地図アプリを復旧・復興に――震災記憶地図復興の現場

東日本大震災以降、応急処置、停電対策、緊急地震速報など、多くのスマホアプリが登場したが、その中でも被災地での実用性が高かったものの1つが地図アプリだ。

» 2011年09月12日 18時50分 公開
[まつもとあつし,Business Media 誠]

 3月11日の東日本大震災以降、ITを使って何かできないか、大勢の人が知恵を絞り活動を続けた。iPhone向けアプリを無料で配布する事例も多く現れたことを覚えている読者も多いだろう。応急処置、停電対策、緊急地震速報など、多くのアプリが登場したが、その中でも被災地での実用性が高かったものの1つが地図アプリだ。

 津波や地震で現地の様子がすっかり変わってしまった中、自宅の位置を確認したり、ボランティア活動を行う際、有益だった地図アプリだが、震災から半年が経過しようとする中、その役割も少しずつ変化しはじめている。そんな地図アプリの1つを紹介したい。


もともとは「古地図」を楽しむアプリ

「こちずぶらり」(170円)の地図選択画面、古今東西のさまざまな地図を用意

 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)が開発した技術の製品化・商用化を行うATR-Promotionsが展開するこの「震災記憶地図」はもともと「古地図」を楽しむためのものだった。最近テレビ番組でも目にすることの多い、古地図。

 例えば、江戸時代の地図と現代の町並みをCGなどで比較・合成するシーンが印象的に使われたりするが、このアプリを使えば例えば「いま自分が居るこの場所が、江戸時代の地図ではどんな場所だったのか?」を知ることができるのだ。


(左)いま筆者がいる場所を古地図上に表示。この場所がどこかお分かりになるだろうか?(右)地図を切り替えると現在の場所が分かる。不忍池もかなり形が変わっている

ATR-Promotionsのスライド資料より

 地図にはいくつかのスポットも用意し、昔の写真や図画なども確認できる。いわばブラタモリのような、ちょっとした“歴史散歩”気分を味わえるアプリだ。筆者も時々、この図に示したようにして楽しんでいる。

 簡単なように見えるこのアプリ、実は開発には苦労もある。古い地図データの入手(許諾を取り付けたり、データ化のための借り受けなど)も手間がかかる上、古い時代の地図は縮尺や位置情報が不正確なことも多く、現代の正確な測量に基づいた地図とそのまま一致させることはできない。過去と現在の座標をひも付ける作業を開発スタッフが手作業で行っているのだ。


地図の重ね合わせ技術を復興に活かす

 もともとは観光地図と組み合わせて自治体や地域の観光団体などの利用を想定していたのだが、震災後は全く異なる活用方法が与えられることになった。オフラインでもあらかじめダウンロードしておいた地図を参照できる機能があるお陰で、携帯電話の電波事情が悪い被災地でも使用できる。また、後述するように地図を切り替えて表示できる点が、復興にも役に立つからだ。


被災地支援地図共有サービスでは、国土地理院が震災翌日に撮影した航空写真(東京大学生産技術研究所作成)と、Googleマップを重ね合わせて確認できる。右は津波で甚大な被害を受けた岩手県気仙沼。黄色のラインは津波の到達を、ピンクの点は避難場所となった小学校などを示している。多くの避難場所が津波の到達エリア内にあったことがよく分かる

 興味深いのは、気仙沼市が震災前に作成していた防災マップ、地震ハザードマップもこのアプリから参照できるようになったことだ。各自治体でも制作されているこういった情報を平時から確認しておくことの大切さや、その想定すら越えることもあるという教訓にもつながるものだろう。

地図のアップロードを受け付けるWebサイト(画面は開発中のもの)
ユーザーからの地図や写真の投稿を受け付け、座標とのひも付け作業などを行った上で公開を予定している。(画像は京都版「京都ちずぶらり」より)

 ATR-Promotionsではさらに、この被災地支援地図共有サービスに、ユーザーからの地図投稿を受け付ける機能を追加した。

 開発を行ったATR-Promotionsの大塚恒平氏(ミュージアムメディア事業部技術ディレクタ)は、阪神淡路大震災の際にもボランティアを行った経験の持ち主だ。「復旧工事で日々変わる交通事情を地図に反映することは、現地で復興にあたる人々にとってとても大切な情報」と言う。私たちが普段目にする正式な地図でなくても、たとえ手書きのものであっても役に立つと考え、ユーザーが地図をアップロードできる仕組みも整えた。

 「1枚の地図を手作業でマッピングするのと異なり、被災地の航空写真は正確だが、複数の画像を重ね合わせないといけない巨大な地図なので、接合処理やマッピングポイント付与(座標設定)の自動化に苦労しました」と大塚氏。Googleをはじめ多くのIT企業が震災以前の写真を集め、記憶するプロジェクトを始めているが、そういったサービスとも連携したいと抱負を話した。

 公共・民間で復興活動を進める際、例えば被災前の観光地図を参照できれば便利だ。復興に携わる人自らが地図をサービスに加えることによって、復興への足がかりの1つとしてもらいたいという。座標をプロットするためのマップエディタもすでに公開している。

 震災直後は、多くの個人・企業がこぞってWebサービスを立ち上げたが、食事や生活用品が提供されていた避難所から自立を前提とする仮設住宅に人々が移り住む中、こういったサービスやアプリの役立つ場面は、実はますます増えて来るはずだ。

 また、今回の事例のように震災前には、観光・教養目的だったものが、少し手を加えるだけで、復旧・復興のために役立つ道具に生まれ変わるということも参考になると言えるだろう。報道などは減少傾向にあるが「復興 スマートジャパン」では引き続きこういった取り組みも取り上げていく。情報をお寄せ頂きたい。


著者紹介:まつもとあつし

 ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』(アスキー新書)など。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。9月28日にスマートフォンやタブレット、Evernoteなどのクラウドサービスを使った読書法についての書籍『スマート読書入門』も発売。


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