusあたりで一段落してしまったんですよね。iPhoneでも大画面化し、一般ユーザーが求めているものは一通り満たしてしまった。
―― 新しい提案は厳しい、という話につながるわけですね。
神尾氏 そう、Appleでも最近は、ハードウェアで画期的な提案は出せなくなっています。3D Touchは面白い提案だと思うのですが、OSやアプリ側の対応が不十分で、Apple自身もまだ十分に使いこなせていないように思う。とはいえ、ハードウェアとOSやプラットフォームを協調させて、新提案の“ネタ作り”ができるAppleはまだいい方なのですが。
―― 神尾さんが求める“新提案”というのは?
神尾氏 人々の生活を一変させるような提案ですね。無論、これは毎年出せるようなものではありませんが、登場から数年たてば「あって当たり前」の存在になるようなものです。人々のライフスタイルや社会プラットフォームになり得るテクノロジー、と言ってもいい。
―― なるほど、そこまで革新的な提案となるとないですね。Appleが始めたApple Musicも新提案というわけではないですし……。
神尾氏 ハッキリそう思いますよ。Appleだけでなく、全てのメーカーが2015年は提案できなかった。ライフスタイルを変えるような提案を。ただ米国は日本とはちょっと違っていたと思うんですよ。
―― 米国が? 何がでしょう?
神尾氏 米国では「Apple Pay」が始まっていましたから。日本でもペイメントのサービスが始まっていたら、もうちょっと何か違っていたと思う。日本におけるiPhoneは今、フィーチャーフォンでおサイフケータイが始まる直前のような状況なわけですよ。
―― ペイメントといいますが、国内のFeliCaとは違う使い方になるということですか?
神尾氏 そう。Apple Payは確かに当初は決済機能なのですが、見据えている方向性はウォレットサービスです。リアルな世界と連携して、O2OやCRM(顧客管理)をスマホ上で今より密接に行うようになる。今でもユニクロや無印良品などは自前のアプリで似たようなことをしていて、これがもう一歩先に進むと面白い。今は非接触ICのサービスが分裂しているから、一次元バーコードやQRコードなどバーコードを読み取ってサービスを提供している。しかし、その先にはさまざまな可能性がある。
―― なるほど。
神尾氏 NFCをベースにしてiPhoneもAndroidも全て連携できる、というのであればおサイフケータイ第2幕みたいなことも期待できるのですが、現状は分裂していて難しい。
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